知らなきゃ、とても読めない …難読苗字!

知らなきゃ、とても読めない! 

                         …難読苗字



私は、苗字というものから、そのご一族の起源や歴史を
想像するのが好きである。

日本人の苗字というものは一体、幾ら存在するのだろうか?
一説には、十五万とも、二十七万とも言われている。
その中には一体全体、何とお読みしたら良いのか、
皆目検討も付かない、面白いと言っては失礼に当たるが、
全く奇抜な苗字もあるものだ。w(°O°;)w

苗字に関して解らないことは、姓氏や家紋のご研究で
ご高名な丹羽基二博士の著書を繙いて、そのご研究成果を
仰ぐことにしている。

日付がそのまま苗字になっているケースは、
特に訓みが分からない。

田園5 400

「四月一日」さん! w(°ロ°;)w
「わたぬき」さんとお訓みすれば、良いのだそうだ♪

陰暦の四月一日は、太陽暦では五月。
暖かくなって、綿入れの着物を脱ぐか、綿を抜くということか。
「ぬく」が「貫く」で、「綿貫」さん♪ なるほど!なるほど!
起源は一緒のようである。

田園2 400

「六月一日」さん! w(°ロ°;)w
「うりわり」さんとお訓みすれば、良いのだそうだ♪

「六月朔日」さん、「瓜破」さんと起源は一緒とのこと。
六月の初めに、瓜の実が割れるとか…風情があるものだ♪
地名としては、大阪市平野区に瓜破町があるという。

田園3 400

「八月一日」さん! w(°ロ°;)w
「ほづみ」さんとお訓みすれば、良いのだそうだ♪

「八月朔日」さん、「八朔」さん、「穂積」さん、「穂摘」さん
と起源は一緒のようだ。 古代からの名族である!

旧暦の八月一日に新穂を積んで、刈り入れのお祝いをするという
八朔(はっさく)の行事に由来するという。

田園4 400

「十二月一日」さん! w(°ロ°;)w
「しわすだ」さんとお訓みすれば、良いのだそうだ。

「十二月田」ということで、
何でも、十二月一日の祭礼用に当てるご神田のことらしい。
現存しない地名ということだが、川口市の十二月田町の地名に
由来するという。
残しておいて欲しかった地名であるとつくづく思う。
文明は、文化を破壊するということなのだ。

尤も、「十二月田」姓は有っても、
「十二月一日」姓は無いという説もあるのだが…。

田園1 400

「十二月晦日」さん! w(°ロ°;)w
「ひづめ」さんとお訓みすれば、良いのだそうだ。

大晦日の日、一年の最後の日だから、日が詰まって「日詰」さん♪
なるほど!と、ここまで来るとだんだん解読に慣れて来る。
訓みのコツのようなものが、何となく解って来たような気がする。
何とも、楽しいものだなぁ♪


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「神」という苗字

「神」という苗字



「神」という、畏怖すべき高貴な言葉そのままの苗字を
名乗られているお家がある。

私が初めて「神」という苗字を目にしたのは、太平洋戦記を
読んだ子供の頃のこと。

カラー 大和400

沖縄戦で、戦艦大和の水上特攻作戦を強硬に主張したとされる
連合艦隊首席参謀 神 重徳(かみ しげのり)海軍大佐のお名前は
有名である。
焼酎で名高い鹿児島出水市の「神酒造」の社長さんは、
神大佐のご子息とのこと。
ドイツ駐在武官勤務の後、ナチス一点張りのドイツ贔屓となり、
ヒトラー髭まで蓄えていたとか。
高木惣吉海軍少将が首謀指揮をした東條英機首相暗殺計画にも
加担された方であるという。
やはり、「神懸かり重徳」と渾名されていたそうな。

神大佐(殉職により、少将に特別進級)の名誉の為に…
大和の特攻が決まると、神大佐は第二艦隊参謀への転任を志願して
特攻作戦に参加することを望まれたそうだが果たせず、戦後、
終戦業務で出張中に、搭乗機が津軽海峡で不時着水。
事故機の近くに米軍水上機が着水して、他の乗員は救助されたにも
拘わらず、神大佐は「空をずうっと見回して、一通り空を
見回してから、ぷくぷくと沈んで」しまわれたという。
戦後一ヶ月を経た、9月15日の出来事とのことであった。

「天気は良かったし、神大佐は兵学校以来、水泳の名人」で
あったそうで、「第二艦隊参謀として戦死しなかった償いを自ら
したんだ」ということで、神大佐を知る人々には、自決をされた
のだと信じられたそうである。

大神神社400

ところで、「神」姓には様々な訓み方がある。
「かみ」「じん」「しん」「かも」「こう」

「あお」という訓みは「阿老」で、ご老体の神様を表わす。

「かなえ」と訓む場合は、
神様が願いを「叶え」て下さるということからなのであろう。

「みわ」という訓み方もある。
奈良県桜井市三輪に、有名な大神神社(おおみわじんじゃ)
「三輪明神」がある。


この「みわ」というのは「御輪」、後に転じて「三輪」、
神にお供えするお神酒などを入れる器を意味し、「かみ」と直接表現
することをご遠慮申し上げて、「みわ」で間接的に「神」を表現した
ものなのだろう。
日本語には直接表現を避けて、間接的な表現を好む傾向が強い。

「みわ」と訓む場合には、「神々」姓もある。
日本の神道は多神教だからということなのであろう。


これらの「神」姓は、ご先祖様が神職所縁のご家系なのだろうか。
それにしても、青森県には「神」姓のお家が多いようだ。
「じん」とお訓みするお家が多いようだが、10年程前のデータでは
県内34位にランキングされていて、推定人口7100人となっていた。
これ程までに多いということは直接、ご先祖様が神職に関わった
ことに由来するというよりも、むしろ「神社」そのものか、
神社近辺の「地名」に由来するものなのかも知れない。


何と風雅な間接表現だこと!

何と風雅な間接表現だこと!



「小鳥遊」さんと書いて、どうして、「たかなし」さんと訓む
のだろうと不思議に思ったものだ。

調べてみると、その所以には妙に納得させられるものがある。
「鷹が居なければ、小鳥は安心して遊べる」という訳であるそうな。
ここまで来ると、文芸の域にまで達している観がある。

小鳥遊400

ルーツは清和源氏の井上氏族のようである。
平安時代中期の源頼季(よりすえ)は、信濃源氏の祖とされている。
源頼季(よりすえ)が嫡男の満実と共に信濃国井上郷に移住、
同族の「高梨」氏、米持氏、須田氏を周囲に配して、領地を経営した
とのこと。

頼季の孫で、高梨家の三男盛光が分家するに当たり、「たかなし」の
音はそのままに、「小鳥遊」と名乗ったのが最初のようだ。 
後に、略して「鳥遊」とも。
次男盛高は「鳥楽」として、これまた「たかなし」と訓んだとのこと。
「高梨」が「鷹無し」に転じて、そこからの間接表現である。

映像さえ浮かんで来るかのようで、小鳥好きの私には堪らない♪



「月見里」さんと書いて、「やまなし」さんと訓む。
「つきみさと」さんと訓むお家もありますが、実に美しい!

「やまなし」と訓む所以は、やっぱりそうなのか。
「山が無いから、お月様が良く見える里」とは
何という風流な間接表現なのだろうか!

お月見400

しかし、音からすると「山梨」と関わりがありそうなものの
山梨は山国である。
ところが、山梨周辺の山の高さ程度の場合、
古代では山と呼ばずに「岡」と呼んだという説があり
その論法で行けば、山が無いことになる訳である。

この「山梨」にしても、果たして「山無し」なのか
「山梨の木」なのかで事情が違って来る。

一説には、「月見里」は「山梨」の古名であるという。
1500年前に権勢を振るった物部氏の支配地には、
「やまなし」「やまな」の地名が残っているようで、
また、応神天皇のお妃には物部山無媛(やまなしひめ)という
お名前が残っている。
静岡県の藤枝市には、月見里神社(やまなしじんじゃ)がある。

他の説では
甲斐の清和源氏「山梨」氏と下総の桓武平氏「山梨」氏
「山梨」氏族には二流あって、下総の山梨氏が甲斐の山梨氏との
区別をはっきりさせる為に、「月見里」と名乗ったというものがある。
しかし、この場合、中世の古文献に山梨や静岡関係で「月見里」姓が
見受けられるということが不自然になる。

何れにせよ、お月見の景観が素晴らしいということに思いを寄せた
いにしえ人の、その感性の何と風雅であったことか!



「一」という苗字と名

「一」という苗字と名


「1」は万物の基数であり、「元始」の象徴である。
それ故に、無限の可能性を秘めていて、果てしない希望や
大発展、大躍進という吉祥の暗示を表わしている。

一

その吉祥運数そのものである漢数字「一」は名付けにも人気があり、
名付け使用文字人気ベスト20位以内には常にランキングされている。
一郎や一平、一樹、一誠、航一、晃一、純一など、「一」を冠した
名前は人気が高く、「名前ランキング」の上位に位置しているが、
「一」一文字の名前も昔からある。

その場合の訓みは、
「はじめ」「はじむ」「おさむ」「すすむ」「ひとし」「まこと」
「まさし」「かず」「かつ」「ひと」「もと」「ただ」などと、
「一」の文字の象意を、他の言葉で表わした場合の訓みを当てている。

また、「一」という一文字だけの苗字も実在する。
テレビ脚本家出身で参議院議員を4期務められ、姓名判断研究家でも
いらっしゃる野末陳平氏がその著作の中で、既に故人であるそうだが、
「一 一」(かず はじめ)さんというお名前の方が実在されたと
紹介されているが、戸籍上の苗字も名も「一」であったとは、
実に驚くべきことである。
名付けられた親御さんの「一 一」という姓名に込めた思いは図り難く、
その大胆な決断には、姓名学鑑定士としては共鳴し難いものがある。

「一」という苗字の訓みは、
「いちもんじ」「ひともんじ」「にのまえ」
「いち」「はじめ」「かず」「でかた」と、七通りほどある。
私はこの中で「にのまえ」(二の前)という訓み方が好きである。

「一」一族のルーツは残念ながら、寡聞にして解らない。

不可解な「東海林」姓の訓み

不可解な「東海林」姓の訓み


「東海林」さんを「しょうじ」さんとお訓みすることは
当たり前のことのようであるが、その実、謎が多い。
少数派ではあるが、「とうかいりん」さんとの訓みも当然ある。

そもそも、漢字の名乗りの知識をどのように駆使しようが
「東海林」の三文字は、どうしても「しょうじ」とは訓めない。
「東海」を「しょう」と訓み、「林」を「じ」と訓むことは出来ない。

小鳥遊 400

「小鳥遊」さんや「鳥遊」さんを「鷹が居ないから、安心して
遊べる」ところから、「たかなし」さんとお訓みするような
文芸的な要素も無さそうである。

大正年間に発行された、太田 享氏の著作「姓氏家系辞書」では
大陸渡来の林(りん)氏が日本に土着し、日本の林氏という意味で
「東海林」を名乗り、その林氏が寺院や公家の仏事の雑役を務め
その職名を「承仕師」(しょうじし)と称したことから
「東海林」を「しょうじ」と訓むようになったとある。

この説では、職名「承仕師」の訓みが「東海林」という氏の訓みに
転化したということだが、この場合の「東海林」は既に氏である。
この説の難点は、現在の「しょうじ」姓に「承仕」さんが
存在しないことであり、また、中国人の林氏が渡来して来た日本に
於いて、わざわざ日本の林氏、東海の林氏と称して、大陸に居る林氏
との差別化を図る必要性が認められないことであり、更に中国人が
三字姓を名乗ることは、甚だ不自然であるということがある。


始原の「東海林」を氏ではなく、地名として考えた場合には
また別の説が浮上する。
山形県の寒河江市に、「東海林平」「東海林原」があり、
鶴岡市には「東海林場」があり、秋田県にも「東海林」がある。

「東海林」の訓みにしても、全国的には「しょうじ」が多いが、
山形県では「とうかいりん」と訓む方が多いようだ。
都市部での比率から推測すると、全国平均では一割強程度が
「とうかいりん」の訓みではないかと、僕は考えている。

荘園400

「しょうじ」と訓む姓には「荘司」「庄司」「荘子」「庄子」などがあり
これらの語源は恐らく、奈良時代の律令体制下で農地増加を図る為に
墾田私有を認めたことから始まる荘園制に於いて、平安時代以降、
荘園領主から現地管理を委ねられた荘官の職名に由来すると思われる。
そうだとすると、「荘司」「庄司」が荘園の現地管理者で、「荘子」
「庄子」は、その配下の荘官であったということなのではないか。



「東海林」(とうかいりん)の「荘司」(しょうじ)ということであれば、
それを略して、「東海林」を「しょうじ」と訓むようになったと推測しても
おかしくはない。

荘園地図400

例えば、ご先祖様が「自由が丘の地主さん」だったからということで、
そのご子孫の姓を「自由が丘」と書いて、「じぬし」と訓ませるようなもの
なのだから、幾ら国語の知識をフルに活用しようとも、訓める訳がないのだ。



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