FC2ブログ

スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

夏越の大祓(なごしのおおはらえ)…大祓詞(おおはらえのことば)

 2018-06-29
夏越の大祓(なごしのおおはらえ) 

…大祓詞(おおはらえのことば)



夏越の大祓(はらえorはらい)は、六月の最終日、一年の上半期の最後日に
行なうご神事で、「水無月(みなづき)の祓」とも言う。
1年のちょうど折り返しに当たる6月30日、この半年に知らず知らずの内に
犯したであろう罪や過ちという穢れ(けがれ)を祓い、残り半年の無病息災
を祈願するご神事である。
平安時代の「拾遺(しゅうい)和歌集」に、「よみ人しらず」で、
「水無月の 夏越の祓 する人は 千歳(ちとせ)の命 のぶといふなり」
との和歌が詠まれていることから、夏越の祓のご神事は1,000年以上の昔から
行なわれている伝統行事ということになる。

日本古来の神道で言うところの「穢れ(けがれ)」は、「キカレ」「気が枯れる」
という意味で、心身共に弱まって、元気が無くなった状態のことを言う。
日本神界の神々は、私たちが日々、明るく元気で心軽やかに過ごされるのを
好まれるようである。
本年上半期の最終日の明日は、心にシャワーを浴びるかの様に、気持ちを
リフレッシュさせて、また明後日からの下半期を元気に過ごしたいものである。

神前で唱える言葉は「祝詞(のりと)」であり、その根底には言霊信仰がある。
祝詞は平安時代中期に選進された「延喜式」巻第八「祝詞」に収められている
27篇が現代の祝詞の規範となっている。
その「延喜式祝詞」の中でも、現在も奏上され、神聖視されているのが
「大祓詞(おおはらえのことば)」である。
「大祓詞」は、古くは「中臣(なかとみ)の祓詞」とも呼ばれた。
この「中臣の祓詞」については、日本書紀に「中臣氏の祖である天児屋命が
『解除(はらえ)の太諄辞(ふとのりと)』を司った」とあり、
また、「古語拾遺」に「中臣祓詞」「中臣禊詞」との記載があることから、
奈良時代以前から既に存在していたということになる。


第91記事2箱根神社様
関東総鎮守 箱根神社様
※画像は、gooブログ「箱根神社(九頭龍神社)の社務日誌から…」様依り、拝借。


「大祓詞」

高天原に神留り坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以て 
たかまのはらにかむづまります すめらがむつかむろぎ かむろぎのみこともちて

八百万神等を神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて
やほよろづのかみたちをかむつどエにつどエたまイ かむはかりにはかりたまイて

我が皇御孫命は 豊葦原瑞穂国を 安国と平らけく
あがすめみまのみことは とよあしはらみづほのくにを やすくにとたいらけく

知ろし食せと 事依さし奉りき。 
しろしめせと ことよさしまつりき。

此く依さし奉りし国中に 荒振る神等をば 
かくよさしまつりしくぬちに あらぶるかみたちをば 

神問はしに問はし賜ひ 神掃ひに掃ひ賜ひて 
かむとワしにとワしたまイ かむはらイにはらイたまイて

語問ひし 磐根 樹根立 草の片葉をも語止めて
こととイし いわね きねたち くさのかきはをもことやめて

天の磐座放ち 天の八重雲を 伊頭の千別きに千別きて
あめのいはくらはなち あめのやへぐもを いつのちわきにちわきて

天降し依さし奉りき。 
あまくだしよさしまつりき。 

此く依さし奉りし四方の国中と 大倭日高見国を安国と
かくよさしまつりしよものくになかと おほやまとひだかみのくにをやすくにと

定め奉りて 下つ磐根に宮柱太敷き立て
さだめまつりて したついはねにみやばしらふとしきたて

高天原に千木高知りて 皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて
たかまのはらにちぎたかしりて すめみまのみことのみづのみあらかつかエまつりて

天の御蔭 日の御蔭と隠り坐して 安国と平けく
あめのみかげ ひのみかげとかくりまして やすくにとたいらけく

知ろし食さむ国中に 成り出でむ天の益人等が
しろしめさむくぬちに なりいでむあめのますびとらが

過ち犯しけむ種種の罪事は 天つ罪 国つ罪
あやまちをかしけむくさぐさのつみごとは あまつつみ くにつつみ

許許太久の罪出でむ。
ここだくのつみいでむ。

此く出でば 天つ宮事以ちて 天つ金木を本打ち切り 
かくいでば あまつみやごともちて あまつかなぎをもとうちきり

末打ち断ちて 千座の置座に置き足らはして
すえうちたちて ちくらのおきくらにおきたらワして

天つ菅麻を 本刈り断ち 末刈り切りて 八針に取り辟きて
あまつすがそをもとかりたち すゑかりきりて やはりにとりさきて

天つ祝詞の太祝詞を宣れ。
あまつのりとのふとのりとごとをのれ。

此く宣らば 天つ神は天の磐門を押し披きて 
かくのらば あまつかみはあめのいはとをおしひらきて

天の八重雲を伊頭の千別きに千別きて 聞こし食さむ。 
あめのやへぐもをいつのちわきにちわきて きこしめさむ。 

国つ神は高山の末 短山の末に上り坐して
くにつかみはたかやまのすゑ ひきやまのすゑにのぼりまして

高山の伊褒理 短山の伊褒理を掻き別けて聞こし食さむ。 
たかやまのいぼり ひきやまのいぼりをかきわめてきこしめさむ。 

此く聞こし食してば 罪と言ふ罪は在らじと
かくきこしめしてば つみといふつみはあらじと

科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く
しなどのかぜのあめのやへぐもをふきはなつことのごとく

朝の御霧 夕の御霧を 朝風 夕風の吹き払ふ事の如く
あしたのみぎりゆふべのみぎりをあさかぜ ゆふかぜのふきはらふことのごとく

大津辺に居る大船を 舳解き放ち 艫解き放ちて 
おほつべにをるおほふねをへときはなち ともときはなちて

大海原に押し放つ事の如く
おほうなばらにおしはなつことのごとく

彼方の繁木が本を 焼鎌の敏鎌以ちて 打ち掃ふ事の如く 
をちかたのしげきがもとを やきがまのとがまもちて うちはらふことのごとく

遺る罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を
のこるつみはあらじと はらエたまイきよめたまウことを

高山の末 短山の末より 佐久那太理に落ち多岐つ
たかやまのすゑ ひきやまのすゑより さくなだりにおちたぎつ

速川の瀬に坐す瀬織津比売と言ふ神 大海原に持ち出でなむ。
はやかわのせにますせおりつひめといふかみ おほうなばらにもちいでなむ。

此く持ち出で往なば 荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百会に坐す 
かくもちいでいなば あらしほのしほのやほぢのやしほぢのしほのやほあひにます 

速開都比売と言ふ神 持ち加加呑みてむ。 
はやあきつひめといウかみ もちかかのみてむ。 

此く加加呑みてば 気吹戸に坐す気吹戸主と言ふ神
かくかかのみてば いぶきどにますいぶきどぬしといウかみ

根国 底国に気吹き放ちてむ。
ねのくに そこのくににいぶきはなちてむ。

此く気吹き放ちてば 根国 底国に坐す速佐須良比売と言ふ神
かくいぶきはなちてば ねのくに そこのくににますはやさすらひめといウかみ 

持ち佐須良ひ失ひてむ。 
もちさすらひうしなひてむ。 

此く佐須良ひ失ひてば 罪と言ふ罪は在らじと
かくさすらひうしなひてば つみといふつみはあらじと

祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 国つ神 
はらエたまイきよめたまウことを あまつかみ くにつかみ 

八百万神等共に 聞こし食せと白す。
やほよろづのかみたちともに きこしめせと もうす。

(文責在詠山史純)

※ 私は最後の「白す」の部分を、「畏み畏み申す(かしこみかしこみ もまをす)」
 と奏上することにしている。


第91記事1神田神社様
江戸総鎮守 神田神社様
※画像は、神田神社様のHP依り、拝借。


「大意」

高天原の神々のご意思に依り、豊葦原の瑞穂の国に遣わされた皇祖神の子孫が、
壮麗な宮殿を造り、統治されるようになった。
そこに住む人々は、ついつい様々な罪を犯してしまう。
その時には、高天原の神々が行なったのと同じ遣り方で祝詞を読めば、神々が
きっと聞いて下さる。
そして、強い風が雲を吹き飛ばし、朝夕の風が霧を吹き払うが如く、港の船を
大海原に解き放ったり、繁茂した木々を切り払うが如くに、あらゆる罪を祓い
清めようと、急流に住まう瀬織津比売という神が、大海原に罪を持ち去る。
更に、大海原では潮の集まる所に住まう速開都比売という神が罪を呑み込んで、
息吹戸主という神が息と共に地底の国に吹き放ち、それを地底の国に住まう
速佐須良比売という神が持ち流離い、罪を無くして下さることであろう。
このようにして、罪を祓い清めて下さいますよう、神々にお願い申し上げます。
(文責在詠山史純)


第91記事3
※画像は、神社本庁様のHP依り、拝借。


「瀬織津比売(セオリツヒメ)」
罪・穢れを川から海に持ち出す女神。

「速開都比売(ハヤアキツヒメ)」
海で全ての罪・穢れを飲み込む女神。

「息吹戸主(イブキドヌシ)」
罪・穢れを根国(ねのくに)・底国(そこのくに)に霧状にして、吹き払う男神。

「速佐須良比売(ハヤサスラヒメ)」
全ての罪・穢れを引き受けて、遠くに持ち運ぶ為に流離う女神。


第93記事&第289記事1
神職様のフリー画像を拝借。



スポンサーサイト
タグ :

神社にお祀りされる多彩な神々…カミの概念に関する甚だしき無知と誤解

 2018-04-28
神社にお祀りされる多彩な神々 

…カミの概念に関する甚だしき無知と誤解



内閣総理大臣や閣僚、国会議員の靖国神社参拝を非難する国内外の人々の
賢しらな論理展開には、神道とその歴史、明治政府が創作した国家神道、靖国神社、
極東国際軍事裁判(東京裁判)に関する認識不足で見当違いの評価、断定が
見受けられ、甚だ呆れ返るばかりである。
我が国に於ける、神道に関する悪口雑言に至っては、児童レベルの乏しい知識と
完全なる事実誤認を以ってして、充分且つ正当と許容されているようである。
特に、私が「日本語史上、最大級の誤訳」であると考えている「神の概念」に
関わる無知と誤解は甚だ根が深い。


古い記事であるが、2005年6月15日付「しんぶん赤旗」の靖国神社批判記事等は、
当にその典型的な例である。
「これが靖国神社『遊就館』の実態だ」「徹底ルポ『靖国史観』の現場をゆく」
「A級戦犯を『神』と展示」
「東条英機の遺影 …展示室の最後には、壁を埋め尽くした四千枚を超える
戦没者の遺影。その中に、次の名前がありました。
『陸軍大将 東条英機命(みこと)昭和23年12月23日 東京都巣鴨拘置所にて
法務死 東京都』
太平洋戦争開戦時の首相として、東京裁判で絞首刑の判決がくだされたA級戦犯。
その人物の写真が『靖国の神々』として堂々と展示してあったのです」

この日本共産党員の記者は一体全体、「東条英機命(みこと)」や「靖国の神々」
という文言の何処がどう、間違っていると言うのであろうか?
斜に構えて、詰まらない能書きを垂れる前に、己の生活環境を省みると良い。
唯物論者であるはずの己の家にも、何故か仏壇があって、その中にはご先祖様の
位牌が安置されていることであろう。
位牌を仏壇に納めている行為自体、ご先祖様をホトケ扱いしている証である。
更に、仏壇に左巻きの頭を突っ込んで、円らなお目目を引ん剥いて、よ~く
位牌の文字を読んでみるが良い。
その位牌に書いてある戒名からすれば、仏道修行もしていないにも拘わらず、
ご先祖様はホトケに成っていることに成っているはずである。
我が国では一般に、死者をホトケと呼ぶが、これは他の仏教国では有り得ないことである。
日本仏教界が神道の模倣をしたということである。

神道に於いては霊学的に、我々の御霊(みたま)は、神様に依って創られた存在
ではなく、神様の御霊を分け与えられた存在、分霊(わけみたま)であると考える。
※分霊(ぶんれい)と言う場合、ある神社のご祭神の霊を分けて、
他の神社を祀ることを意味する。
尤も、この場合でも「わけみたま」と言うこともあるが。


古事記伝 本居宣長
古事記伝 本居宣長著


本居宣長は、その著「古事記伝三」で、日本人の「カミ」の概念を要領良く
表現している。
「さて、凡て(すべて)迦微(かみ)とは、古(いにしえ)の御典等(みふみども)
に見えたる、天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて、其を祀れる社(やしろ)
に坐ます(まします)御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云わず、
鳥獣木草のたぐい、海山など、其余(そのほか)何にまれ(なににもあれ)、
尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き(かしこき)ものを迦微(かみ)
とは云うなり」

神社の本質はご神霊の占有空間にあり、原初の神社には、社殿は存在しなかった。
古代の日本人は、「此処はご神霊をお迎えし、お祭りするに相応しい清浄な場所
である」と、本能的な直感力で霊地を選び、その場所の周囲に常磐木(ときわぎ=
常緑樹)を立て、ご神霊に降臨して頂く聖なる領域と、人間が暮らす俗なる領域とを
峻別したと考えられる。
そして、その神域にご神霊の宿られる石や木や山自体を依代(よりしろ)として
設定し、ご神霊をお招きし、祭りを行い、祭りを終えれば、またお戻り頂くと
いう「神籬磐座(ひもろぎのいわくら)」の形態で祭祀(おまつり)を行っていた
であろうことが推察される。
縄文時代、弥生時代と推定される遺跡群から、明らかに日本神道に繋がると推察
される祭りの形態である祭祀遺跡が発掘されている。


平安時代中期に編纂された格式(=律令の施行細則)である延喜式(えんぎしき)の
神祇官関係の巻では、「神社」を「かむつやしろ」と訓んでいた。
この「社(やしろ)」は「屋代(やしろ)」であり、また「時間的にも空間的にも、
伸びやかに満ち亘る」という意味の「弥(いよいよ、ますます)」に「城(しろ)」で、
「弥(や)+城(しろ)」の「やしろ」である。
「社」は極端な話、形状的には、何も無いただの平地でも良かったのである。
「鎮守の森」と言って、神社には森が付き物であるが、それは人が立ち入ることを
禁じられた聖なる領域であったが為に、自ずと樹木が生えて、結果的にこんもりと
繁った森になったということなのである。
神社の本質からすれば、玉垣(神社の周りに廻らせた垣根=瑞垣《みずがき》)や
鳥居、注連縄(しめなわ)などを設けて、ご神霊が占有する聖なる空間の境界を
明らかにしておきさえすれば、何も殊更、常設の建造物は必要としないのであるが、
仏教伝来後、仏教寺院の大伽藍建築の影響を受けてしまったのであろう、社殿を
設けた今日の神社形態へと大きく変貌を遂げたのである。

ご神霊を祀る場所を意味する言葉に「宮」もあるが、この「宮」は「御屋(みや)」
であり、神域に建てられた社殿を意味する。
同様に、「祠(ほこら)」の語源は「秀倉(ほくら)」であるが、神域に建てられた、
「宮」よりも小規模な建造物を意味している。


皇大神宮AA
皇大神宮(内宮)


神社に祀られるご祭神は、実に多彩である。
先ずは、記紀(「古事記」と「日本書紀」)の神話に登場する神々が挙げられる。
伊勢神宮内宮の天照大御神(天津神)や出雲大社の大国主大神(国津神)などが、
その代表例として挙げられる。
また、それぞれの地域ごとにその土地を守護される土着の神々、すなわち
「地主神(じぬしのかみ)」が祀られている神社もある。
大神(おおみわ)神社の大物主神(おおものぬしのかみ)や、
猿田彦(さるたひこ)神社の猿田彦大神などが挙げられる。

平安時代に登場した「本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)」に依り、
インドから遣って来た、仏・菩薩・神は、日本の神々の真の姿(本地)であり、
日本の八百万の神々は、それらの仏・菩薩・神が衆生を助ける為に仮の姿(垂迹)、
つまり権現(ごんげん)と成って、日本の地に現われたものであるという
「神仏習合」と呼ばれる、神仏を同一視する特異な信仰体系から、「習合神」が
祀られた神社もある。
宇佐神宮の八幡大菩薩(応神天皇)や、熊野三社の熊野三所権現などが、
その典型的な例である。

神社には傑出した才能を発揮した人物も、神として祀られることがある。
代表例としては、飛鳥時代の宮廷歌人で、「歌聖(かせい)」と称えられる
柿本人麿(かきのもと ひとまろ)を祀る柿本神社や、平安時代に異彩を放った
陰陽師で、土御門家の祖である安倍晴明(あべの せいめい)を祀る晴明神社が
挙げられる。
鎌倉時代末期、後醍醐天皇に忠勤を尽くした武将たち、楠木正成を祀る
湊川(みなとがわ)神社や、新田義貞を祀る新田神社などもある。
戦国武将で、織田信長を祀る建勲神社、豊臣秀吉を祀る豊国神社、武田信玄を
祀る武田神社、上杉謙信を祀る上杉神社、徳川家康を祀る日光東照宮などもある。
幕末に松下村塾で、維新の有為な指導者たちを育成した、長州藩の吉田松陰を
祀る松陰神社、薩摩藩の西郷隆盛を祀る南洲神社、日露戦争で功労のあった、
連合艦隊司令長官、東郷平八郎を祀る東郷神社、旅順要塞を攻略した第3軍
司令官、乃木希典を祀る乃木神社などもある。


出雲大社A
出雲大社


神社に祀られるご祭神を、仏教寺院に於ける本尊同様の概念で捉えるのは、
大きな誤りである。
華厳宗では毘盧遮那仏を本尊とし、真言宗は大日如来、浄土宗は阿弥陀如来、
日蓮宗は久遠実成の釈迦牟尼仏を本尊としている。
天台宗では特定の本尊を立てていないが、比叡山延暦寺根本中堂には薬師如来
が祀られている。
何れにせよ、仏教寺院で祀られているのは本尊とは、「根本尊敬」の対象であり、
絶対的な帰依の対象であるが、神社に祀られているご祭神の場合は、必ずしも
そうではないのである。

古来、怨霊を鎮める為の御霊(ごりょう)信仰というものがある。
古代の人々は、深い怨念を抱いて亡くなった人の霊が祟り、疫病の流行や災害
を齎すと信じて恐れ、御霊と呼ぶその怨霊の鎮魂の為に、ご祭神として祀る
「御霊神社」が各地で建立された。

奈良時代、光仁天皇の皇子で、桓武天皇の弟、早良親王(さわらしんのう)は、
藤原種継暗殺事件に連座したとして、幽閉され、淡路国に配流の途中、絶食の末、
桓武天皇を深く怨みながら薨じたという。
その後、桓武天皇の周辺で病死が続き、疫病の流行や災害、反乱などが多発、
これらの災厄を早良親王の祟りであるとして、恐れられた。
早良親王は、「崇道(すどう)天皇」と追称され、大和国に改葬、御霊神社や
八嶋神社、崇道天皇社に祀られ、その怨霊は鎮められたという。
また、京都の上御霊神社には、八所御霊(はっしょごりょう)と呼ばれる、
早良親王を始め、井上皇后(いのうえのきさき=光仁天皇の皇后)、橘逸勢
(たちばな はやなり)など、奈良時代から平安時代に掛けて、非業の死を
遂げたとされる8人の皇族、貴族が合祀されている。

平安時代に右大臣にまで昇った学者、菅原道真は藤原時平の讒言に依って、
大宰府に左遷され、配所で死去。
道真の死後、藤原氏の実力者が相次いで怪死、朝議中の清涼殿が落雷を受け、
朝廷要人に多くの死傷者が出るなど、都に異変が相次いだのは道真の祟りと
恐れられた。
清涼殿落雷事件から、道真の怨霊は雷神と結び付けられ、「天満大自在天神
(雷神)」として、北野天満宮に祀られた。
今日では、「学問の神様」「天神様」と親しまれている道真であるが、そもそもは
怨霊の祟りを鎮める為に祀られた恐ろしい御霊であった。


東京招魂社BB
東京招魂社(現靖国神社)


靖国神社は昭和21年(1946年)9月、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)
が「日本国政府宛覚書」として発令した、ハーグ国際陸戦法条約違反である
「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止
ニ関スル件」、略称「神道指令」に依って、官立から一宗教法人としての
再出発を余儀なくされた。

昭和27年(1952年)9月30日制定の「宗教法人靖国神社規則」第3条(目的)には、
「本法人は、明治天皇の宣らせ給うた『安国』の聖旨に基づき、国事に
殉ぜられた人々を奉斎し、神道の祭祀を行ひ、その神徳をひろめ、
本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者(以下『崇敬者』といふ)を
教化育成し、社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための
業務及び事業を行ふことを目的とする」とある。

また、昭和27年(1952年)9月30日制定の「靖国神社社憲」前文には、
本神社は明治天皇の思召に基づき、嘉永6年以降国事に殉ぜられたる人人を
奉斎し、永くその祭祀を斎行して、その「みたま」を奉慰し、その御名を
万代に顕彰するため、明治2年6月29日創立せられた神社である。
いやしくも本神社に職を奉ずる者は、その任の軽重、職域の如何を問はず、
深く本神社を信奉し、祭神の御神徳を体し、清明を以てその任に当り、
祭祀を厳修し、祭神の遺族崇敬者を教導し、御社運の隆昌を計り、
以て万世にゆるぎなき太平の基を開き、本神社御創立のよって立つ
安国の理想の実現に一意邁進しなければならない」とあり、
第1章 総則 第2条(目的)には、「本神社は、御創立の精神に基き、
祭祀を執行し、祭神の神徳を弘め、その理想を祭神の遺族崇敬者及び
一般に宣揚普及し、社運の隆昌を計り、万世にゆるぎなき太平の基を開き、
以て安国の実現に寄与するを以て根幹の目的とする」とある。

靖国神社は元より、怨霊を鎮める為の御霊信仰ではないが、「国事に殉ぜられた
人々を奉斎し、永く神道の祭祀を斎行して、その『御霊(みたま)』を奉慰し、
その御名を万代に顕彰する為」に英霊を招魂し、合祀する神社であるからして、
一般の神社とはその存在意義が大いに異なり、我々参拝者が246万6千余柱の
ご神霊の鎮魂を願い、同胞としての感謝の念を胸に、祈りを捧げるべき場所で
あって、「負い持つ業に励ましめ給い、家門高く、身健やかに…」と、個人的な
幸福招来をお願いする為にお参りする神社ではないと思われる。



陸軍特攻誠第119飛行隊
陸軍特攻 誠第119飛行隊の遺影。 台湾桃園航空基地にて。 
昭和20年4月22日午前8時半頃、出撃1時間半前の写真。
少年飛行兵出身14名の搭乗員達。
特攻散華を目前にしていながら、護国の覚悟に輝くばかりの笑顔を見せる、
18歳から19歳の天晴れな日本男児達。


岩手県北上市展勝地
岩手県北上市展勝地の見事な桜並木


少なくとも江戸時代からの日本人の子孫である大和系日本人であるならば、
偽論である東京裁判史観、自虐史観に惑わされることなく、先祖への尊崇の念と
祖国への愛念を胸に抱きつつ、真摯に正視眼的に祖国の近現代の歴史的事実に
向き合うべきではないのか。





タグ :

祝詞奏上…己の脳内言語で祈りを捧げる

 2018-04-28
祝詞奏上(のりとそうじょう) 

…己の脳内言語で祈りを捧げる



神徒は、祝詞(のりと)を奏上する。
祝詞は、「宣り言(のりごと)」「宣り聞かせる言葉」を語源とするようで、
古くは神職がご祭神に対して、その霊力を讃え、祈願するところの成就を願う
言葉を申し上げる「奏上体」の祝詞と、祭祀の場に参集した人々に対して、
神に奏上するその祭祀の意義や目的を宣り聞かせる「宣命体」の祝詞に大別
されたようである。

奈良時代、律令体制が整備された段階で、神に向かって捧げられる言葉は
中国の「祝文」に倣い、総べて「祝詞」と包括されたということであるが、
そもそも、神々の霊力を讃える「タタエゴト」(讃えごと)
願い事の成就を祈る「イハヒゴト」(祝ひごと)
祭儀の前に祓い清める為の「ハラヘコトバ」(祓え言葉)
卜占の結果を文字に表わした「ノリト」(祝詞)
天皇の長寿を讃える「ヨゴト」(寿詞)
葬儀で死者を弔う「シノビゴト」(誄《しのびごと》)と
用途別に呼び名が細分化されていたとのことである。

神道に於いて際立つのは罪や穢れ(けがれ)を清める「禊祓え」
(みそぎはらえ)の思想であろう。
日々の祈りの中でも、祈願を目的としてご神前に奏上する祝詞と祓い清めて
頂く為に唱える「祓詞」(はらえことば)とは一線を画するものである。
祓詞にも、神社や神道教団の流派に依って、その言葉使いや漢字の訓みに
若干の違いはあるものの、本質的な相違ではない。


神棚A


「天津祝詞(あまつのりと)」《「禊祓詞」みそぎはらへのことば》

『高天原(たかあまはら)に 神留坐(かむづまりま)す
 神漏岐(かむろぎ) 神漏美(かむろみ)の 詔以(みこともち)て
 皇親神伊邪那岐(すめみおやかむいざなぎ)の 大神(おおかみ)
 筑紫(つくし)の 日向(ひむか)の 橘(たちばな)の 小門(をど)の
 阿波岐原(あわぎがはら)に 禊祓(みそぎはら)へ給(たま)へし時(とき)に
 生坐(あれま)せる 祓戸(はらひど)の 大神等(おおかみたち)
 諸々(もろもろ)の枉事罪穢(まがごとつみけがれ)を 祓(はら)ひ給(たま)へ
 清(きよ)め 給(たま)へと 申(まを)す事(こと)の由(よし)を
 天(あま)つ神(かみ) 国(くに)つ神(かみ) 
 八百万神等共(やほよろづのかみたちとも)に 聞食(きこしめ)せと
 畏(かしこ)み 畏(かしこ)みも 申(まを)す』(文責在詠山史純)

この「祓詞」を簡略にしたものが、「略拝詞(りゃくはいし)」である。

『祓へ(はらえ)給へ(たまえ) 清め給へ』
或いは、『祓え給へ 清め給へ 守り給へ 幸栄え(さきはえ)給へ』
(文責在詠山史純)


祈りA


自宅などの神棚のご神前で唱える、祈願目的の祝詞には「神棚拝詞」がある。

『此の神床(かむどこ)に坐(ま)す 掛けまくも畏(かしこ)き 
 天照大御神等(あまてらすおおみかみたち)
 産土大神等(うぶすなのおおかみたち)の大前(おおまえ)を
 拝(をろが)み奉(まつ)りて 畏(かしこ)み畏みも 申(もう)さく
 大神等(おおかみたち)の広き厚き御恵(みめぐみ)を
 辱(かたじけな)み奉(まつ)り 高き尊き神教(おしへ)のまにまに 
 直(なお)き正しき真心もちて 誠の道に違(たが)うことなく 
 負(お)ひ持つ業(わざ)に励ましめ給ひ
 家門(いえかど)高く 身健(みすこやか)に 世のため 人のために
 尽くさしめ給へと畏(かしこ)み畏みも 申(まを)す』(文責在詠山史純)


このように、神道に於ける祝詞は、「やまと言葉」を用い、ご神前で語り掛けるように
奏上する「祈りの言葉」である。
私の思考回路は、日本語を脳内言語に変換するので、大和言葉の祝詞を唱えて、
日本語で祈りを捧げているということである。


「いのる」の「い」は「斎」であり、「のる」は「宣る」である。
また、「いのる」は「意乗る」で、「意」を言葉に「乗せて」
神々にお伝えすることである。
誠の心から湧き出ずる神聖な言葉を発することに依って、その言葉の霊力、
「言霊」が発揮され、捧げた祈りが現実化して、願いが成就するという
言霊(ことだま)への信仰が「祈り」の根底にある。
つまり、祈りはその内容を言葉にして、口に出すことが肝要と言える。
高度難聴の方は発語出来なくても、無音の脳内言語を捧げれば、良いのである。
私は日々、祈りを捧げつつ暮らしているが、神主さんのように朗々と祝詞を
唱えることはないものの、自宅でも神社でも、祝詞も祈りの詳細も呟くように、
囁くように口に出して、ご神前で語り掛けている。


タグ :

神々に捧げる言葉④…神社拝詞(じんじゃはいし)

 2018-04-28
神々に捧げる言葉④

…神社拝詞(じんじゃはいし)




祝詞(のりと)は、ご神前で語り掛けるように奏上する「祈りの言葉」である。
神徒はこの大和言葉の祝詞を唱え、祈りを捧げている。

「いのる」の「い」は「斎」であり、「のる」は「宣る」であろう。
また、「いのる」は「意乗る」で、「意」を言葉に「乗せて」神々にお伝えする
ことであろう。
誠の心から湧き出ずる神聖な言葉を発することに依って、その言葉の霊力、
「言霊(ことだま)」が発動し、捧げた祈りが現実化して、願いが成就する
という言霊への信仰が「祈り」の根底にある。
つまり、祈りはその内容を言葉にして、口に出すことが肝要なのだと言える。
私は日々、祈りを捧げつつ暮らしているが、神社参拝の折りには神職のように
朗々と祝詞を唱えることはしないが、祈りの時間が長いので、他の参拝者の
邪魔にならぬようにご神前の端っこに立ち、祝詞も祈りの詳細も呟くように、
囁くように口に出して、ご神明に語り掛けている。


「神社拝詞」は、神社参拝の折りに、個人個人で奏上する。
「神社拝詞」奏上に先立って、「祓詞(はらえのことば)」、或いは「祓詞」を
簡略化した「略拝詞」を唱える。
「祓詞」に代えて、「大祓詞(おおはらえのことば)」を用いても良いとされる。


箱根神社 夏越の祓
関東総鎮守 箱根神社


神社拝詞

掛けまくも畏き ○○神社の大前を拝み奉りて
かけまくもかしこき ○○じんじゃのおおまえを おろがみまつりて

恐み恐みも白さく。
かしこみ かしこみももうさく。

大神等の広き厚き御恵を辱み奉り 
おおかみたちの ひろきあつきみめぐみを かたじけなみまつり

高き尊き神教のまにまに 天皇を仰ぎ奉り
たかきとうとき みおしえのまにまに すめらみことをあおぎまつり

直き正しき真心もちて 誠の道に違うことなく
なおきただしき まごころもちて まことのみちに たがうことなく

負い持つ業に励ましめ給ひ 家門高く 身健やかに
おいもつわざに はげましめたまイ いえかどたかく みすこやかに

世のため人のために 尽くさしめ給えと
よのため ひとのために つくさしめたまエと

恐み恐みも白す。
かしこみ かしこみもまおす。
(文責在詠山史純)


神田神社BB
江戸総鎮守 神田神社


「現代語訳」
言葉に出して申し上げますのも恐れ多い○○神社の御前を拝し、
謹んで申し上げます。
神々の広く厚い御恵みを勿体無く思い、高く尊い神の教えの通り、
天皇陛下を仰ぎ尊び、素直で正しい真心に依って、人の道を踏み外す
ことなく、目分たちが、従事する勤めに励むことが出来ます様に、
また、家が栄え、家族も健康で世の為、人様の為に尽くさせて下さい
ませと、謹んで申し上げます。
(文責在詠山史純)




タグ :

神々に捧げる言葉③…神棚拝詞(かみだなはいし)

 2018-04-28
神々に捧げる言葉③…神棚拝詞(かみだなはいし)

…神職でなくとも、祝詞を唱えるのは良いこと




「神棚拝詞」奏上に先立って、「祓詞(はらえのことば)」、或いは「祓詞」を
簡略化した「略拝詞」を唱える。
「祓詞」に代えて、「大祓詞(おおはらえのことば)」を用いても良いとされる。


神棚拝詞(一例)

此の神床み坐す 掛けまくも畏き 天照大御神
このかむどこにます かけまくもかしこきあまてらすおおかみ

産土大神等の大前を拝み奉りて 
うぶすなのおおかみたちの おおまえをおろがみまつりて

恐み恐みも白さく。
かしこみ かしこみももうさく。

大神等の広き厚き御恵を辱み奉り 
おおかみたちの ひろきあつきみめぐみを かたじけなみまつり

高き尊き神教のまにまに 直き正しき真心もちて
たかきとうとき みおしえのまにまに なおきただしき まごころもちて

誠の道に違うことなく 負い持つ業に励ましめ給ひ 
まことのみちに たがうことなく おいもつわざに はげましめたまイ

家門高く 身健やかに 世のため人のために
いえかどたかく みすこやかに よのため ひとのために

尽くさしめ給えと 恐み恐みも白す。
つくさしめたまエと かしこみかしこみもまおす。
(文責在詠山史純)

神棚450


「現代語訳」
この神棚に坐します、言葉に出して申し上げますのも恐れ多い天照大御神
(あまてらすおおみかみ)、この土地にお鎮まりになっている産土大神
(うぶすなのおおかみ)たちの御前を拝し、謹んで申し上げます。
神々の広く厚い御恵みを勿体無く思い、高く尊い神の教えの通り、
素直で正しい真心に依って、人の道を踏み外すことなく、目分たちが、
従事する勤めに励むことが出来ます様に、また、家が栄え、家族も健康で
世の為、人様の為に尽くさせて下さいませと、謹んで申し上げます。
(文責在詠山史純)





タグ :
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。