基本的国家主権を認めない「日本国憲法」…独立国たるべき我が国が祭り上げる属国阿呆陀羅憲法典

基本的国家主権を認めない「日本国憲法」

…独立国たるべき我が国が祭り上げる
属国阿呆陀羅憲法典




我が国の「憲法」なる語は、「Constitution」「constitutional law」「the national
constitution」の訳語である。
そして、「constitution」の語は、「体質」「気質」「性質」「構成」「構造」「政体」
「国体」等の意味を持つ。
従がって、憲法とはその民族の歴史、伝統、文化、習慣、気質等に基づくべきことを
意味する。
成文憲法(a written constitution)とは「狭義の憲法」で、憲法典である。
不文憲法(an unwritten constitution)は「広義の憲法」で、要するに、
憲法典は憲法の一部に過ぎない。


我が国の現行憲法典は、大東亜戦争敗北の結果、ポツダム宣言受諾、米軍を
主体とする連合国軍に依る軍事占領、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の
帝国弱体化を目的とした占領政策に依る徹底的な国体破壊という歴史的経緯の
過程で強要され、昭和22年(1946年)に施行された。
このハーグ陸戦条約違反も甚だしき日本国憲法なる憲法典は、「GHQ占領政策基本法」
「マッカーサー司令部民生局の軍人軍属25人&コミンテルンのスパイ&日本人
売国奴共同制作の即席翻訳占領軍憲法」、「日本解体の為の左翼の駄文」であるが、
この憲法典が、我が国の歴史、伝統、文化、習慣、気質等に根差した内容の
言語表現ではないことは明々白々である。


第66記事2
昭和20年(1945年)8月30日、ダグラス・マッカーサー連合軍総司令官が、
輸送機バターン号で厚木海軍飛行場に到着。


【日本国憲法前文】

「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為に
よって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、
その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、
この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに
反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な
理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に
信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に
除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して
他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、
普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と
目的を達成することを誓ふ」


第66記事1


「日本国民は、…決意し、…宣言し、この憲法を確定する」
「日本国民は、…深く自覚するのであつて、…信頼して、…決意した」
「われらは、…と思ふ」
「われらは、…確認する」
「われらは、…各国の責務であると信ずる」
「日本国民は、国家の名誉にかけ、…を誓ふ」

日本国憲法前文には、矢鱈と「われら日本国民は決意するの、…、信ずるの、
誓うの」との表現があるが何時、何処で、「われら日本国民」が「決意し、…誓った」と
言うのか。
現行の憲法典は、憲法改正反対論者どもの大好物の国民的議論も経ず、国民投票も
行なわれず、未だ一度たりとも、国民の信を問うてはいない。
我が国の憲法典は、コミンテルンの息の掛かったGHQ民生局の軍人、軍属、
彼ら憲法に関する学識の無い25人の兄ちゃん、姉ちゃんが、学生の研究発表か
レポート作成でもあるかの様な参考資料の寄せ集め方式のモザイクで、僅か一週間の
作業で仕上げた、間に合わせの即席憲法に過ぎず、我が国の歴史、伝統、文化、
習慣、気質等とは無縁のお馬鹿憲法、「従属国」の占領政策基本法である。
この様に、現行憲法典である日本国憲法は一応、民定憲法ということに
なってはいるものの、しかし、民定憲法とは名ばかりで、国民主権を謳って
いるにも拘わらず、「最終決定権者である国民の総意に基づいて」いないという、
致命的な矛盾を孕んでいる。

更に、連合国軍に依る軍事占領下で為された新憲法典制定は、ハーグ陸戦条約違反であり、
その憲法典制定自体が国民主権に違反しているという「超法規的行為」であること
からして、日本国憲法なる憲法典が無効であることは明々白々ではないか。
従がって、現行憲法典を改正するのではなく、現行憲法典は一度失効させる必要がある。
現行憲法典の廃止と修正帝国憲法の発効を、タイムラグ無しで施行すれば良いのである。
国家規模の「超法規的行為」に対する後始末は、「超法規的措置」を以って、
策を講じるべし。
我が国を占領統治した極東委員会と、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が強いた、
大日本帝国憲法改正に依る日本国憲法制定という姑息な三文芝居を逆手に取れば
良いのである。
日本国憲法が帝国憲法の改訂版である以上、帝国憲法が現行憲法の母体であり、
破棄はされてはいないことになる。
「長い歳月、我ら日本国民は悪い夢を見ていた」と、GHQ占領政策基本法たる
現行憲法典は最初から無かった事として、綺麗さっぱりポイッ!っと破棄し、
阿呆陀羅現行憲法の改正ではなく、帝国憲法の改正で、憲法典を日本人の手に
取り戻せば良いのである。

本来であれば、昭和26年(1951年)9月8日調印、昭和27年(1952年)発効の
サンフランシスコ講和条約で我が国が「独立」を回復した時点に於いて、
我が国政府は無効宣言を閣議決定、もしくは国会決議し、「従属国」に対する
GHQの占領政策基本法たる、現行憲法を廃止すべきであったのである。


第66記事3
官報号外


【日本国憲法】第2章 戦争の放棄
第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。

CHAPTER II
RENUNCIATION OF WAR
Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order,
the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea,
and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.


日本国憲法では、原文の「War as a sovereign right of the nation」は、
「国権の発動たる戦争」と翻訳されているが、この稿では、より正確に
「国家の主権的権利としての戦争」と訳した方が、この憲法典が如何に
独立国たるべき我が国の基本的国家主権を損じているかを明確にし易い。

国際法上、戦争は違法ではなく、独立国家はその基本的権利の一つとして、
戦争権を有している。
第9条2項には「国の交戦権は、これを認めない」と規定されているが、
交戦権が無いのであれば、当然の事ながら、開戦権も無い道理であるからして、
本来は「国の戦争権は、これを認めない」と規定されるべきであった。
独立国たるべき我が国は、この従属国の占領政策基本法である憲法典に依って、
「戦争という法的状態」に在ったとしても、「交戦国という地位に基づく
正当な権利」さえ行使出来なくなるのである。
これは由々しき大問題である。

第9条を直裁に読めば、国際法上認められる自衛戦争も憲法上、我が国には
遂行出来ないことになる道理である。
この第2章の「戦争の放棄」は、要するに「国家安全保障の放棄」を意味する。
我が国政府が、我が国の領土保全と政治的独立、国民の生命、財産を、外国からの
軍事攻撃から、軍事的な手段に依って守ることを放棄することを意味している。

現行の憲法典である日本国憲法は、独立国たるべき我が国の基本的国家主権を
認めないという、被占領国「Japan under the occupation」「occupied Japan」の
憲法典である。


第66記事4
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民生局のベアテ・シロタ・ゴードンとメンバー達
昭和21年(1946年)


昭和21年(1946年)7月11日、第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案委員会に
於ける金森徳次郎憲法担当国務大臣と日本共産党の野坂参三委員との質疑応答で、
侵攻戦争と防衛戦争に関し、金森大臣は「この憲法はそのような考えに依りまして、
特に区別せず、謂わば捨て身になって、世界の平和を叫ぶという態度を取った
次第であります」と答弁している。
金森大臣の述べた「この憲法はそのような考えに依りまして」とは、日本国憲法
前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を
保持しようと決意した」との記述を指す。

選りに選って、憲法担当国務大臣が、「捨て身になって、世界の平和を叫ぶと
いう態度を取った」と明言しているのである。
我が国有史以来初の惨憺たる大敗北で、国家指導者共も気が狂ったのか、
主権国家たるものが、国家国民の安全保障までを「捨て」たのである。 
此れ程迄に自国民の生命と財産を危険に曝し、無責任極まりない態度を取る
独立国の政府等、他国には存在しない。
しかも、それでいて、国民個々の武装権すら認めていないのである。
日本国憲法前文も第9条も、「侵略国の蹂躙するが侭にお任せ致します」
「略奪、暴行、殺戮も属国化も、どうぞ、思うが侭、ご自由に為さって
下さいませ」という、我が国政府の態度を明記した荒唐無稽極まり無き、
阿呆陀羅憲法典の条文なのである。


第66記事5
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民生局のベアテ・シロタ・ゴードンとメンバー達
昭和天皇が勅語に依り、日本国憲法を公布された貴族院本会議議場に於いて。 
昭和21年(1946年)11月3日



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帝国憲法四方山話⑤ …副署の大臣たちは、愛しき碌でもない奴ら

帝国憲法四方山話⑤ 

…副署の大臣たちは、愛しき碌でもない奴ら



大日本帝国憲法は、明治22年(1889年)2月11日に公布された。
明治天皇の御名御璽の後に、輔弼を意味する国務大臣の副署が行われた。

内閣総理大臣 黒田清隆(薩摩)
枢密院議長  伊藤博文(長州)
外務大臣   大隈重信(佐賀)
海軍大臣   西郷従道(薩摩)
農商務大臣  井上 馨(長州)
司法大臣   山田顕義(長州)
大蔵大臣
兼内務大臣  松方正義(薩摩)
陸軍大臣   大山 巌(薩摩)
文部大臣   森 有礼(薩摩)
逓信大臣   榎本武揚(旧幕臣)

副署の大臣10人中、薩摩閥が5人、長州閥が2人、土佐閥、佐賀閥、旧幕臣
各1人であった。

副署を行なったのは、長州の吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、
吉田稔麿でもなければ、薩摩の西郷隆盛、大久保利通でもない。
近代憲法制定は、立憲君主国家樹立という歴史を画する大偉業であったが、
その憲法に副署を行なった大臣たちの顔触れを見ると、随分と碌でもない奴ら
のオンパレードで、突っ込みどころ満載の場違いな印象を受ける。


大臣の副署


薩摩の黒田了介は、戊辰戦争で見事な戦い振りを見せた好漢であったが、
大の酒乱で、妻清の斬殺を疑われるわ、小樽沖で軍艦の大砲を撃っ放し、
高嶋村の娘を一人死なせるわと、とんでもない薩摩っぽであった。

長州の伊藤俊輔は、欧州での憲法調査でウィーン大学のローレンツ・フォン・
シュタイン博士から、日本の歴史、文化、伝統に基づいた立憲体制を作るべき
ことを学んで来たところは立派であったが、閣議の席にも芸妓を侍らせたと
いう逸話を残すほど、女に汚く、そこら中に子種を撒き散らしたという女狂い
の碌でもない奴であった。

いつでも何処でも、スタンドプレーがお得意だった佐賀の大隈八太郎。

薩摩の大西郷の七光りで立身出世した、弟の西郷信吾、従兄弟の大山弥助。

鹿鳴館建設で有名であるが、金と女、両方に汚かった、長州の井上聞多。

戊辰戦争では見事に奮戦し、「日本の小ナポレオン」と讃えられたほどの軍人で、
日本大学の前身である日本法律学校や国学院大学の前身である國學院を創設
したのは立派であったが、幕末の京都市中、新撰組の巡察隊を見掛けると、
怖くて、怖くて、とりわけ、土方歳三が恐ろしくて、仲間と共に蜘蛛の子を
散らしたかのように、慌てて路地に逃げ込んでいたという若造であった長州の
山田市之允。

島津久光の側近だったお陰で立身出世した、薩摩の松方助左衛門。

慶応元年(1865年)に英米に留学し、明治維新後に帰国と、戊辰戦争を経験
せずに美味しいところだけ頂戴して、立身出世した薩摩の森金之丞。

幕府にオランダ留学させて貰い、戊辰戦争では箱館の五稜郭で、蝦夷共和国を
樹立、総裁の地位に就いたが降伏後、薩長閥に仕え、福澤諭吉に「瘠我慢の説」
で批判された旧幕臣の榎本釜次郎。


明治憲法発布13


大日本帝国憲法は、明治23年(1890年)11月29日に施行された。
その翌年の明治24(1891)年、ロシア皇帝アレクサンドル3世の長子で
あった皇太子ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ (後のニコライ2世
=最後のロシア皇帝)がロシア海軍艦隊を率い、 シベリア鉄道建設委員長として、
ウラジオストックでの 極東地区起工式典に向かう途中、日本を訪問した。
そのロシア皇太子ニコライが、京都から琵琶湖への日帰り観光を楽しみ、
宿舎の京都・常磐ホテルへの帰り道、琵琶湖湖畔の大津で、警備(護衛)の
一巡査津田三蔵に人力車越しに頭部を切り付けられ、軽傷を負う事件が起きた。
世に言う「大津事件」である。

この大津事件に当たり、大審院長児島惟謙 (こじま これかた)は、皇室罪を
適用し、死刑に処すべしとの強大な政治介入を排除し、津田三蔵に謀殺未遂罪
に依る無期徒刑を宣告させ、司法権の独立を守り通した。
児島は「三権分立の理念」を説き、明治政府側の非立憲的発想に依る皇室罪の
適用は、大日本帝国憲法を損ない、裁判史に汚点を残すと考えたのであった。
このことに依り、児島は、「護法の神様」「護法の巨人」と称えられ、我が国の
司法史上に燦然と不滅の光を放ち、また海外でも大きく報じられ、国際的に
日本の司法権に対する信頼を高めたと評価されている。


明治憲法発布11


大日本帝国憲法では、第5章司法で「司法権の独立」が保障してあり、第2章
臣民権利義務で、臣民の権利を保障して、第23条「日本臣民ハ法律ニ依ルニ
非ズシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」 と規定してあった。
また刑法第2条には、「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スルコトヲ
得ズ」との明文があったのである。

それにも拘わらず、憲法に副署した大臣たちの大津事件への対応が余りにも
酷過ぎた。
「恐露病」と揶揄(やゆ)されたほどの松方正義首相、山田顕義法務大臣、
西郷従道内務大臣らは、ロシア公使シェービッチに「如何なる事態になるか
判らない」と恫喝され、津田三蔵への死刑適用に奔走した。
伊藤博文に至っては、津田三蔵死刑に反対する意見がある場合、戒厳令を
敷いてでも、断行すべきであると主張した。
こんな碌でもない連中がどの面下げて、大日本帝国憲法に副署したのやら。0050 (2)

幕末に活躍した勤皇の志士の内、一流の人物達は幕末の動乱、萩の乱や
西南戦争など明治初期の段階でこの世を去り、生き残った二流三流の人物たち
が明治政府の顕官として、栄耀栄華に浴したのであるからして、このような
体たらくであった訳である。
麗しき我が国は、こうした愛しき碌でもない奴らが作り上げて来たのである。回るカエルちゃん





日本国憲法第2章第9条の由来 …マッカーサー元帥の理想
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-256.html

日本国憲法前文 …何故、かくも日本語文章が稚拙なのか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-257.html

マッカーサー憲法(コミンテルン憲法)は最初から無かったことにすれば良い
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-385.html

虚妄の日本国憲法第9条 …支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-386.html

帝国憲法四方山話① …占領政策基本法は失効させるべき
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-389.html

帝国憲法四方山話② …日本には欽定憲法こそが相応しい
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-392.html

帝国憲法四方山話③ …憲法発布勅語…歴史的連続性の認識
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-397.html

帝国憲法四方山話④ …上諭(じょうゆ)
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-451.html





帝国憲法四方山話④ …上諭(じょうゆ)

帝国憲法四方山話④ 

           …大日本帝国憲法 上諭



大日本帝国憲法 上諭(じょうゆ) 明治22年(1889年)2月11日
(カタカナをひらがなに変換&ふりがな表記) 文責在詠山史純 


朕(ちん)、祖宗(そそう)の遺烈(いれつ)を承(う)け、万世一系の帝位を
践(ふ)み、朕か親愛する所の臣民は、即ち、朕か祖宗の恵撫慈養(けいぶじよう)し
たまひし所の臣民なるを念(おも)ひ、其の康福(こうふく)を増進し、
其の懿徳良能(いとくりょうのう)を発達せしめむことを願ひ、又、其の翼賛
(よくさん)に依り、与(とも)に倶(とも)に国家の進運を扶持(ふぢ)
せむことを望み、乃ち、明治十四年十月十二日の詔命(しょうめい)を履践
(りせん)し、茲(ここ)に大憲を制定し、朕か率由(そつゆう)する所を
示し、朕か後嗣(こうし)及、臣民及臣民の子孫たる者をして、永遠に循行
(じゅんこう)する所を知らしむ。

国家統治の大権は、朕か之を祖宗に承けて、之を子孫に伝ふる所なり。
朕及朕か子孫は、将来、此の憲法の条章に循(したが)ひ、之を行ふことを
愆(あやま)らさるへし。

朕は、我か臣民の権利及財産の安全を貴重し、及、之を保護し此の憲法及法律
の範囲内に於て、其の享有(きょうゆう)を完全ならしむへきことを宣言す。

帝国議会は、明治二十三年を以て、之を召集し、議会開会の時を以て、
此の憲法をして有効ならしむるの期とすへし。

将来、若、此の憲法の或る条章を改定するの必要なる時宜を見るに至らは、
朕及朕か継統の子孫は、発議の権を執り、之を議会に付し、議会は此の憲法に
定めたる要件に依り、之を議決するの外、朕か子孫及臣民は敢て、之か紛更
(ふんこう)を試みることを得さるへし。

朕か在廷の大臣は、朕か為に、此の憲法を施行するの責に任すへく、朕か現在、
及、将来の臣民は、此の憲法に対し、永遠に従順の義務を負ふへし。


明治憲法1


※上諭…君主が臣下に告げて、諭す文書。
明治憲法下に於いて、法律、条約などを公布する際、天皇の裁可があったこと
を示す為、冒頭に付した文章。

●祖宗(そそう)
皇祖皇宗(神武天皇および歴代天皇)のご神霊

●遺烈(いれつ)
先人の残した功績。後世に遺る立派な業績、功績。

●万世一系(ばんせいいっけい)
天皇の血統が永遠に一系統で続くことを示す。

●恵撫(けいぶ)
恵み、労わること。

●慈養(じよう)
目下や幼少の者を養い、育てること。慈愛を以って、養育すること。

●臣民(しんみん)
君主国に於いて、君主の支配の対象となる人々。
明治憲法下に於ける、天皇・皇公族以外の国民。

●懿徳(いとく)
立派な徳。

●良能(りょうのう)
生まれながらに備わっている優れた才能。

●翼賛(よくさん)
力を添えて助けること。 天皇の政治を補佐すること。

●扶持(ふぢ、ふち)
援助すること。力を貸すこと。

●詔命(しょうめい、じょうめい)
天皇のご命令。詔(みことのり)。
「明治十四年十月十二日の詔命」とは、
1881年10月12日の「国会開設ノ勅諭」を指す。

●履践(りせん)
実行すること。実践すること。 

●率由(そつゆう)
前例から外れないようにすること。 

●循行(じゅんこう)
順路に従って、巡り歩くこと。命令に服従して、行うこと。

●愆る(あやまる)
過る。罪科を犯す。時期を違える。機を逸する。

●享有(きょうゆう)
権利や能力等を、人が生まれながらにして、身に付けて持っていること。

●紛更(ふんこう)
秩序が無く、無闇に改め変えること。


明治憲法上諭


現代語訳 (文責在詠山史純)

(第1節)
朕(われ)は、我が祖先(神武天皇)、歴代天皇が残された功績を受け、
万世一系の帝位に身を置き、我が親愛なる臣民は、すなわち、我が祖先、
歴代天皇が慈しみ、養い育てたところの臣民であることを思い、その幸福を
増進し、その立派な徳と生まれながらに備わっている優れた才能を発達させる
ことを願い、また、その補佐に依って、共に国家の進歩、発展する機運を助け、
支えてくれることを望む。
つまり、明治十四年十月十二日の「国会開設ノ勅諭」を履行し、ここに憲法を
制定し(天皇の権能を定め)、朕(われ)が前例から外れないようにするところ
を示し、我が跡継ぎ、及び、臣民と、またその子孫が、永遠に憲法に従い、
実行するところを強いて知らせる。

(帝権の由来、憲法制定の理由が示され、天皇と天皇の後嗣は憲法の規定に
従って、国家の統治権を行使すべき立憲君主のお立場が示されている)


(第2節)
国家統治権は、朕(われ)がこれを我が祖先、歴代天皇より受け継ぎ、また、
子孫に伝えて行くものである。
朕(われ)及び、我が子孫は将来、この憲法の規定に従って、国家統治権を
行使することを誤ってはならない。

(国家統治権は皇室の世襲に属すること、国家統治権を行使するには憲法の
規定に従うことを明記)


(第3節)
朕(われ)は、我が臣民の権利、及び財産を安全に貴重保護し、この憲法、
及び法律の範囲内に於いて、その享有を完全に確かなものとして良いと
宣言する。

(臣民の権利財産を安全に貴重保護することを天皇が確約したもの。
また、逆に、国家が制約する場合に於いても、それは必ず憲法及び法律の
範囲内でなければならないことを意味することになる)


(第4節)
帝国議会は明治23年を以って召集され、議会開会の時(明治23年1月29日)
を以って、この憲法が有効となる期日とする。

(憲法の有効化以降、帝国議会の協賛無くして、法律制定出来なくなった)


(第5節)
将来、この憲法のある条文を改正する必要が出た時期に至ったならば、
朕(われ)、及び我が子孫はその改正を発議し、これを議会に提出、議会は
この憲法に定められた要件に従がって、これを議決する以外、我が子孫、及び
(その時代の)臣民は決して、これを乱して、無闇に改め変えようとすること
があってはならない。

(憲法改正の要件を定めたもので、憲法改正案の提出は天皇の権限、
つまり、発議には先ず勅命を必要とした。憲法改正条項は第73条)


(第6節)
朕(われ)の朝廷に仕えている大臣は、朕(われ)の為に、この憲法を
施行する責任を有し、朕(われ)の現在、及び将来の臣民はこの憲法に対し、
永遠に従順の義務を負わなければならない。


明治憲法SS



日本国憲法第2章第9条の由来 …マッカーサー元帥の理想
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-256.html

日本国憲法前文 …何故、かくも日本語文章が稚拙なのか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-257.html

マッカーサー憲法(コミンテルン憲法)は最初から無かったことにすれば良い
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-385.html

虚妄の日本国憲法第9条 …支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-386.html

帝国憲法四方山話① …占領政策基本法は失効させるべき
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-389.html

帝国憲法四方山話② …日本には欽定憲法こそが相応しい
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-392.html

帝国憲法四方山話③ …憲法発布勅語…歴史的連続性の認識
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-397.html






憲法改正は3分の2で正面突破すべし …96条の定める改正要件緩和は諸刃の剣である

憲法改正は3分の2で正面突破すべし 

…96条の定める改正要件緩和は諸刃の剣である



本来であれば、昭和27年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、
日本国が独立を回復した時点で、「GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の
軍人軍属25人&コミンテルンのスパイ&日本人売国奴共同制作の即席翻訳
占領軍憲法」、「日本解体の為の左翼の駄文」である現行憲法は、日本政府の
無効宣言に依って、丸ごと綺麗さっぱりと破棄されるべきであった。
現行憲法は明治憲法の改正という、手続き上のまやかしに依って制定され、
明治憲法が母体であることを逆手に取って、主権を回復した段階で明治憲法を
改正すれば良かったのである。

しかし、如何せん、昭和22年(1947年)5月3日の日本国憲法施行から、
長い歳月が経ち過ぎて、こと此処に至っては、革命政権でも樹立されない限り、
現行憲法の無効宣言は、その正当性の確保が難しい。
そうであるならば、現行の日本国憲法第9章96条の改正手続きに従がって、
独立国日本に相応しい憲法改正を成し遂げる以外に合法的な方策はない。


日本国憲法 第9章 改正 (憲法改正の発議、国民投票及び公布)
第96条
第1項 
この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、
これを発議し、 国民に提案してその承認を経なければならない。 
この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票に
おいて、 その過半数の賛成を必要とする。

 第2項 
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、
この憲法と一体を成すものとして、 直ちにこれを公布する。


マック進駐1


安倍晋三首相は96条の定める、発議に必要な議員総数の「3分の2」の賛成を、
「2分の1」の賛成に緩和させるべきと主張されている。
96条で言うところの発議とは、国会が国民に提案する原案である憲法改正案を
決定することを言い、その発議には両議院に於いて、それぞれ総議員の3分の2
以上の賛成を要する。
安倍首相は、96条先行改正の必要性の理由として、「日本国民が憲法に手を
付けることが出来ないのでは、民主主義に悖る。国民の手に憲法を取り戻す
為にも、発議要件の緩和が必要」との論理で説明している。

安倍首相の論法では、憲法改正の手続きに於いて、国会議員に依る議論、
議決よりも、直接民主主義的な国民投票に重きを置いていることになる。
日本の民主主義は議会制民主主義であり、96条の定める国民投票は、
単なる「承認」を得る作業に過ぎず、極論すれば、無くても良いものである。
憲法改正案が国民に提示された段階では、たとえ助詞一語でさえも既に変更
出来ないシステムではないか。

仮に、主権者であるとされる国民から選ばれた代表から構成される両議院の
それぞれ総議員の3分の2以上の賛成を得た憲法改正案が、国民投票で投票数
の過半数の賛成を得られない事態になるとしたならば、それは議会構成が民意
を全く反映していないことになる。
そもそも、各選挙に於ける有権者の投票行動に鑑みて、国民投票に於いて、
国民各々が熟慮を経た、理性的な判断を反映するものとは到底思えない。
要するに、国民投票は単なる承認を得る手続きに過ぎないということである。


マック33


通常の立法手続きに依って、改正出来る成文憲法を軟性憲法と言い、
日本国憲法のように、通常の立法手続きよりも丁重な手続きに依らなければ、
改正出来ない成文憲法を硬性憲法と言う。
法律案を提出するには、衆議院では議員20人、参議院では10人の賛同が
必要で、その法律案の可決は、定足数(3分の1)の過半数の賛成で成立するが、
憲法の場合は、憲法改正原案を国会に発議するのに、衆議院では100名以上、
参議院では50名以上の賛同を必要とし、可決には各議院で議員総数の3分の2
以上の賛成を必要とする。
この段階で憲法改正を発議する要件が整い、この後に国民投票で過半数の賛成
を得る必要がある。
諸外国の改正要件と比較して、日本国憲法改正のハードルは確かに高いと言える。


例えば、アメリカ合衆国の憲法改正の発議は、「議員定足数(過半数)」の
3分の2であり、「2分の1」の「3分の2」で、最低「6分の2」で発議出来る。
※定足数とは、合議制の機関が議事を進め議決をするのに必要な構成員の
最小限の出席者数で、日本の両議院では総議員の3分の1以上である。

日本国憲法では、「議員総数」の「3分の2」で、同じ「3分の2」でも、
その対象が「定足数」と「総数」との大きな違いがある。
但し、アメリカでは連邦議会の発議の後、州議会の4分の3の賛成を必要と
する。
このアメリカの憲法改正要件を、護憲派は日本よりも厳しい基準と主張し、
改憲派は日本よりは厳しい基準ではないと主張しているが、外国と比較する
のであれば、国民投票制度を採用している国々と比較するのが妥当である。


GHQ民生局1
             GHQ民生局のベアテ・シロタ・ゴードンとメンバーたち
             昭和21年(1946年)


国立国会図書館 政治議会課憲法室の「調査と情報 第584号」(4.26 2007)
「諸外国における国民投票制度の概要」に依れば…

日本と同様に、国民投票を憲法改正の要件として、義務化している国には、
アイルランド(憲法第46条)、オーストラリア(憲法第128条)、
スイス(憲法第140条)、デンマーク(憲法第88条)などがあるが、
何れも国会の議決要件は2分の1以上、過半数である。


また、憲法改正の場合の国民投票が任意的とされている国もある。
イタリアでは、憲法改正は、3ヶ月以上の期間を置いた2回の両院の議決に依り、
行われる。
但し、一院の5分の1の議員、50万人の有権者または5つの州議会が国民投票
を要求すれば、2回目の表決に於いて、両院が議員の3分の2で改正案を可決
しない限り、国民投票を実施しなければならないとされている。(憲法第138条)

スペインでは、憲法の全面改正、乃至特定の条項の改正の場合にのみ、
国民投票が義務的要件とされ、そうでない時は、一院の10分の1の議員の
要求に依り、国民投票が行われることになっている。(憲法第167、168条)

スウェーデンでは、基本法の改正には、国会(一院制)に於ける、総選挙を
挟む2回の議決を要するが、第1回の議決の後に3分の1の議員の要求が
あれば、その総選挙と同時に国民投票が行われることになっている。
(統治法典第8章第15条)

フランスでは、国会議員が提出した憲法改正案は国民投票を要するが、
政府が提出した場合は、大統領がこれを両院合同会議に付託すれば、
国民投票は行われないことになっている。(憲法第89条)
過去の事例では、国民投票より両院合同会議に依る憲法改正の方が多い。


※アメリカ、オランダ、カナダ、ドイツ、ベルギーでは、住民投票はあるが、
憲法改正の場合も含め、国レベルでの国民投票の制度は、憲法上は規定されて
いないとのこと。


GHQ民生局2
       GHQ民生局のベアテ・シロタ・ゴードンとメンバーたち
       昭和天皇が勅語に依り、日本国憲法を公布された貴族院本会議議場に於いて 
       昭和21年(1946年)11月3日


安倍首相は憲法改正の第一段階として、先ず96条の改正から始めると明言
されておられるが、その96条の改正も、96条の定めるところの各議院の
総議員の3分の2以上の賛成を必要とするのであるから、同じ3分の2を得る
ならば、いっそのこと、正々堂々と本丸である9条改正に直進した方が良い。
日本の国柄を一切、表現していない上に文法的にも誤りのある薄見っともない
日本語の前文も変える必要がある。
「日の丸」「君が代」も国旗、国歌として、明記するべきである。

攻める側の改憲派は、改正要件を緩和することで戦いを有利に展開出来ること
ばかり考えているのであろうが、逆に、反日左翼勢力が天皇を廃し、日本解体
を目論み、第1章の削除を目指した場合、改正基準の緩和は、日本の国体を
守る側に不利になるということも考えねばならない。
改正要件の緩和は、諸刃の剣なのである。
憲法改正のハードルは、96条程度の高さで丁度良い。
衆参各議院で3分の2の賛成も得られないような憲法改正はしない方が良い。
3分の2くらいは獲って見せろよ!という話である。


放棄された国家安全保障 …憲法第9条の本質

放棄された国家安全保障 

               …憲法第9条の本質



日本国憲法 第2章 戦争の放棄
第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


支那 公開処刑


日本国憲法は前文第2項「恒久平和の原則」を受け、第2章で「戦争の放棄」
を謳い、一切の戦力の不保持、武力の使用の否認を宣言したものとなっている。

第1項で戦争と武力による威嚇、武力の行使を放棄し、第2項で戦力の不保持
と交戦権の否認を定めている。
軍備も、それによる戦争行為も認めていない明快な条文である。
第9条を直裁に読めば、国際法上認められる自衛戦争も憲法上、我が国には
出来ないことになる道理である。

この第2章の「戦争の放棄」は、要するに「国家安全保障の放棄」を意味する。
日本国政府が日本国の領土保全と政治的独立、日本国民の生命、財産を、
外国からの軍事攻撃から、軍事的な手段に依って守ることを放棄することを
意味している。


ウイグル2


昭和21年(1946年)7月11日 第90回帝国議会 
衆議院 帝国憲法改正案委員会に於ける金森徳次郎憲法担当国務大臣と
日本共産党の野坂参三委員との質疑応答。

野坂参三委員 
「前文の第二行目の一番下の所に『政府の行為によって』と、こうあります。
これに付いては今日の討論の一番最初にも質問がありましたが、此の政府の
行為、これに依つて再び戦争の慘禍が起る、これは明かに国際戦争のことを
言つて居るので、政府の行為に依らない戦争というものはないはずです。
此の政府の行為というものが余り大きな意味が無いように思ふのですが、
これに代へて、むしろ戦争の性質をここにはつきり表わすような言葉を入れる
べきが当然ではないか。
もう少し具体的に言へば『政府の行為によって』この代りに、例へば本議会
で総理大臣も言われたと思いますが、征服的な、他国征服の意図を持ったとか、
或いは侵略的意図を持つた、こういう戦争の惨禍を発生しない云々と言った
方が正確ではないかと思います、これに付いて御伺い致します


金森徳次郎憲法担当国務大臣
「御説のように、左樣な言葉を使って言い表わすことも、一つの行き方で
あろうと思います。
しかしながら、かつて総理大臣が申しましたように、日本が大勇気を奮って、
こういう風に比較的簡明なる言葉を用いまして、理論的には自衛戦争は正しい
にしても、総べての戦争が自衛戦争の名を借りて、然らざる戦争に赴くという
ことの労い(うれい)を、憲法の中に残して置くような言葉を避ける方が
良いという考えも成立する訳であります。
この憲法はそのような考えに依りまして、特に区別せず、謂わば捨て身に
なって、世界の平和を叫ぶという態度を取った次第であります」


金森徳次郎


憲法担当国務大臣が、「捨て身になって、世界の平和を叫ぶという態度を取った」
と明言している。 ┐('~`;)┌
有史以来初の惨憺たる大敗北で、日本国の国家指導者も気が狂ったのか、
主権国家たるものが、国家国民の安全保障までを「捨て」たのである。 ┐('~`;)┌
これほどまでに国民の生命と財産を危険に曝し、無責任極まりない態度を取る
先進国の政府など有りはしない。 ┐('~`;)┌
しかも、それでいて、国民の武装権すら認めていないのである。
「侵略国の蹂躙するが侭にお任せ致します」「略奪、暴行、殺戮も属国化も、
どうぞ、思うが侭、ご自由に為さって下さいませ」という、政府の態度を明記した
憲法の条文なのである。 ┐('~`;)┌

第9条の下での自衛戦争の可否に付いて、衆議院憲法改正委員会審議で、
日本共産党の野坂参三衆議院議員は自衛戦争と侵略戦争を区別した上で、
「自衛権を放棄すれば民族の独立を危くする」「侵略戦争の放棄だけにすべきで、
正しい戦争はやれるようにすべき」と第9条に反対し、日本共産党は議決で
賛成しなかったのである。


野坂参三


昭和21年(1946年)6月28日 第90回帝国議会 
衆議院 本会議

吉田茂総理大臣
「戦争放棄に関する憲法草案の条項に於きまして、国家正当防衛権に依る
戦争は正当なりとせらるるようであるが、私は斯くの如きことを認めることが
有害であると思うのであります。(拍手)
近年の戦争は多くは国家防衛権の名に於いて行われたることは顕著なる事実で
あります。
故に正当防衛権を認めることが偶々(たまたま)戦争を誘発する所以であると
思うのであります、
また、交戦権放棄に関する草案の条項の期する所は、国際平和団体の樹立に
あるのであります。
国際平和団体の樹立に依って、あらゆる侵略を目的とする戦争を防止しようと
するのであります。
しかしながら正当防衛に依る戦争が、もし有りとするならば、その前提に
於いて侵略を目的とする戦争を目的とした国があることを前提としなければ
ならぬのであります。
故に正当防衛、国家の防衛権に依る戦争を認めるということは、偶々戦争を
誘発する有害な考えであるのみならず、もし平和団体が、国際団体が樹立された
場合に於きましては、正当防衛権を認めるということそれ自身が有害であると
思ふのであります。
御意見の如きは、有害無益の議論と私は考えます。(拍手)」と、


吉田茂総理大臣は、第9条は一切の軍備を禁止し、自衛戦争をも放棄した
ものとして答弁している。
当時と現在とでは、憲法第9条に対する解釈が政府と日本共産党とでは、
180°大逆転していることこそが、この条文が国家の最高法規たる憲法の
条文として、相応しくない証である。
国家の最重要課題である安全保障の規定でありながら、一字一句変わらない
その条文の解釈が、どうにでも変化するような致命的な欠陥を持っていること
の証である。
日本国憲法を放棄しないのであれば、せめて、憲法第9条は改正すべきである。


吉田茂


因みに、衆議院本会議で帝国憲法改正案に賛成しなかった日本共産党は
現在、護憲の立場で、元参院議員で共産党副委員長の小池晃氏は、
「第9条の完全実施」とやらを主張している。

「憲法は『陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない』としており、
自衛隊は9条2項に明白に違反する戦力、つまり軍隊そのものだ。
私たちは対米従属の根源である日米安保条約を廃棄するとともに、
自衛隊については、当面軍縮の措置をとり、国民の合意で9条を完全実施する。
すなわち自衛隊の解消を目指すことを党綱領にうたっている。
アジアの政治・軍事情勢が変わっていくことと『自衛隊をなくして大丈夫』と
いう国民の合意が得られることが前提となる」
「国家には当然、自衛権があるが、必ずしも常備軍が必要だとは考えていない。
…その自衛権も常備軍によらずに行使していこうというのが9条の規定だと
言える」 (平成25年(2013年)6月28日 小池晃氏談)

日本共産党は、「常備軍に依らぬ自衛権の行使」と言うが、では一体、
誰がその自衛権を行使する当事者となるのであろうか。
国民に89式小銃でも配布して、後は好きにしろとでも言うのだろうか。
縄文時代や弥生時代ではあるまいし、他国の軍事レベルを考えれば、
常備軍無しで防衛など出来る訳が無いではないか。
こんな思考回路の政党が何百万人もの有権者の熱烈な支持を受けて、
国会議員を輩出しているとは、実に恐ろしい限りである。
己の家族や子孫、愛する人々の生命や財産、愛する郷土、美しき日本の国土を、
「逝かれポンチ」の支那人や朝鮮人の良識とやらに委ねるお積りか。


共産党1


朝日新聞が平成25年3月4日付朝刊のコラム「天声人語」でまた、
阿呆なことをほざいていた。

「中国の古典は『アリの穴から堤も崩れる』と教える。
英語では『小さな水漏れ穴が巨船を沈める』と説くらしい。
金科玉条に見えた原則も同じく、一つの例外から滅ぶ
▼ 戦闘機のF35が武器輸出三原則の例外となった。
敵レーダーが捉えにくい新鋭機は、日本企業を含む国際分業で生産され、
第三国への移転は米国に任される。
周辺国と緊張関係にあるイスラエルに日本製部品が渡り、戦争を支えること
もあろう
▼ 三原則を緩め、安保で近しい国との共同開発を認めたのは野田内閣だ。
安倍内閣は、国際紛争を助長しないという輸出の前提を取り払った。
民主と自民の骨抜きリレーに、防衛産業は喜びを隠さない
▼ 安倍首相は憲法を変えて、自衛隊を国防軍にするという。
次は集団的自衛権、ついでに非核三原則もという勢いだ。
誇るべき平和国家のブランドが色あせていく。
このまま「普通に戦争ができる国」まで落ちてしまうのか
▼ なるほど、大戦の反省から生まれた憲法は普通ではない。
だが先進的な理想主義は、世界が追いつくべき「良き例外」である。
『米国に押しつけられた』憲法とそれに基づく国是を、「米国と共に責任を
果たすため」に改める……一人二役の米国も忙しい
▼ 国際常識が通じない中国が台頭し、核は拡散、テロも絶えない。
だからといって、日本までが兵器の競争に手を染めることはない。
現実に合わせて理想を傷めては、人類の進歩はおぼつかない。
がんこ一徹の平和国家が、一つぐらいあってもいい」


東トルキスタン


売国新聞は、「がんこ一徹の平和国家が、一つぐらいあってもいい」と言うが、
何故に日本国が、平和主義やら、平和国家やら、世界の理想やら、人類の進歩
やら、実体の無い空虚なお題目の為に、国民を犠牲にしてまで、国家を危険に
曝さねばならぬのか、訳が解らぬ。
こういう日本解体を目論む反日左翼の売国奴には、何を言っても無駄である。
「馬鹿は死んでも馬鹿」と言うが、反日左翼の売国奴もいつまでもどこまでも、
反日左翼の売国奴で在り続けるのである。

日本弱体化、日本解体の為の左翼の駄文、「マッカーサー司令部の25人&
コミンテルンのスパイ&日本人の売国奴共同制作の即席翻訳お馬鹿憲法」
である日本国憲法に従い続ければ、日本国がシナリオ通り、更に更に衰亡、
滅亡への道を歩み続けることは至極当然の理なのである。



日本国憲法第2章第9条の由来 …マッカーサー元帥の理想
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-256.html

日本国憲法前文 …何故、かくも日本語文章が稚拙なのか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-257.html

マッカーサー憲法(コミンテルン憲法)は最初から無かったことにすれば良い
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-385.html

虚妄の日本国憲法第9条 …支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-386.html







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