法華経の題目を日本語で唱えたら、都合が悪いのか③ ……日蓮門徒に「祈り」の言葉はあるのか?

法華経の題目を日本語で唱えたら、都合が悪いのか③

……日蓮門徒に「祈り」の言葉はあるのか?



大和言葉の「いのる」の「い」は「斎」であり、「のる」は「宣り言(のりごと)
=祝詞(のりと)」「宣り聞かせる言葉」の「宣(の)る」である。
また、「いのる」は「意乗る」でもあり、「意」を言葉に「乗せて」、神々に
お伝えする意味がある。
誠の心から湧き出ずる、清く明るく温かく素直な言葉を発することに依って、
その言葉の霊力、すなわち「言霊(ことだま)」が発動し、捧げた祈りが
現実化して、願いが成就するという言霊への信仰が「祈り」の根底にある。
つまり、祈りはその内容を言葉にして、口に出すことが肝要と言える。
高度難聴の方は発語出来なくても、無音の脳内言語を捧げれば、良いのである。

当然のことながら、ご神前に捧げる祈りの言葉は神々への語り掛けであり、
個人個人の創意工夫は自由であるが、定型文としての祝詞は現代でも平安時代
中期に選進された「延喜式」巻第八「祝詞」に収められている27篇が規範と
なっている。
神道には、罪や穢れ(けがれ)を清める「禊祓え」(みそぎはらえ)の思想があり、
神徒の捧げる日々の祈りは、祓い清めて頂く為に唱える「祓詞」(はらえことば)と、
祈願目的でご神前に奏上する祝詞の二種に大別することが出来る。
神徒がご神前で唱える「祓詞」(はらえことば)には、「延喜式祝詞」の中の
「大祓詞(おおはらえのことば)」があり、また、復古神道(古道)の大成者である
平田篤胤が、神祇伯(律令制の神祇官の長官)白川家や伊勢神宮、その他の神社や
神道諸派に伝えられる祝詞を再編し、文化12年(1815年)、その著書「大祓太詔刀考」に
発表した「天津祝詞(あまつのりと)」がある。
因みに、この「天津祝詞」の作成経緯に就いては、中世以来の「美曾岐祓
(みそぎはらえ)」四篇を編修し、一篇に纏めたという説もある。
神社本庁では「天津祝詞」を正式採用してはいないが、「天津祝詞」を簡略化
した「祓詞(はらえのことば)」「略拝詞(りゃくはいし)」を制定している。

「略拝詞」(りゃくはいし)
『祓へ(はらえ)給へ(たまえ) 清め給へ』或いは、『祓え給へ 清め給へ 
守り給へ 幸栄え(さきはえ)給へ』 (文責在詠山史純)

自宅などの神棚のご神前で唱える、祈願祝詞には「神棚拝詞」がある。
『此の神床(かむどこ)に坐(ま)す 掛けまくも畏(かしこ)き 
 天照大御神等(あまてらすおおみかみたち)
 産土大神等(うぶすなのおおかみたち)の大前(おおまえ)を
 拝(をろが)み奉(まつ)りて 畏(かしこ)み畏みも 申(もう)さく
 大神等(おおかみたち)の広き厚き御恵(みめぐみ)を
 辱(かたじけな)み奉(まつ)り 高き尊き神教(おしへ)のまにまに 
 直(なお)き正しき真心もちて 誠の道に違(たが)うことなく 
 負(お)ひ持つ業(わざ)に励ましめ給ひ
 家門(いえかど)高く 身健(みすこやか)に 世のため 人のために
 尽くさしめ給へと畏(かしこ)み畏みも 申(まを)す』(文責在詠山史純)

このように、祝詞は「やまと言葉」を用い、ご神前で語り掛けるように奏上する
「祈りの言葉」であり、神徒は日本語で祈りを捧げている。


古代出雲大社3


キリスト教に於いては、「あなた方が祈る時は……。だから、こう祈りなさい」
(新約聖書 マタイによる福音書6章9-13)、「祈る時には、こう言いなさい」
(ルカによる福音書11章2-4)と、イエスが弟子に教えたとされる祈りの言葉を
定型文として、ほぼ全ての教派で唱えられている祈祷文に、「主の祈り(主祷文)」がある。

「天におられるわたしたちの父よ、
御名(みな)が崇められますように。
御国(みくに)が来ますように。
御心(みこころ)が行われますように、
天におけるように地の上にも。
わたしたちに必要な糧を今日与えてください。
わたしたちの負い目を赦してください、
わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。
わたしたちを誘惑に遭わせず、
悪い者から救ってください」
(新約聖書 マタイによる福音書6章9-13)
…聖書 新共同訳 日本聖書協会版

文語訳の「天にまします我らの父よ。願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。………」との文言は、キリスト教徒でなくとも
何処かで耳にしているのではなかろうか。
この様に日本のキリスト教徒も、礼拝用語である「アーメン(アメン、エイメン)」
以外は日本語で祈りを捧げている。


クリスチャンの祈り1


日蓮(1222年-1282年)は「祈祷抄」(1272年)と呼ばれる遺文で、
「大地はささばはづるるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、
日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」と述べている。
「法華経の持経者の祈りの叶わないことは、絶対に無い」という意味である。
また、石山中興の祖と称される26世日寛(1665年-1726年)はその著作
「観心本尊抄文段」で、「……故に暫くもこの本尊を信じて南無妙法蓮華経と
唱うれば、則ち祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として
来らざるなく、理として顕れざるなきなり」と述べている。
「祈りが必ず叶う」ことが事実であれば、万病に効く薬と言われた越中富山の
万金丹の如くに、甚だ重宝するというものである。

石山系セクトには、「祈りは、祈り切ることから始まる。祈って祈って、
祈り抜けば、智慧が湧く。智慧が湧けば、行動が生まれる。行動すれば、
敵も味方に変わる。敵も諸天も諸菩薩も、全てを味方に、祈りを叶える。
それこそが、祈りのメカニズムだ」と、宗教である以上は当然のことながら、
「祈り」の重要性を強調した信仰指導をしている教団がある。
祈り抜こうが、祈り切ろうが、それは日蓮門徒のご勝手であるが、しかし、
そもそも、彼らは自国語である日本語を一語たりとも発しない読経、唱題の折、
一体どの場面で、どの様に祈っている積もりなのであろうか。

真言密教では、絵曼荼羅に向かい、手に印を結び、口に真言を唱え、
心に「大日如来」を描くという、身口意(しんくい)に依る三密を実践し、
大宇宙と一体化して、逆に宇宙の本体を動かして行くことが出来るという
「入我我入」の境地を目指す。
日蓮門徒は、文字曼荼羅に向かって、合掌し、法華経の題目を唱え、
虚空会の儀式(或いは久遠の本仏)を心に描くという身口意の三業を実践し、
「境智冥合」を目指す。
日蓮門徒は己の宗旨を顕教の頂点に立つ唯一絶対無二の正しい仏法とやらの
積もりでいる様であるが、その実、事相に於いて、真言密教と全く同様で、
所詮は天台宗の密教、台密(たいみつ)に過ぎないのである。
因みに、密教はヒンドゥー教化した仏教であり、淵源を辿れば、ゾロアスター教
であり、マニ教、ミトラ教である。
要するに日蓮門徒は、仏教の開祖ゴータマ・ブッダの教説とは何ら関わりの無い、
ヒンドゥー教やゾロアスター教もどきの信仰形態を取っているということである。


祈りのポーズ うさぎ1


鎌倉時代の易行ブームの結果、日蓮門徒は、浄土教に於ける専修念仏同様に、
法華経の表題である「妙法蓮華経」をひたすら唱える専唱題目を正行(しょうぎょう)と
している。
4世紀の訳経僧、鳩摩羅什(350年?-409年?)はサンスクリット語の
「saddharma-pundariika-suutra」(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)を、
「妙法蓮華経」と意訳した。
漢訳された「妙法蓮華経」の語を日本語的に「みょうほうれんげきょう」と
呉音読みし、その語頭に「namo」の音写である「なん」を付し、音韻自体には
何ら意味の無い呪文化した「なんみょうほうれんげきょう」との言葉を
ひたすら唱える。
サンスクリット語の「namo- saddharma-pundariika-suutra」は、「正しい教えの
白い蓮の花に帰依します」という意味であり、意訳すれば、「白い蓮の花のような
正しい教えに帰依します」という意味である。
この唱え言葉は、己の「信仰心の表明」であり、「宣誓の言葉」であって、
祈り言葉ではない。

日蓮門徒は助行(じょぎょう)として、妙法蓮華経第2章の方便品(ほうべんぼん)
と第16章の如来寿量品(にょらいじゅうりょうほん)の一部も読誦する。
「釈迦族の尊者(釈尊)」と称された、ゴータマ・ブッダの滅後から500年以上も
経た後に成立したと推定される、ブッダに仮託した宗教文学作品である法華経で、
ブッダがああ言った、こう言った、滑ったの、転んだのと物語が展開する訳である。
漢訳経典の読誦で「しっぽんしんこ」だの、「しょきょうしょこっしゅ」だのと、
訳の解らない音韻を神妙な面持ちで発するが、それが「失本心故」「所経諸劫数」の呉音読みで、
それぞれ「本心を失えるが故に」、「数えきれないほどの永い歳月が経っている」
との意味であることを、日本語を理解するように認識して唱えている訳ではない。

「じがとくぶつらい。しょきょうしょこっしゅ。むりょうひゃくせんまん。
おくさいあそぎ。じょうせつぽうきょうけ。むしゅおくしゅじょう。
りょうにゅうおぶつどう。にらいむりょうこう」(自我得仏来。所経諸劫数。
無量百千万。憶載阿僧祇。常説法教化。無数億衆生。令入於仏道。爾来無量劫)
との音韻を発しても、それが「私が仏に成ってからというもの、数え切れない程の
永い永い歳月が経っている。ずっと遠い昔より仏として法を説いて来た。
そして無数億の数え切れない程の沢山の者を教化して、仏道に入らしめた。
そして、その時以来、無量劫である」との意味であることを、読誦と同時に
認識している訳ではない。
「がじょうじゅうおし。いしょじんづうりき。りょうてんどうしゅじょう。
すいごんにふけん」(我常住於此。以諸神通力。令顛倒衆生。雖近而不見)との
音韻を発しても、それが「私は霊妙な力に依って、自らの姿を現わし、そして、
人々に加護を垂れる。人々は理性が転倒して愚かであり、私がそこに立っている
にも拘わらず、私を見ることはない」との意味であることを、読誦と同時に
認識している訳ではない。

要するに、日蓮門徒は読経、唱題に際し、サンスクリット語の原典を漢訳、
つまり「意訳」したものを、そのまま日本語的に呉音で音読みしているので、
一語たりとも日本語を唱えていないし、祈ってもいないということである。
これを日本のキリスト教に譬えたならば、ギリシャ語やラテン語の福音書の原文を
翻訳した英文をローマ字風に発音して読むような無意味な行為である。


白い蓮の花7


例えば、日蓮門徒が「一家和楽が実現しますように」「病が癒えますように」
「ヤクザに頼んで、批判者を抹殺した、教団の組織犯罪が露見しませんように」
との願望を念じつつ、唱題したとする。
御本尊様と称する文字曼荼羅に向かって、合掌し、「正しい教えの白い蓮の花に
帰依します」という意味のサンスクリット語「namo- saddharma-pundariika
-suutra」の漢訳を音読みした言葉を発している以上、心でも「正しい教えの
白い蓮の花に帰依します」と念じていなければ、身口意の三業が不一致で、
教理に整合しないことになる。
各々の日蓮門徒が礼拝時、法本尊を対境としている積もりなのか、人本尊を
対境としている積もりなのか、はたまた人法一箇の本尊とやらを対境としている
積もりなのかはいざ知らず、己の脳内言語を度外視し、日本語を一語たりとも
発することなく、祈った積もりになっている事相は不合理である。
勤行に於いても、「祈りの言葉」はお得意の「文底秘沈」とやらで、何処かに
秘し沈めているとでも言うのか?
                      0050 (2)









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法華経の題目を日本語で唱えたら、都合が悪いのか②……「なむ・さだるま・ふんだりきゃ・そたらん」Σ(゚◇゚;)?!

法華経の題目を日本語で唱えたら、都合が悪いのか②

……「なむ・さだるま・ふんだりきゃ・そたらん」Σ(゚◇゚;)?!



「法華経」は、大乗仏教経典「saddharma-pundariika-suutra(サッダルマ・プンダリーカ
・スートラ)」漢訳の「総称」であり、また、鳩摩羅什訳「妙法蓮華経」の略称でもあって、
正式な経典名ではないことは既に述べた。

法華経完訳は6種類存在したとのことであるが、現存するのは3種類のみで、
三存三欠(六訳三存)と言われる。
それぞれの経典名は、
①「法華三昧経」(欠)六巻 正無畏訳 
②「薩芸芬陀利経」(欠)六巻 竺法護訳
③「正法華経」十巻 竺法護訳     
④「方等法華経」(欠)五巻 支道林訳
⑤「妙法蓮華経」八巻 鳩摩羅什訳   
⑥「添品法華経」七巻 闍那崛多・達磨笈多共訳で、日蓮が宣揚したところの法華経は、
亀茲国(ウイグル)の西域僧、鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)訳「妙法蓮華経」である。


古代シナの訳経僧達がパーリ語やサンスクリット語の仏教経典を意訳するに際し、
選択して用いた漢字を殊更に掘り返しても意味は無い。
因みに、唐代の玄奘(602年 - 664年)に依る訳経を「新訳」、
鳩摩羅什(350年?-409年?)の訳経から新訳までの訳経を「旧訳」、
それ以前の訳経を「古訳」と呼ぶ。
西晋時代の敦煌の訳経僧、竺法護(230年代?-310年代?)の訳経は、
古訳に相当する。

「正」 「妙」

仏教学者、古代インド文学者の岩本裕氏(1910年-1988年)に依れば、
「saddharma」は「sat」と「dharma」の合成語で、「sat」は「存在する」
「現存の」「真の」「善き」「正しい」を意味し、また、「勝れた」性質を示す
形容詞として用いられているという。
(岩波文庫版「法華経」坂本幸男・岩本裕訳注)

竺法護は、「saddharma-pundariika-suutra」の「saddharma」を
「正法」と訳したが、鳩摩羅什は「妙法」と訳している。
「正」の甲骨文字は「□+止」で、□は国や集落の象形、「止」は足の象形、
他国へ真っ直ぐに進撃することを表わし、転じて、「真っ直ぐ」「正しい」の意味を
表わす。
「妙」には、「極めて良いこと」「表現の仕様が無いほどに優れていること」の外にも、
「不思議なこと」「変わっていること」「普通でないこと」「この上も無く、奥深いこと」
「人知では計り知れない優れた働きがあること」などの字義がある。
このように、「正」の文字と「妙」の文字とでは、字義が大いに違う。

サンスクリット語の「sad-」を単に「正」と訳さず、「妙」の文字を当てたことに依り、
漢訳された「妙法」の言葉の意味を解釈するに当たって、「saddharma」の意味を
拡大解釈してしまう余地が大いに膨らんだことになる。

「法」

「dharma(ダルマ)」は仏教に限らず、ヒンドゥー教、ジャイナ教など、インドに於ける
宗教上、思想上、重要視される概念であり、「保つ」「支持する」を意味する動詞の
語源「dhṛ」から派生した名詞、「保つもの」「支持するもの」を原義とするとされる。

仏教では「法」と漢訳されるのが通例であるが、この言葉は状況に応じて、
様々なニュアンスで用いられることになる。
漢字の「法」に拘れば、「世界を成立させている根本原理」としてのダルマが強調されて、
「倫理的規範」や「宗教的義務」「善業」「教え」としてのダルマの意味合いが薄れることになる。
そして、『大宇宙も、我が生命も、森羅万象悉く「妙法」であり、「蓮華」であり、
「経」である。宇宙生命の根源は「妙法蓮華経」であり、題目を唱えることで、
大宇宙のリズムと合致して、即身成仏し、絶対的な幸福境涯を確立出来る』などと、
訳の解らないことをほざき捲くる輩が何百万人も湧いて出て来ることになる。


白い蓮の花3


「saddharma-pundariika-suutra」(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)を
音写して、「薩達磨芬陀梨伽蘇多覧」(サダルマフンダリキャソタランor
サダルマフンダリシュタラ)とも漢訳されている。
法華経の表題は、鳩摩羅什訳の「妙法蓮華経」のみならず、「薩達磨芬陀梨伽蘇多覧」も
あれば、「正法華経」「法華三昧経」「薩芸芬陀利経」「方等法華経」「添品法華経」もある。
浄土教に於ける専修念仏同様に易行として、日蓮が法華経の表題を唱える唱題行を
正行とするに当たり、唱え言葉を「南無正法華経」(なむしょうほけきょう)や、
「南無薩達磨芬陀梨伽蘇多覧」(なむ・さだるま・ふんだりきゃ・そたらん)とする
選択肢もあったことになる。

要するに、「白い蓮の花のような正しい教えに帰依します」と信仰心を表明し、
宣誓するに当たり、「南無」する対象は何も「妙法蓮華経」の五字でなくても
良いということである。
そして、鳩摩羅什が「saddharma-pundariika-suutra」を意訳した漢訳を、
日本語的に呉音で発音しているのであるから、「みょうほうれんげきょう」の音韻に
意味は無いということである。

外務省のHPのデータに依れば、世界の国家数は195ヶ国であるという。
日蓮系新宗教教団の宣伝では、「世界180ヶ国以上の国に日蓮仏法が広まった」
とのことであるが、我が国にもキリスト教徒やイスラム教徒等がいるように、
何処の国にも異国趣味の人はいるものである。

それにしても、世界中の日蓮信者が「白い蓮の花のような正しい教えに帰依します」と
信仰表明するに際し、サンスクリット語の「saddharma-pundariika-suutra」を
4世紀の訳経僧が意訳した「妙法蓮華経」をそのまま日本語的に「みょうほう
れんげきょう」と呉音読みし、それに「namo」の音写である「なん」を付けて、
音韻に意味の無い「なんみょうほうれんげきょう」との唱え言葉を一様に唱えて
いるのは、甚だ奇妙なことである。
特に、インド文化圏の日蓮信者が「namo- saddharma-pundariika-suutra」との
古語を現代のヒンドゥー語に変換して唱えず、「なんみょうほうれんげきょう」
との無意味な音韻を逆輸入してまで唱えているということは甚だ滑稽である。
創唱宗教というものは、げにも馬鹿馬鹿しきものかな。


デューラー 祈りの手1




法華経の題目を日本語で唱えたら、都合が悪いのか①……「正しい教えの白い蓮の花」とやら

法華経の題目を日本語で唱えたら、都合が悪いのか①

……「正しい教えの白い蓮の花」とやら



浄土宗や浄土真宗など、浄土系教団の所依の経典は無量寿経(大経)、観無量寿経(観経)、
阿弥陀経(小経)の浄土三部経である。
浄土宗の開祖である法然房源空(1133年-1212年)は、シナ浄土教の善導(613年-681年)
撰述の観無量寿経疏(観経疏)に説かれた「一心専念弥陀名号」に基づき、
阿弥陀如来に縋り、「南無阿弥陀仏」と唱えさえすれば、極楽往生出来るとして、
他力本願の易行道、専修念仏を説いた。

「南無阿弥陀仏」との念仏は、「阿弥陀仏に帰依します」との意味である。
阿弥陀を大乗仏教の「如来」だの、「仏」だのと言うも、所詮はヒンドゥーの「神」
アミターバ(Amitābha)である。
「アミターバに帰依します」という意味の「namo- Amitābha」「ナーモ アミターバ」を
音写して、「なむあみだぶつ」と唱えている。
「ナーモ アミターバ」の音写が「なむあみだぶつ」とは、随分と訛っている訳であるが、
更に訛りに訛って、「なんまいだ」や「なんまいだぶ」と唱える人もいる。
日本語を脳内言語に変換し、ものを考えている日本人であるならば、本来は素直に、
日本語で「アミターバに帰依します」と唱えれば良いのである。

「南無阿弥陀仏」という唱え言葉は、サンスクリット語の「ナーモ アミターバ」の音写に過ぎず、
「南」「無」「阿」「弥」「陀」の各文字は表音漢字であり、文字自体に意味は無い。これこれ


祈りの姿3A


天台宗や日蓮宗、日蓮系諸教団の所依の経典は、シナの天台大師智顗(ちぎ)
(538年-597年)の教説に従がい、本経としての「法華経」、開経としての
「無量義経」、結経としての「観普賢経」の法華三部経である。

「法華経」は、大乗仏教経典「saddharma-pundariika-suutra(サッダルマ・プンダリーカ
・スートラ)」漢訳の「総称」であり、また、鳩摩羅什訳「妙法蓮華経」の略称でもあって、
正式な経典名ではない。
法華経完訳は6種類あったというが、現存するのは3種類のみで、三存三欠
(六訳三存)と言われる。
それぞれの経典名は、
①「法華三昧経」(欠)六巻 正無畏訳 ②「薩芸芬陀利経」(欠)六巻 竺法護訳
③「正法華経」十巻 竺法護訳     ④「方等法華経」(欠)五巻 支道林訳
⑤「妙法蓮華経」八巻 鳩摩羅什訳   ⑥「添品法華経」七巻 闍那崛多・
達磨笈多共訳で、日蓮が宣揚したところの法華経は、鳩摩羅什(クマー ラジーヴァ)訳
「妙法蓮華経」である。

日蓮(1222年-1282年)は天台宗の法華経信仰を前提として、浄土教に於ける
易行としての専修念仏同様に、法華経の題目「南無妙法蓮華経」をひたすら
唱える「唱題(しょうだい)」を「正行(しょうぎょう)」として選択し、
他の法華経読誦などは補助的手段としての「助行(じょぎょう)」としたのである。

鳩摩羅什(350年?-409年?)は、「saddharma-pundariika-suutra」を意訳して、
法華経の表題を「妙法蓮華経」と漢訳した。
その「妙法蓮華経」に「帰依する」という意味の「namo(ナーモ)」の音写「南無」を冠して、
「南無妙法蓮華経(namo- saddharma-pundariika-suutra)」という。
日蓮の教説は煎じ詰めれば、「法華経の表題を唱えれば、即身成仏出来る」と
いうものである。

日本の仏教徒は怠慢極まりないことに、仏教伝来の飛鳥時代552年(538年説有り)以来、
仏教経典の読誦「読経」は、シナの訳経僧達がパーリ語やサンスクリット語の仏教経典を
漢訳つまり「意訳」したものを、そのまま日本語的に音読みしているのである。
真言宗や禅宗などで例外的に、漢音や宋音の発音が用いられるものの、仏教経典の読誦は
呉音の発音で行なわれるのが殆どである。
従がって、読誦される経文の音韻に意味は無い。これこれ

法華経のサンスクリット語原典「saddharma-pundariika(サッダルマ・プンダリーカ)」は、
「正しい教えの白い蓮の花」という意味である。
好意的に意訳すれば、「白い蓮の花のような正しい教え」になろうか。
仏教経典では、蓮の花を「蓮華(れんげ)」と美称するが、「pundariika(プンダリーカ)」は、
蓮の花全部を一括りにした命名ではなく、飽くまでも「白い蓮の花」を指す。
赤い蓮の花はパドマと呼び、青い蓮の花はウトパラと呼ぶように、色の違いで
別の名前を冠するほどに、インド人は蓮の花に敏感な感性を持っている。

蓮の花は花弁が開くと同時に、その花弁の中から種子が落ちるという。
花が開くという「結果」と、種子が土中に埋まり、新しい蓮の花を咲かせるという
「原因」の同時性から、「因果倶時」という概念に通じる例示に相応しいとして、
大乗仏教経典、特に法華経では尊ばれるが、それが第一の理由であるならば、
何も白い蓮の花でなくても良い訳である。
仏教に限らず、古代インドに於けるヴェーダやヒンドゥー教に於いても、
蓮の花には宗教的な意味が籠められ、象徴的に愛用されている。
要するに早い話が、インド人は古代から蓮の花が好きなのである。

泥水の中から生じながらも、清浄な美しい花を咲かせる姿に、仏陀の尊厳を
象徴させたり、仏道修行に於いて、菩薩が上に向かっては自ら菩提を求めて修行し、
下に向かっては、泥中に生きる存在である衆生を悟りへと化導して行くという
「上求菩提(じょうぐぼだい)下化衆生(げけしゅじょう)」の象徴とする穿った意義付けも、
結局は後付けに過ぎない。


祈りの姿3B


日本語を脳内言語に変換し、ものを考えている日本人であるならば、
「namo- saddharma-pundariika-suutra」を「なんみょうほうれんげきょう」ではなく、
「白い蓮の花のような正しい教えに帰依します」、もしくは「白い蓮の花のような
正しい法に帰依します」と唱えれば良いのである。
「saddharma-pundariika-suutra」を意訳した漢訳を、日本語的に呉音で発音して
いるのであるから、「みょうほうれんげきょう」の音韻に意味は無い。これこれ

「南無」を延山系では「なむ」、石山系では「なん」と発音するが、何れにせよ、
「namo(ナーモ)」の音写で、「無」を「む」と発音することに拘る必要がある訳も無く、
どちらも訛りに訛っていることに変わりは無いのであるから、どうでも良いことである。
尤も、石山系でも勤行の際の引き題目では、「な~む~」と発音する。

題目を唱えることを唱題と言うが、一時間の唱題で「なんみょうほうれんげきょう」を
3000遍程唱えることになろうか。
「なんみょうほうれんげきょう」と唱えていれば、何やら深遠な祈り言葉のようで、
有り難く感じるかも知れないが、「白い蓮の花のような正しい教えに帰依します」
「白い蓮の花のような正しい法に帰依します」と、毎日、毎日、一時間も二時間も
繰り返し、繰り返し、唱え続けていたら、幾ら何でも虚しくなって来る。
0050 (2)
正行である唱題でこの有様であるが、助行としての妙法蓮華経第二方便品(ほうべんぼん)、
第十六如来寿量品(にょらいじゅうりょうほん)読誦も、サンスクリット語の原典を漢訳、
つまり「意訳」したものを、そのまま日本語的に呉音で音読みしているので、物語の意味を
充分に認識していないが、読経に於いても和訳した文章を唱えたならば、一層虚しくなって来る。
0050 (2)
自我得仏来(じがとくぶつらい)所経諸劫数(しょきょうしょこっしゅ)
無量百千万(むりょうひゃくせんまん)憶載阿僧祇(おくさいあそぎ)
常説法教化(じょうせつぽうきょうけ)無数億衆生(むしゅおくしゅじょう)
令入於仏道(りょうにゅうおぶつどう)爾来無量劫(にらいむりょうこう)
と漢訳を日本語的に呉音で音読みするのではなく、和訳して、
「私が仏になってからというもの、数えきれないほどの永い永い歳月が経っている。
ずっと遠い昔より仏として法を説いて来た。そして無数億の数え切れないほどの
沢山の者を教化して仏道に入らしめた。そして、その時以来、無量劫である」と
日本語で読誦すれば、自分が何を唱えているか明瞭になるであろう。

そうすれば、一所懸命に何事かを祈っている積もりでいたが、そこには祈り言葉が
一つも無いことに気が付くのである。
0050 (2)
「白い蓮の花のような正しい教えに帰依します」という唱え言葉は祈り言葉ではなく、
自分の「信仰心の表明」であり、「宣誓の言葉」に過ぎないことに気が付くのである。
0050 (2)


仏教にせよ、キリスト教、イスラム教にせよ、半ば狂気の宗教的天才が創始した創唱宗教で、
後代の天才的な宗教詐欺師どもがその教義を肥大化させつつ、継承している虚構の体系に過ぎない。
時空を超えてまで、壮大な法螺話の呪縛に己の尊い人生を委ねることはない。
創唱宗教を信奉するなんぞ、止めておいた方が良い。



祈りの姿5S






日蓮の呪縛から解き放たれよ!④ …日蓮の事相は密教もどき

日蓮の呪縛から解き放たれよ!④ 

…日蓮の事相は密教もどきで、仏教に非ず


我が国の仏教教団の中には、自宗の教義としている教理や行法の起源について、
ゴータマ・ブッダの教説に連なるものなのか、はたまた、ヒンドゥー教や
ゾロアスター教などの他宗教に由来するものなのかも判別出来ないほどに無知
であり、総べて自宗の祖師のオリジナルであると信じて止まない向きがある。
日蓮カルト教団の信者たちが、日蓮以前に「南無妙法蓮華経」と法華経の首題を
唱えた者は居ないと固く信じていることには呆れ返る思いがする。
元々、主に天台宗寺院などでクマーラ・ジューヴァ漢訳の法華経「妙法蓮華経」
に南無するという意味で、法華経の首題の名字を口唱する行が行じられていた
ことは、古文書で確認出来る。
鎌倉時代に於ける仏教変革の特徴として、諸宗には実践方法の単純化、簡易化
(難行に対する易行)という共通項があり、曹洞宗の「只管打坐」、浄土宗の
「南無阿弥陀仏」と口唱する「称名念仏」を択一した法然の「専修念仏」に
倣って、日蓮は法華経の首題を唱える「唱題」を選択したに過ぎないのだ。

それほどまでに認識不足でありながら、厚顔にも驕り昂ぶる表情で、「これぞ
真の仏法」だの「世界最高唯一絶対無二の正しい宗教」とほざいているので
あるから、全く以って、恐れ入谷の鬼子母神である。
仏教そのものは信仰であり、信者が仏教学的に探求する必要はないが、己れの
信奉する教団を宣揚する為に理論武装し、他宗派を邪宗教と罵るからには、
それ相応の教養は身に付けていて欲しいものだ。
日蓮カルト教団は法華経至上主義を唱えながら、その信者の殆どが法華経を
読んだこともないという、信じ難い馬鹿馬鹿しさが現実にある。

哲学徒がギリシャ哲学を学ぶように、幾ら日本に伝わった仏教が大乗仏教で
あるとは言え、原始仏典なども繙いて、そもそも仏教の始原は何であったのか、
紀元前5世紀頃のインドの思潮は如何なるものであったのか、経典に書かれて
いることが、ゴータマ・ブッダの独自の教説なのか、それとも、当時のインド
での常識であったのか、更に、大乗仏教はゴータマ・ブッダに仮託した想像上
の文学作品である偽経に基づいたもので、原始仏教とは全く別物の宗教である
ことくらいは認識しておいた方が良いと思うのだ。

ゴータマ・ブッダ説法図400

特に、日蓮系諸宗は、密教の真言宗を「真言亡国」と非難するが、当の本人
たちの信仰形態がその事相に於いて、「密教そのもの」であって、法華経どころか、
仏教でもないことに気付いていないという滑稽さがある。

弘法大師空海は、真言宗の「密教」と真言宗以外の仏教を「顕教(けんぎょう)」
として比較し、密教の方が優れているとして「弁顕密二教論(べんけんみつ
にきょうろん)」を著し、心が置かれている状況を10に分け、下から9つ目
までは、顕教の到る境地、最後の10番目は密教のみが到達出来る境地(密教は
10総べてを含む)という教え「九顕十密(きゅうけんじゅうみつ)」を説いた
「十住心論」を著わした。
真言宗では、「弁顕密二教論」を「堅の教判」、「十住心論」を「横の教判」と
して立て、密教経典である「大日経」「金剛頂経」を依経とする。
密教は「秘密に説かれた深遠な奥義」を意味する「秘密仏教」の略称で、
神秘主義的で象徴主義的な教義に特徴があり、「秘密教」「真言密教」とも言う。
尚、真言宗の密教を、「東寺の密教」の意味で「東密(とうみつ)」と言い、
天台宗の密教を「台密(たいみつ)」と呼ぶ。


密教は、インド大乗仏教の末期(7世紀後半)に興起した一流派で、
大乗仏典の「般若経」や、「華厳経」の思想やナーガ・ルージュナ(竜樹)の
中観(ちゅうがん)派などの思想を基盤としながらも、民間の呪術的世界観を
取り入れ、ヒンドゥー教と融合して生まれたもので、「大日如来」を本仏(本尊)
とし、他の諸仏・諸菩薩 は総べて大日如来に包容されて、大日如来の徳を顕現すると説く。

その諸仏の集会を図式に表わしたのが、曼荼羅 (maala まんだら) である。
「大日経」は、「大毘盧遮那成仏神変加持経(だいびるしゃな・じょうぶっしん
ぺんかじきょう)」の略称で、この大日経で展開される仏の世界を図式化した
曼荼羅を「胎蔵界(たいぞうかい)曼荼羅」と言う。
「金剛頂経」は、「初会金剛頂経(しょえこんごうちょうきょう)」の略称で、
この「金剛頂経」を典拠とする曼荼羅を「金剛界(こんごうかい)曼荼羅」と
言い、これらを併せて「両界(りょうかい)曼荼羅」と言う。
「大日経」「金剛頂経」は、併せて「両部大経(りょうぶだいきょう」」と呼ぶ。
7世紀にインドで興起した密教が日本に伝わったのは9世紀であり、インドでは
13世紀初めには、イスラム教徒の侵入に依って衰滅した。
日本に伝わった密教は、中期密教である。

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空海は「即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)」の中で、「口に真言(mantra
マントラ)を唱え、手に印契 (いんげい)を結び、心に仏を観ずれば(観想)、
自ずから仏の身口意(しんくい)の三密と修行者の身口意の三密とが感応し、
この身このままに仏になる(即身成仏)ことが出来、また不思議な力が得られ、
世間の現世利益(げんぜりやく)的な願いを叶えることも出来ると説いている。

真言は、「仏の真実の言葉」の意味であり、諸仏・諸菩薩を賛嘆し、或いは諸仏・
諸菩薩に帰依(きえ)する秘密語である。
「陀羅尼(ダラニ)」は「dhran(ダーラニー)」で、「総持(そうじ)」と訳され、
「特定の文句に依って、宗教上の深い意味を憶念し、心を統一する」という
意味であるが、後には真言と同様に用いられ、合して「真言陀羅尼」と言う。
印契(印相)は「mudr ムドラー」で、「印を結ぶ」とは仏や菩薩などの内証を
象徴的に手指の結び方で示す方法を言う。

因みにインドで、ヒンドゥー教の隆盛に依って衰退する以前のベーダの時代に、
マントラを誦することに依って、除災招福 (じょさいしょうふく)の現世利益を
祈ることが行なわれ、「マントラ自体を神聖視する」思想も現われたというが、
これは、日蓮系諸宗が「法華経に南無(帰依、帰命)する」ことから、転じて
「『南無妙法蓮華経』に南無する」ように変化している現象と同様である。



法華至上主義者の日蓮が主張したのは、「釈尊の真意は法華経の中に有り、
法華経を否定することは、釈尊を否定することになる。仏教開祖のブッダを
否定することは、国を滅ぼす所以である」として、真言陀羅尼宗である
真言宗を「真言亡国」と言って批判した訳である。

しかし、日蓮系諸教団が礼拝の対象とする文字曼荼羅自体が、密教の密具
「両界曼荼羅」を模したものではないか。
そして、密教経典に登場する「密教仏」である「不動明王」と「愛染明王」
とを文字曼荼羅に勧請し、密教で用いられる秘法である「種字(しゅじ)」で
描かれているという自語相違がある。

種子(しゅじ)とは密教に於いて、仏や菩薩を象徴する一音節の呪文(真言)
で、種子真言(しゅじしんごん)ともいう。
これを梵字(サンスクリット文字=悉曇[しったん]文字)で
表記したものは種子字(しゅじじ)、種字(しゅじ)とも略称する。
हां(haaM) 「ハーンorカーン」 不動明王
हूं(huuM) 「フーンorウーン」 愛染明王

妙に縦長に描かれてあり、梵字とは判らないような筆法であるが。
私が小学生の時に初めて文字曼荼羅を見て、最も印象深かったものだ。

また、日蓮の花押は、「大日如来」の「種字」をデザイン化した
ものであるとする説が日蓮門下では有力である。
अ (a) 「ア」   大日如来(胎蔵界)
आः(aaH)「アーハorアーク」 大日如来(胎蔵界)

種字一覧400

そもそも我が国の為政者は、仏教を鎮護国家の為に受容した経緯があり、
密教の加持祈祷は魅力的で、必要不可欠なものであったろう。
鎌倉仏教に於いて、日蓮の特色は密教的なその救国論にあり、国家社会の
救済を至上目的として、仏国土の建設を目指したことにある。


1271年(文永8年)、旱魃に襲われたこの年、八代執権北条時宗は、極楽寺の
忍性に雨乞いの祈祷を命じたが雨は降らず、日蓮が田辺ヶ池(雨乞いの池)の
淵に立って、雨乞いの祈祷を行なったところ、大雨が降ったという、雨乞い
対決の伝説が残されている。
明治時代の末、鎌倉で1735年(享保20年)に江戸講中が建てた「日蓮大菩薩
祈雨之旧跡地」と書かれた石塔が出土したが、現在の龍王山霊光寺の境内が、
日蓮が雨乞いの祈祷を行った場所に当たると言われている。
加持祈祷は法華経世界とは程遠く、如何にも密教的である。



密教では曼荼羅に向かい、手に印を結び、口に真言を唱え、心に「大日如来」
を描いて「入我我入」の境地を目指す。
密教の本尊である「大日如来」を「大宇宙の生命そのもの」と捉え、その
「大日如来という大宇宙の生命」が、「自分の生命」でもあるとするのは、
古代インドの宗教体系(古代ヒンドゥ教=バラモン教)の「梵我一如
(ぼんがいちにょ)」、「梵=ブラフマン」と「我=アートマン」との関係性
そのものである。
「大日如来」という仏教の表現を取りながら、「梵我一如」という古代インドの
伝統的な宗教観を内実としているというのが密教なのである。
密教の行者が手に印を結び、口に真言を唱え、心に「大日如来」を描くという、
身口意(しんくい)による三密を実践し、大宇宙と一体化して、逆に宇宙の
本体を動かして行くことが出来るという理論である。

翻って、日蓮の信者は、文字曼荼羅に向かって、合掌し、法華経のタイトル
(題目)を唱え、虚空会の儀式(あるいは久遠の本仏)を心に描いて、
「境智冥合」するという事相に於いて、密教と全く同様なのである。
「宇宙のリズムに自分の生命を合わせる為」などと、訳の解らない表現が
日蓮カルト教団では通用している。


そもそも、「法華経=妙法蓮華経」に帰依する、帰命する(南無する)という
意味の「南無妙法蓮華経」と呪文を唱えること自体が、密教の真言そのもの
ではないか。

そして、その密教であるが、ヒンドゥー教やら、ゾロアスター教と仏教双方
から影響を受けて融合したような「マニ教」、「ミトラ教」などの経典と仏典
との区別が付けられずに、そのまま仏教の一流派として受け入れられて、
成立したというのが歴史的事実ではないか。
密教は本来、仏教ではないのである。


密教に於ける、加持祈祷の「護摩焚き」や、お盆の「火送り」など、「拝火教」
とも呼ばれるゾロアスター教の儀式そのものではないのか。
お盆は正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言うが、この言葉の語源も、
古代インド語の「ウランバナ」か、あるいは、ゾロアスター教の母語でもある
ペルシア語の「ウルヴァン(=霊魂)」に由来するものと考えられるだろう。

現代の仏教徒はおそらく自覚していなかろうが、仏教が他宗教を受容して、
自分たちが仏教の開祖ゴータマ・ブッダの教説とは関わりの無い、ヒンドゥー
教徒やゾロアスター教徒もどきの信仰形態を取っているのだということである。

ゾロアスター400

日蓮系諸宗の信者たちは、他の信仰者を非難する時に「地獄へ堕ちる」と
口癖のように言うが、これなども、ゾロアスター教の善悪二元論(天国と地獄)
に由来するものなのではないか。
仏教開祖ゴータマ・ブッダの教えのどこをどう突っ突いたら、「地獄に堕ちる」
などという脅し文句が出て来るというのか、少しは省察してみたら良いのだ。


「血脈相承(けちみゃくそうじょう)」は仏教に於いて、法体等が師から
弟子へと相続されることを、人体に於ける血液の流れに譬えた訳であるが、
信頼出来る弟子一人だけに奥義を相伝するという「一子相承」などは、
密教の「秘密相承」の真似であり、そもそもがこの相伝方法は古代インドの
ヒンドゥー教、バラモン教に連なるウパニシャッド哲学の哲人相承形態を、
密教が取り入れたものではないか。
こんなものは、本来の仏教では有り得ない。
但し、この「血脈相承」の考え方は教団内に於いて、先代、歴代の威光を
自分に投影させて、権力固めするのには大いに役立つので、「仏教商売」には
欠かせないツールなのである。


要するに、仏教徒を自認しながらも、その事相に於いては、ブッダの系譜に
連なるものではなく、己らが「邪宗教」だの「外道(げどう)」などと罵詈雑言を
浴びせ掛けている他宗教の行体そのものであったりするということなのだ。
そういうことを自覚した上で、己らの信奉する教団以外の宗教を邪教呼ばわり
までして、批判しているのか?ということが問題なのである。




日蓮の呪縛から解き放たれよ!③ …天台かぶれの独り善がり

日蓮の呪縛から解き放たれよ!③ 

              …天台かぶれの独り善がり



ゴータマ・ブッダ(463B.C. ?-383B.C?)の死後100年程で、
インド仏教は教義論争の為に分裂が起こり、教団は20部に分派した。
更にゴータマ・ブッダの死後500~600年程の紀元後1世紀後半~2世紀に
大乗運動がインドで展開され、 「般若経」「華厳経」「維摩経」「法華経」
「大無量寿経」「浄土経」などの基本的大乗経典が創作されたのである。

これらの大乗経典は、文献学的には明らかに、歴史上のゴータマ・ブッダが
説いたものではない。
思想の発展としては、ゴータマ・ブッダに仮託された思想文学であり、悪意を
込めて言えば、経典が捏造されたのであり、大乗仏典は総べて偽経なのである。
「法華経」の中の「久遠本仏」「観音菩薩」等々、「華厳経」の「盧遮那仏」、
「大日経」の「大日如来」、浄土経典の「阿弥陀如来」等、総べては「架空」
の存在である。
空想に基く「観念」世界での物語であって、歴史的事実でもなく、その実体も
有りはしないのである。

西洋哲学史に譬えるならば、アリストテレスの哲学も、カントの哲学、
ヘーゲル哲学、西田哲学に至るまでも、総べてをプラトン哲学と称するが
如きものである。
ゴータマ・ブッダの言葉そのものに最も近いであろうと推察される原始仏典
「スッタニパータ Sutta Nipata(経集)」や「ダンマパダ Dhammapada
(真理の言葉or法句経)」を一読すれば、ゴータマ・ブッダが大乗仏典など
説いたはずのないことは、猿でも判る。

祇園精舎A400
                  祇園精舎

中国に仏教が伝わったのは、2B.C.(元寿1年)頃ともA.C.67年(永年10)
とも言われているが、その最盛期は8世紀頃で、ゴータマ・ブッダを開祖と
する仏教は、インドで部派仏教から大乗仏教へと大きな質的変化を伴いながら
展開し、原始仏典から大乗仏典、ヒンドゥー教やゾロアスター教など異教の
教典類までをも混じえながら、様々な思想系統の経典が、その内容や教義が
体系化されないまま、混沌たる無秩序な状態で中国に流入し、翻訳、編纂が
為されたのである。

それらの経典群は余りにも多様化していて、相矛盾するような内容の教説が
各々、これぞゴータマ・ブッダの教え、仏説と主張している訳であるから、
その中の一体どこに、ゴータマ・ブッダの真実の教えがあるのかと、仏教徒達
が戸惑いを見せたあろうことは想像に難くない。
しかし、経典のどれもこれもがゴータマ・ブッダの教え、仏説であるとの
権威を持って提示されていた訳であるから、安易に取捨選択するという発想が
生まれるはずもない。
そこで便宜上、先ずは総べての経典を仏説であるとして受け入れ、矛盾する
ように見える諸経典を何とか整理する為に工夫し、その形式・内容などに
由って分類・体系化し、価値を判定した上で、ゴータマ・ブッダ究極の教え
がどれであるかを解釈することにしたのだが、5~6世紀の中国南北朝時代に
行われた、その判定方法を「教相判釈(きょうそうはんじゃく)」、略して
「教判(きょうはん)」と言う。

経典の内容が様々に相違しているのは、ブッダが教えを説いた時期や内容が
異なる為ではないかとの立場で、各宗派がそれぞれの判断基準に従って判釈し、
揚子江を境にして南に三師三派、北に七師七派の所謂「南三北七」の十派が各々
独自の学派を形成した。

仏教各派が分立していた状況であるから、当然のこと、判釈作業は判釈者自身
の思想的立場、教学的立場から、総べての経典、教説を統一的に位置付け、
他派に対して、自派の優越性を示す必要もあったに違いない。
現代とは違って、文献学的な手法を駆使出来ない、時代的な制約下での
解釈学的な知的作業であった訳である。
「南三北七」の十派は大綱に於いては共通して、華厳経第一、涅槃経第二、
法華経第三という義を立てていたという。

法華経巻物B400

こうした状況下、6世紀後半、隋の時代に、中国天台宗の開祖智顗(ちぎ)
(538-597)は、ブッダ一代50年に於ける説法の次第や、教法の内容、
教化の方法などを判釈した「五時八教」という虚構の理論を考案した。
「五時」というのは、ブッダ一代の化導を説法の順序に従って、
華厳時(けごんじ)、阿含時(あごんじ)、方等時(ほうどうじ)、般若時
(はんにゃじ)、法華涅槃時(ほっけねはんじ)の五期に分類したものをいう。
智はこの「五時八教判」という虚構を以って、法華経第一を唱えたのである。

日蓮在世の鎌倉時代、日本に於いて、「五時八教判」を立てたのは、比叡山
延暦寺の天台宗のみであった。
弘法大師空海は、真言宗の「密教」と真言宗以外の仏教を「顕教」として比較し、
密教の方が優れているとして「弁顕密二教論(べんけんみつにきょうろん)」を著し、
心が置かれている状況を10に分け、下から9つ目までは、顕教の到る境地、
最後の10番目は密教のみが到達出来る境地(密教は10総べてを含む)という教え
「九顕十密(きゅうけんじゅうみつ)」を説いた「十住心論」を著わした。
真言宗では、「弁顕密二教論」を「堅の教判」、「十住心論」を「横の教判」
として立て、密教経典を依経とする。

浄土宗は、「聖浄二門判」を立て、仏教を聖道門と浄土門の二種に分類し、
「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」を依教として、聖道門とは全く違った
法門構造を持つ宗派となった。
親鸞は、全仏教を竪と横に分け、それぞれに出(権教)と超(実教)を
組み合わせた教判「二双四重判」を立てた。

華厳宗は、「五教十宗判」を立て、「華厳経」を依経とした。
このように、どの宗派もそれぞれの判断基準で、自らが依って立つところの
経典を選択した訳である。

法華経絵巻A400

日蓮は自ら「天台沙門」と名乗ったように、天台の「五時八教判」を立て、
「天台の価値観」で法華経正意論を唱え、「法華経は最高の経典」と位置付け、
他の仏教諸宗派を「真言亡国(しんごんぼうこく)」「禅天魔(ぜんてんま)」
「念仏無間(ねんぶつむげん)」「律国賊(りつこくぞく)」などと邪教呼ばわり
して、批判したのみならず、「立正安国論」を著わして、他宗の排斥を鎌倉幕府
に要求したのである。

しかし、そもそも、日蓮は飽くまでも「法華経は釈尊の直説」という前提で
論を展開し、教義を構築している訳だが、中国仏教を経た大乗仏典群自体が
ゴータマ・ブッダの教えとは掛け離れた思想の展開を経た上での、後世の
偽作群なのであるから、日蓮が他の仏教諸宗派を邪教呼ばわりした所業は、
まさに「猿の尻笑い」であり、「鍋が釜を黒いと言う」「目糞鼻糞を笑う」
ようなことだったのである。
譬えて言えば、ニセ金作りの業者連中が偽造紙幣や偽造貨幣を持ち寄った会合
で、俺のニセ札は造幣局公認だが、お前らのは違うとほざき、俺以外の奴らの
ニセ金の流通は禁止しろと政府に要求しているのと同じほどに滑稽な話なので
ある。
自国のモラルや法律を他国に押し付けて、裁くような、実に不条理極まりない、
天台の価値観の絶対化を前提とした独断論に過ぎないのである。

そもそも、仏教の開祖ゴータマ・ブッダは、人として歩むべき道を説いたので
あって、鎮護国家思想を説いた訳ではない。
日蓮が己の教説を国教にすべく躍起になったのは、我が国が仏教伝来当初から、
国家の安泰を願う護国祈祷の宗教として受容したという経緯にも関係がある。
「法華経」「金光明最勝王経」「仁王般若経」を「鎮護国家三部経」「鎮護国家の
三部」として制定したのは、日本天台宗開祖の伝教大師最澄であったという。
日蓮はどこまでも、天台かぶれの独断主義者であったのだ。

法華経がゴータマ・ブッダの直説で、天台の「五時八教判」が絶対的真理で、
日蓮在世が末法時代に突入していなければ、日蓮の教義体系の正当性は
成立しないのである。


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