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ある満州馬賊の首領との対話 …若き日の体験

 2011-06-18
ある満州馬賊の首領との対話 

…若き日の体験


私は子供の頃から、日本史を紐解くことが好きである。
昭和初期の5.15事件や2.26事件など、軍人に依るテロや
クーデター未遂事件を経て、旧憲法の統帥権を法的根拠として、
軍部独裁国家への道を歩んだ経緯には特に興味を引かれる。

昭和の歴史、大日本帝国の滅亡に至るまでのことは総べて
陸軍の暴走として、軍人が悪役になっている観があるが、
私はそれ以上に、政党政治の堕落があったと見ている。
歴史を顧みると、大正から昭和に掛けての軍縮の風潮の中で、
軍人が肩身の狭い思いをしていた時代もあったそうなのだ。

私が十代の頃にアルバイト先で知り合った年配の女性から、
彼女が生まれ育った日本の傀儡国家満州国での思い出を伺い、
そのお父様が辿られた数奇な運命を知って、大層驚いたものだ。
砦のような構造の住居に住み、馬賊の首領のお嬢様として育ったという。

満州地図400

後日、その女性からお父様が九州から遊びに上京して来ているが、
会ってみるかとお誘いを受けた。
歴史的な現場に立ち会われた方に、貴重なお話を伺う機会は
そうはないと、少年の僕は菓子折りをぶら提げて、緊張しながらも
お会いしに行った。

迎えて下さったそのご老人は物静かな方ではあったが眼光鋭く、
如何にも胆の据わったという風情に接して、大勢の敵をその手で
倒して来た武人が持つ、只ならぬ殺気漂う雰囲気を感じた。

戦いで人を殺した後、血を浴びた獣のままでは直ぐに家には帰れない。
幾日か遊郭に居続けして、女の肌の温もりで滾った血を治めてから
でないと、家族にはとても会えなかったと語っていた。

どういう経緯でそうなったのかは分らない。
彼は日本人でありながら、満州の地では満州人?中国人?
と偽り、馬賊と呼ばれた軍勢の頭領にまでなったのだ。

馬賊400

全盛期には3千人の部下を率いて戦ったそうだ。
軍閥と呼んでも良い戦力は持っていたのかも知れない。
しかし、実は日本陸軍の特務機関としても関東軍と通じていて、
祖国日本の国益の為にと活動されていたというのだ。

そのことが、五味川純平さんの著書に書かれていたことを知って、
どこから秘密が漏れたのだと、ご本人は大変に驚かれたそうだ。

そのご老人は満州に居て、日本の政界と大陸での権益で暴利を貪る
財閥と軍の上層部の癒着振りは目に余るものがあったと語っていた。

戦勝して占領した軍閥の屋敷を調べてみると、日本の政治家への
金の流れなど、贈賄を証拠付けるものが多々発見され、血気盛んな
青年将校達は、売国的なその不正に憤慨していたとも語っていた。

いつの時代も政財界の癒着、時代劇の悪代官と強欲な商人の腐れ縁は
断ち切れないものだ。

彼は、軍閥を率いていた張作霖の子息、張学良将軍とも
パルチザン時代の金日成とも、中国共産党の周恩来とも
面識があったそうだ。
張学良の部下達の命を救うことがあって、張将軍に大変感謝された
こともあったとか。

ノモンハン 行軍400

私が何よりも驚いたのは、彼がノモンハン事件で日本軍の道案内を務め、
その過酷な戦場の有様の生き証人であったことだった。

昭和14年(1939年)に勃発した満州国とモンゴル人民共和国間の
国境紛争を巡って、日本軍とソ連軍が武力衝突した事件。
第一次と第二次があり、5月の第一次ノモンハン事件は両軍合わせて
3500人規模の衝突であったが、7月、8月の第二次ノモンハン事件は
両軍ともに数万の兵力を投入した大規模な戦闘だったそうだ。

彼は、日本兵が擂り鉢で擂り潰されるかのように殲滅されたと
語っていたことからも、第二次ノモンハン事件の激戦の現場に
居たことになる。 

投入した戦車戦力が違い過ぎたのだ。
ソ連が500両の戦車と投入したのに対して、日本は僅か73両
それも中戦車と軽戦車、4日間で30両の損害を受けた後は
撤退させてしまったそうだ。

8割の損害を出した部隊もあったとか。全滅と見做す大損害だ。

日本軍の大敗北とされていたこの武力衝突だったが、
ソ連が崩壊し、1990年代以降に表に出てきたデータに依ると、
実はソ連も大損害を受けていたことが判った。
戦死はともに8000人前後、戦傷者は日本が約9000人、
ソ連は約15000人、航空戦は日本が優勢であったものの、
180機を失い、ソ連は250機を失った。

ノモンハン 戦闘400

彼は私に「旧満州、現中国東北部を訪れてみたいが、自分には国籍を
偽って戦った過去があるので、行けないのが残念だ」と寂しそうに
語っていた。
国家の罪を個人が背負っている構図が、そこにもあったのだ。



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