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虚妄の仏教⑧ …馬鹿馬鹿しい法華三十番神説

 2011-10-09
虚妄の仏教⑧

…馬鹿馬鹿しい法華三十番神説


日蓮宗には、日本の神々が法華経とその信者を守護するという
「法華神道(ほっけしんとう)」の信仰がある。
「法華経」の「安楽行品第14」に、「諸天昼夜。常為法故。而衛護之。
(諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之を衛護す)」とあることから、
法華経の信者には常に諸天善神のご加護があるというのだ。

何故に日本の神々が、紀元1世紀頃にインドで創作された空想小説、
中国に伝播後、翻訳、加筆、編集を経た、釈尊に仮託した思想文学
を卑屈にも守護せねばならないのか、という馬鹿馬鹿しい話であるが。


法華三十番神説と言って、日本の神々30柱が、1ヶ月30日の間、
日替わりで「法華経」を守護するという輪番制の考え方がある。
(太陰太陽暦では、月の日数は29日か30日である)
日蓮宗系の寺院に、「番神堂」「番神宮」という名のお堂が有るのは、
その「法華守護三十番神」を祀る神仏習合の名残である。


そもそもの発端は、最澄(伝教大師)が比叡山に祀ったのが最初の
ようで、仏教の天台宗と神道が融合した「仏本神従」の神道である
「山王神道」=「天台神道」にある。
日蓮宗の「法華守護三十番神」だけでなく、「天地擁護の三十番神」
「王城守護の三十番神」「吾国守護の三十番神」などもあった。
日蓮宗の「法華神道」は「天台神道」の亜流ということになる。

この天台宗の「三十番神思想」を日蓮宗が受容して、「法華神道」を
成立させた経緯は、どういうものであったろうか。
そもそも、その思想的土壌として、日蓮には「神天上思想」という
国神観があった。

「立正安国論」に「世みな正に背き人ことごとく悪に帰す。
故に善神は国を捨てて相去り、聖人所を辞して還らず、
是を以て、魔来たり、鬼来たり、災起こり、難起こる」
「法華経の法味を食して威光・勢力を増す諸天善神は、
邪宗邪義の蔓延によって法味を味わえないために天上へ去り、
逆に神社には魔神・鬼神が乱入して、国中に災いを起こし、
そこに詣でる者は鬼神に憑かれて災いを招く」とあり、
「神天上思想」、「善神捨国思想」を表明している。
このことは、裏を返せば、日蓮は文字曼荼羅に天照大御神と
八幡神を勧請するなど、神祇信仰を積極的に取り入れていた
ということになる。




「法華守護三十番神」自体の起源については、
平安時代初期、天台宗の円仁(えんにん 794-864)、
後の第3世天台座主(ざす)慈覚大師が、法華経を書写し、
三年程を要して写経し終えた経典を「根本如法経(こんぽん
にょほうきょう)」と称し、安置する小堂を根本如法堂と称した。
この堂の法華経を守護する為に、日本の主要な神々三十神を
勧請して祀り、1ヶ月30日を交替で守り番をすると定めて、
これを「三十番神」と称したのが始まりであるという。

因みに「如法経」とは「如法写経」とも言い、法式通りに経文を
清浄に書写することや、筆写した経文を言い、またそれを安置、
埋納する供養を意味する。
本来、経典は種々あるが、大抵は「法華経」を指すことが多い。


では、この天台宗の三十番神信仰を日蓮宗に取り入れたのは誰なのか
と言うと、日蓮(1222~1282)説と日像(1269~1342)説の二説ある。

日蓮勧請説にも二説あり、建長元年、日蓮が比叡山定光院で読経して
いると、法華守護の三十番神が列を成して、その姿を現したという説と、
日蓮が「吉田流卜部氏」の吉田兼益より神道を伝授され、三十番神の
守護を法華経に依って勧請したという説がある。

一方、京都で日蓮宗を布教しようとした日像が、日蓮の国神観を
基にして、布教のために比叡山延暦寺の三十番神信仰を取り入れた
という、日像勧請説の方が信憑性は高い。


室町時代に入ると、京都の日蓮教団は大いに繁栄し、法華経信仰の
流布と共に、その中心思想である三十番神説は民衆的な信仰として、
法華神道は全盛を極めたという。
室町時代には商工業と経済が発展したが、経済的に潤っていた
京都町衆の半分から3分の2もが日蓮宗の檀信徒となり、毎月
2~3ヵ寺の日蓮宗寺院が建立され、本山だけでも京都に21ヶ寺
在ったという。
天文元年(1532年)の「昔日北華録」には「京中大方題目の巷」
と記録されているほどである。



当番の神々と受け持ちの日にちには、地域や宗派に依って、幾つかの
パターンが見られるが、基本的には下記の如くであったようだ。


1日  伊勢大明神  
2日  石清水(いわしみず)八幡大明神 
3日  賀茂(かも)大明神  
4日  松尾(まつのお)大明神  
5日  大原野大明神   
6日  春日大明神  
7日  平野大明神  
8日  大比叡(おおびえ)権現    
9日  小比叡(おびえ)権現  
10日 聖真子(しょうしんじ)権現  
11日 客人(まろうど)大明神    
12日 八王子権現
13日 稲荷大明神  
14日 住吉大明神    
15日 祇園大明神   
16日 赤山(せきざん)大明神  
17日 健部(たけべ)大明神    
18日 三上大明神  
19日 兵主(ひょうず)大明神 
20日 苗鹿(のうか)大明神  
21日 吉備大明神   
22日 熱田大明神  
23日 諏訪大明神   
24日 広田大明神  
25日 気比大明神  
26日 気多大明神  
27日 鹿嶋大明神   
28日 北野天神  
29日 江文(えふみ)大明神  
30日 貴船大明神

三十番神400

それにしても、1日は伊勢神宮の天照大御神、2日は岩清水八幡神…と、
その順番にさえ何の根拠も無く、良くもまぁ、これほどまでに嘘八百を
賢しらに並べ立てたものだと呆れるが、現代でも法華経の信者を日本の
神々が守るという基本的な考え方は変わっていない。
日蓮系諸教団に於ける「諸天善神」の解釈は概して、
下記のようなものである。


「諸天善神とは、梵天、帝釈、日天、月天、明星天、天照大神、
八幡大菩薩など、法華経を受持する人とその国土を守護する一切の
天、神を言う。
諸天善神と言っても、一定の実体を持つものではなく、
法華経を行ずる人を守護する種々の『働き』を言う。
この諸天善神は、それ自体の意思をもって存在しているものではない。
法華経の信者の生命力、一念の働きが社会や環境などに反映して、
それが様々な働きとして顕れて来るものだ。
あらゆる神々は総べて同心に、法華経の守護神である。
釈尊を含む一切の仏・菩薩や神々は、南無妙法蓮華経の仏、
即ち日蓮が衆生を救済するその用(はたら)きの一環としてあるので
あるから、日蓮の御意を離れたところに善神の守護はない。
一切の邪宗・邪義の教えを捨て、日蓮の仏法が世の中に唯一無二、
絶対の仏法であるとの確信をもって信心に励めば、誰しも必ず
諸天善神の加護を受けることが出来る。しかし、神社に詣でると、
そこには悪鬼が乱入しているので、仏罰が当たる」

日蓮系の信者は、どこまで自己中心的なものの捉え方をするのだと
呆れ返るばかりだが、現代日本にこう考える人々は現実に何百万人か、
何千万人か、存在するのである。


1271年、日蓮が鎌倉幕府に処刑されることとなり、竜の口の刑場へ
向かう際、若宮小路で、鶴岡八幡宮に向かい、「八幡大菩薩に最後に
申すべき事あり」と言って、馬を降り、
「八幡大菩薩は、法華経の行者であり、一分の咎も無い私が処刑
されんとしているのを黙って見ているのか。
今夜、日蓮が首を切られて、霊山浄土へ参った時には、『天照大神、
八幡大菩薩こそ、誓願を果たされなかった神でありました』と、
遠慮無く、教主釈尊へご報告申し上げる。
八幡大菩薩が心に痛みを憶えるならば、急いで計らいを実行しなさい」
と諫暁(かんぎょう)したほどであるから、日本の神々を謗法扱いする
日蓮門下の傲岸不遜は永久に変わるはずもないのだ。

「神は人の敬うによって威を増す(神は人が尊敬することに依って、
益々威光を増す」ということがある。
「神は非礼を受けず(礼儀に外れたことを願って祭っても、
神は受け入れない)」ということもあるのだ。


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