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何故、日本語で祈らないのか? …仏教経典の起原を辿れば…

 2012-01-09
何故、日本語で祈らないのか? 

…仏教経典の起原を辿れば…


仏教の開祖であるゴータマ・ブッダ逝去(北伝では、紀元前383年)の後、
その弟子達はブッダの教えを、話し言葉に近い簡潔な形に表現し、口伝えに
伝承して行ったと思われる。
暗唱の便宜を意図としたものと思われるが、如何にもインド人らしい韻文の詩
や簡潔な文に纏められた。
古代インド人は、宗教聖典は暗記するもので、文字に書き起こしてはいけない
という考え方をしていたようで、バラモン教では教師がヴェーダ聖典を唱え、
弟子がその後に付いて唱え、ひたすら暗記することが学問であったという。
そういう伝承文化を背景にして、仏教徒はブッダの教えを耳で聞いて、
口伝えに伝承して行ったのである。
そして、或る時期(アショーカ王以前であるから、紀元前268年以前)に
サンスクリット語のプラークリットと呼ばれる俗語(地方口語)である
パーリ語に書き起こされるようになり、それらがパーリ語の仏教経典
「スッタニパータ」や「ダンマパダ」に伝えられているということになる。
しかし、口伝えの伝承の経緯からして、仏典は飽くまでも読まれるものでは
なくて、「吟詠されるべきもの」として在ったのである。



ゴータマ・ブッダが2500年前に語った言語が何語であったのか、断定出来る
だけの明証はないが、古代マガダ語、或いは古代マガダ語の影響の強い俗語
(東部インド語の一種)ではなかったろうかとの説がある。
公用語であったサンスクリット語がバラモンなどの用いる難解な言語である
のに対して、古代マガダ語は庶民が日常的に使う話し言葉であったという。
パーリ語仏典の詩文に古代マガダ語の痕跡が見受けられることが、ブッダが
古代マガダ語を語っていたのではないかとの根拠とされているのだ。
そうであるから、パーリ語に書き換えられる以前は、同様にブッダの教えは
古代マガダ語、或いは古代マガダ語の影響の強い俗語で仏教徒に口唱されて
いたものと推察される。
古代マガダ語に依る伝承が何故、パーリ語に書き換えられたのかに付いては、
仏教を広めるに当たり、土着の言語である古マガダ語よりも広範に語られて
いたパーリ語の方が都合良いと判断されたものであろうと思われる。
当時の公用語として普及していたサンスクリット語は、学術用語、宗教用語に
適していたようで、パーリ語はその俗語であったという事情に依る。


こうして、パーリ語で書かれた原始仏典の中で最も有名な仏典はおそらく
「ダンマパダ」(Dhammapada)であろうと思われる。
日本語では「真理のことば」と訳されていることが多く、
中村元博士訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」(岩波文庫)や、
初代の日本仏教会事務総長を務められた友松圓諦(ともまつ えんたい)師訳
「法句経(ほっくきょう)」(講談社学術文庫)が有名である。

南アジア諸国の仏教徒は現代でも「自国語」で、この生活の指針となるような
人間の真理を端的に述べている「ダンマパダ」の文章を愛唱している訳である
が、当然のことながら、唱える人もそれを聞いた人も、聞いただけでその意味
を理解しているのである。
そもそもそのことに、ゴータマ・ブッダが庶民の日常的に使う話し言葉で
あった古代マガダ語で教えを説き、仏教徒が古代マガダ語で口伝えの伝承をし、
原始仏典がサンスクリット語の俗語であるパーリ語で書かれた意義があった
のである。

釈迦像400

しかし、思想、宗教は発展して行くもので、当初は韻文や簡潔な詩文で纏められた
ブッダの教えも、やがて散文で説明されるようになり、「経」だけではなく、
「律」と「論」の三蔵が成立し、サンスクリット語に訳され、紀元前後には
大乗経典が成立し、やがてシナに伝播し、シナでは創作、編纂を交えた漢訳が
為され、それらの大乗仏典が煌びやかな仏像を伴なって、ブッダの教えとは
似ても似つかぬ宗教が、これぞ仏教なり!として、日本に伝来したのである。
我が国は仏教を、先進国の神「蕃神(となりのくにのかみ)」として受け入れた。
その段階で既に、仏典を読誦すること、仏典を書写すること、仏典の首題を
口にすること、仏典に触れることにさえも「ご利益」があると考えるように
なっていたのである。


日本の仏教徒は仏典の読誦「読経」を、そのパーリ語やサンスクリット語の
仏典を訳経僧達が漢訳つまり「意訳」したものを、そのまま漢音、呉音を
織り交ぜて「音訓み」しているのである。
千数百年の間、我が国の仏教徒が、漢訳された仏典をやまと言葉で読み下して、
読経したことがあるなどとは寡聞にして、私は聞いたことがない。
キリスト教で言えば、英訳の聖書にカタカナのルビを振って、それを読み上げ
ているのと同様である。
キリスト教では既に、カソリックとプロテスタント共訳聖書が出版されている。


身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の機関紙「日蓮宗新聞」2009年12月
10日号に、「現代日本語訳の法華経読誦を考える」というテーマの論説が掲載
されたことがある。
さすがに、全国5200ヶ寺を包括する延山だけのことはあると、その慧眼には
敬意を表するが、その後の動向は耳にしていない。
その論説の中に「…これらを何とか違和感のないようにまとめて、人々が
釈尊の真意に触れ、生きる指針となるよう努力したい…」とあったが、
この『違和感』というのが、なかなかの曲者なのである。

かつて、中村元博士が「スッタニパータ」を岩波文庫で邦訳された時の
エピソードであるが、仏教界から「その訳文に聖典としての壮重さが無い」と
批評されたという。
それに対して、中村博士は「『聖典としての壮重さ』なるものは、漢訳を用いた
シナ・日本に於いて、教団としての権威が確立した後に必要となったもので
あり、インドや南アジア諸国では、それを目指していなかった。ただ、人間の
真理を端的に述べていただけである」と述べられた。

仏教伝来400

要するに、日本語にしてしまったら、勤行の格好が付かない、有り難味が
薄れるということなのだ。

例えば、妙法蓮華経如来寿量品第十六(法華経)
自我得仏来(じがとくぶつらい)所経諸劫数(しょきょうしょこっしゅ)
無量百千万(むりょうひゃくせんまん)憶載阿僧祇(おくさいあそぎ)
常説法教化(じょうせつぽうきょうけ)無数億衆生(むしゅおくしゅじょう)
令入於仏道(りょうにゅうおぶつどう)爾来無量劫(にらいむりょうこう)

などと、訳の解らない音訓みをしていないで、
「私が仏になってからというもの、数えきれないほどの永い永い歳月が
 経っている。
 ずっと遠い昔より仏として法を説いてきた。
 そして無数億の数え切れないほどの沢山の者を教化して
 仏道に入らしめた。 そうして、その時以来、無量劫である」と、
日本人なのであるから、日本語で読誦すれば良いのだ。

小難しい顔をして、押し殺したような渋い低声で
「爾時世尊」(にーじーせーそん)などと唸っていないで、
「その時、世尊は」と素直に唱えれば良いではないか。
「如是我聞」(にょーぜーがーもん)などと音訓みしていないで、
「私はこのように聞いた」と唱えれば良いのである。


どの経典を依所として教義を展開したかに依って、宗派が分かれているが、
それぞれ立宗の根拠とする経典を絶対的なものとして大層、有り難がっている
割には、その仏典を和訳して、日本語で読経しようという運動が起こらないのは
至極、不思議なことである。
現代ならば、シナ仏教に依る加上を排除して、パーリ語仏典やサンスクリット語
仏典から直接、日本語に翻訳出来る環境が整っているにも拘わらずである。
原典を「意」訳したものを「音」訓みして、その読誦には大変な功徳があると
充分に満足しているのであるから、その「音」自体に意味を見出していると
しか考えられないのである。
思考は言語に依るもので、日本の仏教徒の頭脳が常に、サンスクリット語を
意訳した漢字のその音で、物事を考えているなどということは有り得ないのだ。

読経400

これでは、仏教と言い難いのではないのか。 
むしろ、ヒンドゥー教に近いのだ。
ヒンドゥー教のタントラ教義を取り入れて、ヒンドゥー化した仏教である。
世界観を表現した曼荼羅に向かい、口に呪文(真言、マントラ)を唱え、
手に印契(いんけい)を結び、心に大日如来を思い浮かべる密教の三蜜に、
どこの宗派の行法も大なり小なり類似しているのだ。
念仏を唱える浄土宗系にしても、題目を唱える法華宗系にしても、顕教と自任
していながら、自分でも訳の解らないお経を唱え続けて、その功徳広大無辺と
有り難がっているところなど、むしろ呪文に近いものがある。
結局、行法は密教そのものと言えるのだ。


日本の仏教徒の「口唱」に付いては、鎌倉時代に大きな変革があった。
鎌倉時代には、貴族階級御用達仏教から庶民化への広がりの中で、
厳しい修行を求めない「易行(いぎょう)」の中で、唯一の救済方法を選ぶと
いう「選択(せんちゃく)」に依って選択した修行にひたすら専念するという
「専修(せんじゅ)」の傾向性を顕わにしながら、浄土信仰からは、法然の
浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗、天台宗の法華経信仰から日蓮法華宗
などの新興仏教が生じた。


現代では、「念仏」とは、浄土教系の信仰で合掌礼拝時に「南無阿弥陀仏」と
称えることを言うが、初期の仏教では本来、読んで字の如く、「仏を憶念する」
こと、つまり「仏を思う」ことを意味した。
仏弟子達が「南無仏」と唱えたのは、ブッダに対する追憶の念仏であった。
大乗仏教に於いては、多仏思想が生まれ、念ずる対象となる仏の多様化に伴い、
諸仏を礼拝、讃嘆することが行と化して行ったようである。
浄土教系の信仰では、「礼拝」「讃嘆」「作願」「観察」「回向」という方法があり、
「阿弥陀仏を拝み、阿弥陀仏の名号を讃え、阿弥陀仏の浄土の生まれることを
願い、阿弥陀仏の浄土の美しさを観察し、功徳を阿弥陀仏の浄土に生まれる為
の因として、差し向けるという行為」が「阿弥陀仏を思う」ということの内容である。

日本浄土教の基礎を築いた恵心僧都(えしんそうず)、源信はその著作
「往生要集」で、「観想」と「称名」の2つの念仏を立て、「観想念仏」を
重視した。
浄土宗の開祖、法然は「ナムアミダブツ」と唱える「口称念仏」「称名念仏」を
「正定(しょうじょう)の業(ごう)」とし、他を「助業(じょごう)」として、
補助的手段とした。
浄土真宗の開祖、親鸞は、それらの補助的手段である助業をも全否定して、
口称念仏の専修念仏思想を徹底させた。


平安時代中期、比叡山延暦寺の天台宗では、浄土教信仰に於ける称名念仏の
影響を受けたようで、クマーラジーヴァ(鳩摩羅什)が漢訳した法華経の
タイトル(首題、題目)「妙法蓮華経」の五字を仏の名号と見做し、それに
帰依(帰命)するという意味のサンスクリット語「ナム(南無)」を冠して、
「南無妙法蓮華経(ナムミョウホウレンゲキョウ)」と法華経の題目は唱えられていた。
「南無」は、サンスクリット語ナマス(namas)、ナモー(namo)の音写である。

天台宗の法華経信仰から、日蓮は浄土教に於ける専修念仏同様に、法華経の
題目「南無妙法蓮華経」をひたすら唱える「唱題(しょうだい)」を「正行
(しょうぎょう)」として選択し、他の法華経読誦などは補助的手段としての
「助行(じょぎょう)」としたのである。
サンスクリット語「namo- saddharma-pundariika-suutra」
「ナモー・サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」の「namo」を音写して「南無」、
「saddharma-pundariika-suutra」を意訳して「妙法蓮華経」という。

比叡山400

我が国には古来、「言霊の幸はふ国」として、言葉には霊的な力が宿ると信じ
られたコトダマ(言霊)信仰というものがある。
万葉集の柿本人麻呂の歌に、
「敷島の大和の国は 言霊の幸(さき)はふ国ぞ 真幸(まさき)くありこそ」
「日本の国は言霊が幸いをもたらす国です。私のこの言挙げに依って、
 どうぞ、お幸せでご無事でいて下さい」とあるように、
声に出した言葉が、現実の事象に対して影響を及ぼすと信じられ、良い言葉を
発すれば、良い事が起こり、不吉な言葉を発すると、凶事が起こると考えられて
いたのだ。
言葉に宿るカミ(神霊)の不思議な力に依って、モノ(物)やコト(事)に
宿る神霊に働き掛け、その相関関係に於いて、自分を取り巻く周囲の状況や
生起する現象を転換させることが出来ると信じたのである。
古代日本に於いては、「言」と「事」は同一概念であったのだ。
コトダマ思想はアニミズム(自然崇拝・精霊崇拝)的で、太古からある
古神道的な信仰である。

法然、親鸞の「専修念仏」にせよ、日蓮の「唱題」にせよ、その根底に、
コトダマの働きの存在することが、成立する為の絶対条件となる訳であるが、
彼らがコトダマを意識したのか、否かは解らぬが、少なくとも日本人的な側面
を見せたとは言える。
カウボーイハットにウェスタンブーツを履いたアメリカかぶれの男性が、渋谷
の街を闊歩しているかのような違和感を覚えるインド&シナ合作の外来宗教で
ある仏教が、この段階で僅かながらも日本化したと言えるのかも知れない。



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コメント
まさに
おっしゃる通りだと
私も思います。

私は、
お釈迦様(ゴータマシッダッタ様)の教えに
より100%に近い形で
近づきたいと考えております。

極端かもしれませんが、

『マガダ語』でお経を唱えたいです。
(読経しながら、思想の中で『法』を思います)

それが無理なら、

完全に現代語に翻訳したお経を唱え、
読経と同時に
『生きる糧』としたいです。


ところが…
現状は、
マガダ語(原文に近い)でもなければ、
現代日本語(わかりやすい)でもない。


原文読みからは離れ、
しかも
分かりづらい。

聞けば
坊さんの都合(有り難みが薄れるという理由)。


これでは、
お釈迦様の慈愛に満ちた心に
沿わないのではないか。

と思います。
【2012/04/08 12:03】 | ○ #lo6YoY.2 | [edit]












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