スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

皇室に忍び寄る邪悪な軍勢  …日蓮カルト教団の対皇族戦略

 2012-06-19
皇室に忍び寄る邪悪な軍勢  

             …日蓮カルト教団の対皇族戦略



平成24年6月1日付で、風岡典之氏(65歳)が宮内庁長官に就任した。
この人事は、羽毛田信吾長官(70歳)が退任し、国土交通事務次官などを経て、
平成17年4月から宮内庁次長を務めていた風岡氏が長官に昇格したものである。
建設省勤務時代の風岡典之氏は、厚生省勤務時代の羽毛田信吾前宮内庁長官と
共に、ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」の顧客の一人として、女陰を眺めながら、
肉を喰らっていたという、実に品性下劣な人物である。
風俗店では経費として落とせないが、飲食費という名目なら領収書で処理出来る
ということで、ノーパンしゃぶしゃぶを利用したセコい料簡の人物でもある。

国土交通事務次官であった風岡典之氏は、平成17年に当時、国土交通大臣で
あった公明党の北側一雄氏の抜擢人事を受けて、宮内庁次長に就任したもの
である。
風岡典之氏が宮内庁次長に内定した際、北側一雄国土交通大臣と抱き合って、
歓声を上げているという異様な光景が目撃されている。
この旧建設省出身である風岡典之氏の宮内庁次長就任は、旧自治省、旧厚生省、
旧警察庁出身者に限るという慣例を破る特異な抜擢人事であったのである。
「週刊現代」は嘗て、風岡典之氏が創価学会員であると報じたことがあるが、
彼が会員であろうが、なかろうが、彼が創価学会の皇室侵略作戦の一環として、
その意を体して、宮内庁に送り込まれた人物であることには間違いない。
日蓮カルト教団を政権の座に就けると、こういうことが起こるのである。






如何なる目論見があって、日蓮カルト教団が皇室への接近を図るのか?
それは、飛鳥時代に伝来した外来宗教である仏教を朝廷が受け入れたことに
依って、仏教勢力の拡大が為されて来たという歴史的背景がある。
朝廷の仏教庇護は、「仁王護国般若波羅蜜経」や「金光明最勝王経」を根拠と
して、仏教には国家を守護するご利益があると考えた鎮護国家思想に依るもの
であった。
奈良時代の仏教は、僧尼令の得度・授戒制度に依って、完全に国家の統制下に
在り、国家の為の奉仕をその存在の第一義とされていたほどである。
平安時代、日本の天台宗では開祖である最澄没後7日目に朝廷から大乗戒壇
設立の「勅許」を受け、またその半年後に比叡山寺は「延暦寺」の寺号を賜り、
44年後には、伝教大師(でんぎょうだいし)の諡号(しごう)が贈られている。

日蓮の場合、1358年には既に後光厳天皇より「日蓮大菩薩」の諡号を贈られて
いたが、大正時代に於ける日蓮主義の高まりの中で、日蓮系各宗派合同で皇室
に日蓮への大師号降賜の請願を行ない、大正11年(1922年)に大正天皇より
「立正大師」の諡号を下された。
他宗の宗祖に対しては「弘法」(空海)や「伝教」(最澄)と大師号で呼ぶが、
呉れ呉れとせがんで降賜された割には、「立正」の大師号を自宗の日蓮に対して
用いないのは、戦前の日蓮主義者たちの跳梁跋扈振りに後ろめたさがあるのだ。





宗派を問わず、勅使を迎え入れる際に使われる門、「勅使門」を備えた寺院が
あるが、これは仏教勢力が如何に朝廷との関係を物欲しげに意識して来たかを
如実に物語るものである。
日蓮が「三大秘法禀承事(三大秘法抄)」に
「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の
法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、
【勅宣並びに御教書】を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて
戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ」と書き遺していることから、
明治、大正、昭和の日蓮信奉者たちは天皇の勅許を得て、大日本帝国政府に
依る国立戒壇の建立に依って、国家と国民は救済されると説いたのである。
そもそも「国立戒壇論」を提唱したのは田中智学氏の国柱会であったが、
創価学会も政界に進出する唯一の目的は国立戒壇建立であると、政教一致の
実現を公言し、公明党を設立したのである。
昭和44年から昭和45年に掛けて、激しい社会的指弾を受けた「言論出版妨害
事件」を契機に、政教一致論に基づく創価学会と公明党の関係が政教分離原則
の観点から問題視されたことに依り、制度上は創価学会と公明党を分離する
体裁を取ることで世間を誤魔化し、国立戒壇設立を放棄したという経緯がある。

創価学会が如何に皇室に色気を出していたかという実例として、昭和40年前後
に組織内で語られていた浩宮徳仁(なるひと)皇太子殿下に纏わる話がある。
後北条氏(小田原北条氏)の末裔であるとする、後に創価学会第4代会長
(昭和54年~ 56年)となった北条浩氏(昭和40年~46年参議院議員)が、
当時まだ幼かった初対面の浩宮様から「お久し振りです」とお声を掛けられた
という。
北条浩氏はこのことを不思議に思い、会長であった池田大作氏に報告した
ところ、「浩宮様(昭和35年生)は第2代会長戸田城聖氏(昭和33年没)の
生まれ変わりである」と明かされたというインチキ臭いものである。
この「浩宮様戸田城聖氏生まれ変わり説」が組織内に口コミで流されたことは、
100%事実である。
それにしても、戸田城聖氏が現世に転生して来ているというのでは、彼は輪廻
の苦から解脱出来る境地には達しておらず、成仏していなかったことになる。
そもそも、池田大作氏には、崇拝者が大仰に語るような三世を見通す霊能力
など微塵も有ろうはずはない。
無機質な日蓮信仰では、高級神霊との交感は有り得ないからである。


久遠寺400


歴史的に皇族への日蓮系仏教の浸透はどうであったかと言えば、大正天皇の
ご生母、生前は二位の局(にいのつぼね)と称された柳原愛子(やなぎわら
なるこ)様は、身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗に帰依されていた。
大正天皇の正妃、昭和天皇のご生母である貞明皇后、昭和天皇の弟宮、秩父宮
雍仁(やすひと)親王と勢津子妃(旧会津藩主、松平容保公の孫)の皇族
お三方は、大日蓮華山富士大石寺を総本山とする日蓮正宗に縁されていた。
創価学会は平成3年(1991年)に日蓮正宗から破門されるまでは、日蓮正宗
法華講の一講中(信徒団体)であったが、この皇族お三方は創価学会とは無縁
であった。
入信の経緯は、北条子爵家(鎌倉北条氏)の北条つね子さんが、学友であった
松平信子さん(秩父宮勢津子妃の生母)に日蓮正宗の信仰を勧め、その縁で、
勢津子妃、秩父宮も戦時中に入信されたという。
更に、貞明皇后へは松平信子さんを介して、大石寺法主鈴木日恭上人から
「常住御本尊」と称する文字マンダラが授与され、皇后ご逝去後には、
大石寺の末寺である池袋の常在寺に返納されているという。
但し、貞明皇后の場合、10年に亘る大正天皇の介護生活の中、そして晩年に
至るまでの間、神懸り的と評されるほどに拝殿で熱心に敬神の祈りを捧げる
信仰の日々を過ごされたということからして、本当に神道式の信仰形態から
大きく転換されて、日蓮の仏法なるものに帰依されたのかは定かでない。
実は「常住御本尊」と共に「御守御本尊」と称する文字マンダラも授与されて
いて、現在でも皇室に於いて、護持されているのではないかと言われている。
因みに、日蓮正宗や創価学会ではその昔、大正天皇ご早逝は、ご生母の柳原
二位の局が邪宗教である身延の日蓮宗を信仰したことに依る仏罰であると公言
していたものである。


三色旗400


では現在、創価学会が巡らす奸計の進捗状況は如何なるものか。
平成5年(1993年)、皇太子徳仁(なるひと)親王殿下と皇太子妃雅子様の
ご成婚パレードの沿道で、日章旗に混じって、創価学会の旗である赤黄青の
三色旗が振られていた光景は、実に奇異なものであった。
皇室の慶賀に際し、彼らは何を思って、自教団の会旗を振っていたものか。
皇太子殿下が戸田城聖氏の生まれ変わりであると信じてのことなのか。
それとも、雅子妃殿下のご実家である小和田家が皇室と姻戚関係を結ぶことを、
彼らの意に沿うものとして、喜んでのことであったのか。
ご成婚時に、小和田家は創価学会員であるとの噂話を耳にしたことがある。

平成20年(2008年)6月、ブラジルのパラナ州で、日本人移住100周年を
慶祝する記念式典が開催された。
その式典で、皇太子殿下はブラジル創価学会の会員たち約500人の演奏や
演技を鑑賞され、壇上で副大統領や州知事と共に池田大作氏の長男である
池田博正氏とが同列に並ぶという場面が作り出され、皇太子殿下はまんまと
創価学会の広告塔として利用されてしまった。
池田博正氏は池田大作氏が会長である創価学会インターナショナル(SGI)の
副会長、No.2であり、創価学会の副理事長という地位に在る。
この件に関しては、「週刊朝日」が「皇太子さまと同席した創価学会の御曹司」
と題して、記事を掲載している。
創価学会広報室では、池田博正氏の出席に付いて、「池田SGI会長が式典委員会
から招聘を受けたもので、名代として池田博正氏が出席した」と説明したが、
ニシモリ執行委員長は、ブラジル創価学会から「池田会長を招待したい」との
申し出を受け、来賓として招待したもので、ブラジルの日系人社会が積極的に
招待した訳ではないと語っている。

私が、皇太子殿下の「日本人移住100周年祭」へのご出席を問題視するのは、
皇太子ブラジル訪問閣議了解日程には、この式典への出席予定が無かったと
いうことである。
日本国憲法下に於いて、閣議了解無き皇太子殿下の行動で、特定の教団を
利することは本来、許されるものではない。
戦前の関東軍の如く、出先で閣議了解無き工作活動に暗躍する創価学会の会員、
若しくはシンパの宮内庁職員、外務省職員が存在するということなのである。
閣議了解の正式訪問日程では、別の行事で「歓迎昼食会」が組まれていたが、
皇太子殿下は中座されてまで、「日本人移住100周年祭」に出席されたところ
からすると、この予定外の行動は皇太子殿下ご自身のご意思に依るもので
あった可能性も排除し切れない。
皇太子殿下は皇孫時代の昭和58年(1983年)から昭和60年(1985年)に
掛けて、オックスフォード大学マートン・カレッジに留学されているが、
その滞在中にイギリス創価学会と接触されていたという未確認情報もあるのだ。
創価学会員の中には布教の際に、皇太子殿下ご夫妻までが内得信仰を為さって
おられると断言する者まで居ると漏れ伝わって来ている。
内得信仰とは寺院に於いて、授戒のみを受け、曼荼羅本尊未下附の者の信仰
形態である。


皇太子ブラジル400


東京八王子には、創価学会が設立した東京富士美術館がある。
1989年、常陸宮殿下御夫妻がタイ王国、チュラポーン王女と共に「プーミポン
国王撮影写真展」の開会式に出席されている。
1990年には三笠宮殿下御夫妻がコロンビア共和国、バルゴ大統領夫人と共に、
「コロンビア黄金展」の開会式に出席されている。
他国の王族などに対する儀礼上、皇族が創価学会関連の施設や式典に出向か
ざるを得ないような仕掛けを作り、結果として皇族を広告塔としてしまうと
いう悪知恵に長けている教団の仕業である。

雅子妃殿下と創価学会の関わりに付いては、病気療養中の平成17年(2005年)、
元同僚である創価学会員の外務省職員3人と、六本木全日空ホテルで夜遅く迄、
会食、会談されていたという内容の記事が「週刊文春」に掲載された。
因みに、その翌日、雅子妃殿下は皇室行事であった「ザンビア国大統領夫妻と
の午餐会」を欠席されている。
外務省内の創価学会員の結社を大鳳会と称すると言われている。
私は少年時代に、そういう立場の外務省職員(彼は後に国会議員に転身)から
直接、話を聞いているので、外務省に入省した創価学会員が、教団の意向実現
の目的意識を持って、秘密裏に行動していることは確かなことである。

小和田恒400

雅子妃殿下のご実家、小和田家と創価学会との密接な友好関係に付いては巷間、
様々に取り沙汰されていることは周知の事実である。
雅子妃殿下の父君、小和田恒氏は外務官僚時代、池田大作氏の外遊に際し、
特別の便宜を図ったことが、平成7年(1995年)の参議院、「宗教法人等に
関する特別委員会」で追及されたことがあったほどである。
昭和62年(1988年)、当時の創価学会事務総長原田稔氏(現会長)から、
当時の外務省官房長小和田恒氏宛てに、池田大作氏、夫人、長男の博正氏や
幹部連中の総勢8人が2週間以上に亘り、香港、タイ、マレーシア、シンガ
ポールを旅行するので宜しく頼むとの便宜供与の依頼があり、それに対する
外務省の対応が如何なるものであったのかを質問されたのに対し、政府委員は
便宜供与の記録文書が保存されていないので、確認出来ないとの返答であった。


宮中祭祀


「宮中祭祀」に付いて、宮内庁のホームページには、「天皇皇后両陛下は、
宮中の祭祀を大切に受け継がれ、常に国民の幸せを祈っておられ、年間約20件
近くの祭儀が行われています。皇太子同妃両殿下をはじめ皇族方も宮中祭祀を
大切になさっています」とあるが、皇室関係の報道から、雅子妃殿下が宮中
祭祀への参加を生理的拒否、あるいは宗教上の理由から拒絶されていることは
国民一般の知るところである。
雅子妃殿下のご様子を理由に、宮中祭祀の簡素化、更には廃止までを提唱する
議論が一部から湧き上がり始めている。

宮中祭祀とは、天皇家が宮中で行なう祭祀のことで、皇祖天照大御神が祀ら
れる「賢所」、歴代天皇・皇族が祀られる「皇霊殿」、国中の神々が祀られる
「神殿」の宮中三殿で行なわれる祭儀をいう。
この皇室の存在理由である宮中祭祀の廃止は、天皇制崩壊へと繋がることになる。
宮中祭祀は天皇家の私的行事であり、国家行事ではないが、本質的に天皇は
先祖を祀る祭祀の主宰者としての性格を持ち、先祖を「祭る」こと、五穀豊穣
を「祈る」ことにこそ、天皇の存在意義がある。
美智子皇后陛下は1995年、日本の神々に祈りを捧げる天皇に付いて、
「国民の叡智が良き判断を下し、国民の意思がよきことを志向するよう、
(天皇陛下が)祈り続けていらっしゃることが、皇室存在の意義、役割を
示しているのではないかと考えます」と述べられている。
現象として、雅子妃殿下の在り様が、「宮中祭祀の廃止」「祭祀を為さらない
天皇」へという実質的な天皇制崩壊を目論む国賊的な勢力に大いに加担されて
いらっしゃることは、国体護持の観点からして、深刻な問題である。


天皇陛下お田植え400


現在、幾人の創価学会員がどのようなポジションで東宮職に送り込まれている
かは不明であるが、皇太子殿下への皇位継承があった場合、現在ご一家に近侍
している東宮職はそのまま、即位された天皇皇后両陛下に随伴して、侍従職に
移ることになる。
宮内庁と侍従職で邪教勢力が暗躍するとなれば、国体破壊の一大危機である。



スポンサーサイト
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/tb.php/259-fd3b5656
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。