数霊14の不遜な魂 …庭山由紀元桐生市議の名相

数霊14の不遜な魂 

           …庭山由紀元桐生市議の名相



2012年5月25日、桐生市議会議員であった庭山由紀氏(43歳)が、
日本赤十字社の献血活動に付いて、twitterで「献血の車が止まっているけど、
放射能汚染地域に住む人の血って、ほしいですか?」と呟いたことに端を発し、
桐生市議会は6月20日、庭山氏の除名を求める懲罰動議を可決し、庭山氏は
地方自治法の規定に依り、議員失職した。
この「放射能汚染地域に住む血って、ほしいですか?」との呟きには700件を
超える抗議の声が同市議会に殺到したというほどに世論の反発を惹起した。

本会議での庭山氏の弁明は、「謝罪します。議会と市役所が、自分達のお金や
立場よりも正義や市民の安全を目指すところのはずだと買い被っていました。
済みませんでした」と痛烈に皮肉を込めた発言であったという。
庭山氏は失職が決まった本会議終了後、コメントを求める報道陣に対して、
その問いに応ずることなく、如何なる存念か、逆に持参したビデオカメラを
報道陣に向けて撮影するという奇妙な行動を取ったものだ。


庭山氏撮影献血車400


庭山氏はtwitterのプロフィールを現在は、
「『徹底した情報公開』が桐生市議会議員の皆様の逆鱗に触れ問責や出席停止の
懲罰を授与される。2012年の選挙では敵も味方も唖然とした5位当選。
そして市民と子どもたちを放射能から守るため、議会内外でできる限りのことを
体を張ってやってみた。そしてついにMVP(除名)。不正義は許さない。
子どもたちのためにがんばる。それだけだよ」と記述を更新しているが、
議員在職中は、「群馬県桐生市で市議会議員、2期目。
デタラメ地方議会を代表すると言っても過言ではない桐生市議会の中で、
内部告発ブログやチラシをばらまき、孤軍奮闘中。先の1期4年の間に“問責”
ふたつと“懲罰(決議のおまけ付き)”を議会の皆様からいただき、三冠王達成!
(*゚∀^)vィェィッ 」と記していた。
議会の各会派のドアに「デタラメ議会撲滅宣言」と貼り紙したり、一般質問で
「八百長議会」と発言したり、文言の訂正を求める要請文を破り捨てたり、
全議員に皮肉を込めた「感謝状」を提出しては5日間の出席停止の処分を受け
たりと、反骨精神旺盛な暴れん坊振りを発揮していた。

twitterでの呟きで吐く言葉選びにしても、
「馬鹿な連中が徒党を組んでくだらないことをやるチホー議会に絶望」
「こんなバカばかり議会に送った市民の責任です」
「くずにつべこべいわれたくないわ」
「内容がくっだらないから受け取り拒否しましたけど。なにか?」
(「自身はあちこちに質問状を出しているのに、いざ自分宛てに抗議文を
 出されると受取拒否というのが理解不能です」に応じて)
「クソ教育委員会の情報隠蔽やら安全デマやら仕事やってないのにやったと
 ウソついたことやらなにやら、顔写真付きでばらまいていやりたい。
 まー、折り込みがダメなら、赤いビラにして配るまでだ」
「桐生市 震災がれき監視委設置とか、生意気な名称はおやめ。
 "うんこたれとその仲間たち"とかわかりやくしてね」
「8000ベクレル以上の放射性廃棄物を『各市町村で処分してもらいましょう』 
 などと横光環境副大臣にキチガイ提案するような群馬県大澤恥事はまとも
 なのか?」
「ばーか」「キチガイ」「愚民が多い」「瓦礫バブル」「ばか市長」等々、
稚気が抜け切れていないのか、可愛いっちゃあ、可愛くもあるのだが、
嫌味ったらしい言い回しで、悪態の吐き放題といった風情であった。


桐生市議会本会議400
          本会議で最後の弁明を行う庭山由紀氏


こんな風にtwitterで暴言連発の庭山由紀氏に対して、反感を抱いた人々は
さぞや多かろうが、桐生市議会が庭山氏の除名を求める懲罰動議を可決し、
議員失職したその日、6月20日付でブログ「由紀日記」に投稿された
「感謝と決意」と題した一文を読まれた人、特に批判的な見方をしていた人は、
庭山氏がそこでは至って正論を展開されていることに意外な感を抱かれたの
ではなかろうか。


『感謝と決意1~3』
「思い起こせばおよそ5年前。桐生市の財政状況の悪さを危惧しているところ
に、強引に押し勧められる学校の統廃合に疑義と怒りを感じ、地盤、看板、
カバンを持たない私が突然の出馬表明。このときもたくさんの方に助けて
いただき、応援していただき、当選させていただきました。
……………
放射能の問題は、桐生市議会の化けの皮をはがしました。
原発事故が起こったこと、放射能が大量に飛散した事実を必死に情報隠蔽する
日本政府とそれに追随する地方自治体。
桐生市も、学校だけでも空間線量を測ってくれと言うパパやママの願いを
邪険に扱い、5月中旬にやっと測定しても高い値なので情報を隠蔽しました
(当時のデータは今でも公表せず)。
東郷直子教育委員は「福島で売れなくなった野菜を給食で使ったらどうか」と
提案しました。
給食食材はベクレル検査をしていると言い、毎回「不検出」。が、しかし実は、
検出されたデータは公表していなかっただけでした(群馬県県産の白菜から
セシウム検出。そのデータも未だHPで公開せず)。
そして、地元の野菜からセシウムが検出されたことを隠したのは、「産地への
風評を懸念して」ということでした。
桐生市教育委員会は、子どものいのちと健康よりも産地の風評を懸念する組織
であることがわかりました。
……………
桐生市は放射能に高濃度に汚染されているので、桐生市から出るゴミや汚泥を
焼却すれば、高濃度の放射性物質が検出されています。
これを野ざらしに放置し、一部をお花見ブルーシートでくるんで“管理して
いる”と言いました。
もちろん、周辺住民には報告などしていません。
自分のところの、放射性物質を高濃度に含んだゴミや汚泥をキチンと処理・
処分できていないくせに、東北被災地の瓦礫処理を請け負うと言っています。

このような状況下で、桐生市も、桐生市議会の殆どの議員は「桐生は放射能に
汚染されていない」「市民に安心してもらうために、風評を払拭しよう」と口を
揃え、安全確保ではなく、市民を安心させるためのさまざまな施策を行って
います。
本当に、恐ろしい自治体だと思います。除名が決定した今、市民のみなさま、
特に未来を担う子どもたちのいのちと健康が心配でなりません。
……………
さて、今回の騒動は私が日本赤十字社が行っている献血についてのツイートが
発端となりました。
昨年、東京電力による福島第一原発事故がおこりました。これによって、
福島県の次に放射能汚染されたのは群馬県です。
桐生市は放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染廃棄物対策地域、除染特別
地域及び汚染状況重点調査地域の指定を受けました。
また、桐生市が発表しているデータからも桐生市の汚染は山間部だけはない
ことがわかります。
桐生の大地は放射能で汚染されました。
大地が汚染されたのですから食物連鎖で放射性物質は移行し、私たちの健康に
影響を与える事は明らかです。
母乳からセシウムが出たことをお忘れですか?尿検査でセシウムがでたことを
お忘れですか?
人間の体からこのようなものが出てきたと言うことは、そういうものが私たち
の体の中にあると言うことです。
事故後、この子だけは被曝させまいと必死に1年間幼子を守り、それでも心配
で甲状腺の検査をしたママたちがいます。
ママが必死になって守って1年。 
それでも心配で甲状腺の検査をしたら、正常ではない値がでたのです。
このような中で、無防備に事故以前と同じ生活をしたり、絆の名のもと食べて
応援などしている人の体内には、どれだけの放射性物質が取り込まれている
のでしょうか。
汚染の事実を隠してはいけない。積極的に調べて明らかにする責任を避けては
いけません。

私と桐生市議会議員の皆様と根本的な違いは、放射能がいかにキケンであるか
という認識の違いです。
放射能が与える健康被害について、専門家の意見が両極端に分かれています。
私たちが愛してやまない子どもたちの命と健康は、誰も責任のとりようが
ありません。
そうであるならば、命と健康の問題については保守的になるべきです。
放射能はどんなに少量でも健康に影響があるという考え方に立って、
私たちが愛してやまない子ども達を放射能から守ることをすべきです。
……………
このような不正義と戦い続けることが役目と信じています。
私は、私たちが愛してやまない子ども達のために自らを捧げ、戦い続けます」


6月10日付のブログ「由紀日記」での「涙ぐましい無駄な努力の数々」と
題した記事でも、庭山氏の議員辞職を求める要望書・要請書のスキャン画像を
添付して、「こんななんの効力もない要望書や要請文を書かせたり、書いている
ヒマがあるなら、リコール運動すればいいじゃない。
結局お任せ民主主義のままで、なんでも他人任せか?
どこまで覚悟のない人たちなんでしょうね。あ〜情けない」と書いている。

確かに、全く以って憎たらしい表現の物言いなのであるが、庭山氏の議員と
いう身分を剥奪するからには、民主主義的な手続きを経て、慎重に行われる
べきであって、庭山氏の「リコール運動すればいいじゃない」の言葉通り、
本来、リコール(解職請求)の制度に則って、住民の審判の任せるべきで
あったのだ。





このように、庭山氏が幾ら正論を展開しようにも如何せん、その嫌味な物言い
が妙に鼻に付いてしまって、生理的に嫌悪感を覚えてしまうのだ。
この嫌らしさは、運数14の発現特有のものなのである。

「庭山由紀」氏の名相で、主に生来の気質や性格的なものを暗示する箇所には、
運数14が表われている。
運数14の暗示には本人にとっては、何事にも破れてしまいがちな破兆の暗示や、
暗闇を一人で歩むかのような孤独に陥りがちな孤立の暗示などがあるのだが、
周囲の人々が感じるその発動は、メリケンサックでも装着して、打ん殴って
遣りたくなるほどに、如何にも憎たらしい生意気な雰囲気を醸し出し、開き
直ったその不遜な言動や行動は手が付けられないほどの状態となる。

性格的には、いわゆる他人には厳しいが、自分には甘いという典型的な我が侭
タイプで、その為に周囲の人々と対立しがちで、敵を作り易いことになる。
何事も自分本位で、何があっても他人の所為と責任を押し付ける傾向があって、
悪いのは全て他人、私は決して悪くないと自省することは先ずない。
その言動の特徴としては、言葉を惜しむかのように、表現するにしても、
説明が足りなかったり、逆に余計な嫌味ったらしい言葉を付け足してしまい、
一言多い状態になったり、押付けがましい物言いをするので、どうしても
周囲の理解を得られ難かったり、敬遠されがちとなってしまう傾向性がある。

感情の起伏が激しく、急進的で反抗心が極めて強いことも大きな特徴である。
どちらかと言えば、内に篭もりがちな陰気なタイプでストレスを溜め易く、
鬱屈した不平不満を溜めに溜めてしまい、それを上手に処理出来ず、何かの
縁に触れては一気に暴発させてしまう危険性を常に孕んでいる。
せっかちで、イライラしていることが多く、気苦労の多い複雑な性質でとても
気難しいので、さぞや付き合い難いところのある偏屈な人であろうと思われる。
要するに、他人に対する愛念や感謝の念が足りないということなのだ。

庭山由紀氏の名相には他に、8や17、18と、強固な意志を暗示する運数が多く
表われているので、14のマイナス面は更に強調された形で発現することになる。
主に対人関係の有り様を暗示する箇所には、特殊数である運数19が表われて
いるので、市政という特殊な世界で能力を発揮するには適性があると言える。

主に全体運を暗示する箇所には、私が非難運と呼ぶ運数27が表われている。
運数27には、自我の強さが災いを招く暗示があり、頑固で強情で自己中心的
過ぎる余りに一歩引くという妥協を知らず、他人と協調することが難しいこと
から、協力者を得られなくなり、たとえ成功を収めたとしても、周囲で陰口を
叩かれたり、批難中傷を浴びせられ、見放されて、孤立することになりがちな
傾向性が表われている。
この27の非難運は、自分が非難される暗示であると同時に、自分が外部に
向けて非難し捲くる暗示でもある。
我が強く、気も強く、引くことを知らない、淑やかさに欠けるブーイング娘と
いうことである。





庭山氏の旧姓は「根岸」姓であるそうな。
「根岸由紀」の名相にも、運数14、19はそのまま表われている。
尤も、運勢診断に於いては、旧姓での名相と結婚後の名相は総合判断をすれば、
イコールということになる。
何故ならば、そもそも「根岸由紀」氏は、「根岸由紀」という名相に表われて
いる運勢を歩まれるようになっていた訳であるから、その「根岸由紀」という
名相に表われている運勢を歩ませる人として、「庭山」氏と出会い、結婚をされ、
「庭山由紀」氏となられている。
そうであるから、個々に表われる運数は変わるにしても、総合判断をすれば、
「根岸由紀」氏の運勢=「庭山由紀」氏の運勢ということになる。

「庭山由紀」氏とご主人は、中学校時代の教え子と教師という関係であったと
いう。
興味深いことに、お二人の名相には運数の表われている箇所は異なるものの、
「根岸由紀」氏
天運18、人運13、地運14、外運19、総運32
「庭山○○」氏
天運13、人運14、地運19、外運18、総運32
と、重要な五格にはお互いに共通の運数を持っている。
この共通数を持つということは、お互いに理解し合える面を持つということで、
共通数が多い程、相性が良い、ご縁が有る、俗に馬が合うことを意味している。
お二人は余程、運命的にご縁が深いのだろう。

旧姓の「根岸由紀」氏の名相では、総運に運数32が表われている。
この運数32は、周囲の人々からの協力や援助を得て、自分でも想像だにして
いなかったほどの幸運に恵まれるという僥倖運で、姓名学では最もラッキー度
の高い運数の一つに挙げられるが、裏を返せば、周囲の人々のサポート無し
には活かし切れない吉祥運なので、謙虚に自惚れを抑え、感謝の念を忘れず、
周囲の人々から愛されることが、天賦の幸運を生かす為の必要条件なのである。

それにしても、庭山由紀氏の放言には微かに狂気めいたものを感じる。
庭山氏の名相には、運数そのものとその配列からの暗示に幾重にも、脳疾患や
精神を病み易い傾向性が読み取れることからしてみると、常軌を逸した暴言も
単なる毒舌の範囲を超えているということなのかも知れない。
姓名学に於ける流年からすると、自助努力で吉象意を更に発動させ、凶象意は
抑制するようにしない限り、凶運が大いに発現する時期に至ってしまっている
ので、ご本人の幸せの為には革命的な自己変革が求められるのだ。



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