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韓国大統領の天皇陛下への謝罪要求 …「極東国際軍事裁判」史観の奇妙な歴史認識

 2012-08-15
李明博韓国大統領の天皇陛下への謝罪要求 

…「極東国際軍事裁判」史観の奇妙な歴史認識



韓国の李明博大統領が14日、韓国教員大学での教育関係者との会合に於いて、
天皇陛下の訪韓に言及し、
「(天皇が)訪韓を希望しているが、韓国を訪問したいのなら、独立運動で
亡くなった方々に真の謝罪をするのであれば、来なさいと(日本側に)伝えた」 
「『痛惜の念』という言葉を言いに来るのであれば、(天皇は)来る必要はない」
「日本は…加害者(日本)と被害者(韓国)の立場をよく理解出来ていない
ので、諭そうとしている」などと発言したことを、韓国メディアが報じた。

李明博大統領は、「天皇が訪韓を希望している」との認識を前提に話を進めたが、
2008年4月、訪日の際に、「天皇陛下が韓国を訪問する時期が来た」との認識
を示し、天皇陛下との会見の席上、「韓日両国は歴史の真実を忘れないが、実用
の姿勢で、未来志向的且つ成熟した同伴者関係を作って行くことを希望する」
と述べ、天皇陛下の訪韓を招請したのは、そもそも韓国サイドなのである。

李明博大統領が用いた「痛惜の念」という言葉は、1990年5月、当時の盧泰愚
韓国大統領が訪日した際の宮中晩餐会に於ける歓迎の勅語の中で、天皇陛下が
日韓の過去に関し、「我が国に依って齎されたこの不幸な時期に、貴国の人々が
味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」と述べられたことを
依処としている。


謝罪要求450


大東亜戦争敗戦後、日本政府は極東国際軍事裁判(東京裁判)が認定した
自虐的な「日本の対外行動=侵略」との歴史観に基づいて、戦争犯罪謝罪発言
を繰り返して来た経緯がある。

近年では、平成22年(2010年)8月11日、菅首相は、日韓併合100年に
当たっての談話を閣議決定の上、発表した。
1995年8月15日に発表された村山談話を踏襲した謝罪談話である。

「日韓併合条約が締結され、以後36年に及ぶ【植民地支配】が始まりました。
……政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた
植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました」

「私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。
歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、
自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。
……この植民地支配が齎した多大の損害と苦痛に対し、
ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明致します」




村山談話
「……わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで、
国民を存亡の危機に陥れ、【植民地支配と侵略】によって、多くの国々
とりわけ、アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。
私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の
事実を謙虚に受け止め、ここに改めて痛切な反省の意を表し、心からの
お詫びの気持ちを表明致します。……」





「歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さ」と言うのであれば、
大韓帝国で1904年~1910まで活発に活動した最大の政治結社「一進会」が
1909年、韓国政府に提出した「韓日合邦建議書(韓日合邦を要求する声明書)」
のことは、どう評価するのか。
それこそ【歴史の事実を直視する勇気】とやらを発揮して貰いたいものだ。




李容九会長は会員100万人の声として、
『日本は日清戦争で莫大な費用と多数の人命を費やし、
韓国を独立させてくれた。 
また、日露戦争では日本の損害は甲午の20倍を出しながらも、
韓国がロシアの口に飲み込まれる肉になるのを助け、東洋全体の
平和を維持した。
韓国はこれに感謝もせず、あちこちの国に縋り、外交権を奪われ、
保護条約に至ったのは、我々が招いたのである。
第三次日韓条約(丁未条約)、ハーグ密使事件も我々が招いたのである。
今後、どのような危険が訪れるかも分からないが、これも我々が招いた
ことである。
我が国の皇帝陛下と日本天皇陛下に懇願し、我々も一等国民の待遇を
享受して、政府と社会を発展させようではないか』と
大韓帝国政府に対し、大日本帝国との合邦を求めたのは、厳然たる歴史的事実
ではないか。

また、この「韓日合邦建議書」の要請を受けた、当時の大韓帝国政府総理大臣
李完用が皇帝純宗から全権大使に任命され、「韓国併合ニ関スル条約」
(日韓併合条約)を調印したことは、我が国の脅迫であったというのか。





そもそも「植民地政策」と言うが、「植民者」大日本帝国は、「被植民者」で
あったという大韓帝国の富を収奪したのだろうか。
資源やら、労働力、市場を軍事力で支配したと言うのだろうか。
一体、朝鮮半島の何処に、そんな富が存在したと言うのか。
巨額の債務を抱え、インフラ整備も行われず、未開社会であった大韓帝国から、
我が国は一体、何を収奪したというのだろうか。

併合後は台湾人同様、大日本帝国臣民として遇されたのではないか。
白人国家の経営した植民地で、そのような対等な扱いを受けた被植民者など、
一体、何処に存在したというのか。





むしろ、インフラ整備に莫大な我が国の国家予算を注ぎ込み、
帝国大学を設立するなど国民教育に尽力して、文化レベル向上に貢献し、
社会を豊かに安定させたのではないのか。
そうでありながら、一体、何処が植民地であったと言うのか。

そもそも、朝鮮にロシアの侵略を撥ね付けるだけの国力があったならば、
我が国がわざわざ防衛戦の為に、大陸になど出掛けて行く必要もなかった
のである。





平成22年(2010年)8月11日の謝罪談話で、菅首相は
「……日韓両国は……将来の東アジア共同体の構築をも念頭に置いた
……幅広く地域と世界の平和と繁栄のために協力してリーダーシップを
発揮するパートナーの関係です。私は、この大きな歴史の節目に
日韓両国の絆がより深く、より固いものと……」と述べているが
東アジア共同体などと、アジアの一員であるという馬鹿げた意識は
捨てた方が良い。

私は脱亜論者である。 中国嫌い、朝鮮嫌いである。
中国と北朝鮮の長距離弾道弾は、我が国に照準を合わせ、待機していることを
忘れるべきではない。
刃を就き付けられながら、和気藹々と一緒に飲める酒などありはしないのだ。
東アジア共同体など、真っ平ご免である。
我が国はアジアに背を向けて、環太平洋共栄圏を志向するべきなのである。

アジア諸国のことは今後、中国に蹂躙されるがままに任せて置けば良い。
我が国が大東亜戦争で白人国家と戦わなかったならば、未だに白人国家の
植民地のままであったに違いないアジア諸国であるのだから、我が国の
偉大なる先人達のような独立自尊の気概など発揮出来ず、中国の軍事的、
経済的圧力に抗する術もないだろう。
アジア諸国とは、嫌でも民間が勝手に経済活動で交流するものだ。
台湾以外のアジア諸国とは、一線を画して、放って置けば良いのだ。





我が国が、もし鉱物資源に恵まれた国土を有していたならば、
明治国家建設以後も、孤高を保ち続ける選択肢もあったろうに。
ロシアの南下政策に依って、モンゴルも満州も朝鮮もがロシア領となっても、
我が軍は一兵たりとも大陸に派兵することなく、山の如くに不動のままで
居たかった。
強大な軍事力、強靭な経済力、高度な文化を背景に、決して白人国家などの
風下に立つことなく、独自の文化圏、太平洋経済圏を確立して、アジアで唯一
超然と孤高を保って居たかった。





そうであったならば、アジアには一国たりとも、白人国家の植民地支配から
独立を勝ち得た国家など有り得なかったのだ。
未だに、白人国家の奴隷で在り続けて居たことは間違いない。
独立の為に血を流し続けて戦ったのは、現実にベトナム人くらいなもの
ではないか。
今では、自分たちが戦って、白人国家からの独立を勝ち取ったかのような
一人前の面をして、生意気にも日本人だけの問題である靖国神社に関して
まで、要らぬ口を出している始末であるが。





そもそも、我が国がアジア諸国を『侵略した』と言うが、では、戦後10年を
経た1955年にインドネシアのバンドンで開催されたアジア・アフリカ地域機構
のバンドン会議での我が国への評価は一体、どう理解すると言うのだ。

「日本が戦ってくれなかったら、今も欧米の植民地のままだった」と歓迎され
はしても、「侵略国家であった」との批判を受けたとはどこにも記録が無い。 
唯一、我が国が戦ったアジアの相手国、中国の周恩来が出席していたにも
拘わらずだ。
昭和18年(1943年)、東京で開催された大東亜会議に於いて、採択された
「大東亜共同宣言」も燦然と歴史に輝くとまで、参加者から評価されたとの
記録まであるではないか。





それが今では、我が国は極悪非道な侵略者、虐殺者扱いなのである。
南京大虐殺とやらの被害者数もどんどん増えて、今では40万人、当時の城内の
人口を遥かに上回っている。
朝鮮半島から強制連行されたという20万人もの従軍慰安婦も全て、虐殺された
という凄い話に膨らんで来ている。

植民地時代のヨーロッパ風の建造物やら、街並みやらを恥とも思うことなく、
後生大事に保ち続けているような、そんな自尊心の薄いアジア諸国民などは、
白人国家の奴隷のままで居続けた方がお似合いであったのだ。
そうであったとしても、植民地支配からの独立運動指導者たちが密かに、
我が国に資金援助、軍事援助を求めて来たことだろう。
中国や朝鮮は、我が国に三国同盟を持ち掛けて来たことだろう。
それでも我が国は山の如くに、動かないのだ。
そうすると勝手なもので、アジア諸国民は、
「日本は冷たい。自国だけが繁栄していれば良いというのか。
アジアの一員でありながら、アジア諸国を開放する為に
白人国家と戦ってくれない」などとほざいていたことであろうに。

我が国はその国民性からして、中国やら朝鮮やらとは相性が悪いのだ。
我が国は歴史的に、おそらくユダヤ人の血もペルシャ人、ポリネシア人……
の血も、様々な民族の血が融合している、特殊な国柄なのである。
我が国は何も、アジア人に仲良くして貰う必要はない。
超然と孤高を保っていれば良い。
ただ、アングロサクソンと喧嘩をしなければ良いだけのことである。



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