「シナ」は差別語ではない …「中国」は日本人にとっての被差別語

「シナ」は差別語ではない 

…「中国」は日本人にとっての被差別語



2012年9月21日、石原慎太郎東京都知事定例記者会見の席上、
フリーの記者が、「知事はしきりに支那、支那と言われますが、
相手国が嫌がることを言うべきではないと…。 挑発と取られても、
仕方が無いのでは…」と批判的に食って掛かっていた映像を観たが、
彼は「支那」「中国」という呼称の意味を、その歴史的経緯をも含め、
それらを承知の上で、敢えて語っているのであろうかと甚だ疑問に
思った次第である。

「日本」、「支那」と呼び合うのであれば、「私」と「あなた」という
対等の関係性を意味するが、「日本」と「中国」と呼び合う場合には、
「私」と「ご主人様」と呼び合う主従の関係性を意味することになる。
日本人が意識しようが、しまいが、日本人がかの国を「中国」と呼ぶ
ことは、同時に、「私たち日本人は野卑な東夷です」と自ら卑下している
ことを意味するのである。

朝鮮系日本人の孫正義氏が創業したソフトバンクのCMで、白戸家の家族
構成は「父親が犬」「長男は黒人」という家族構成になっているが、この設定
は孫氏の日本人への侮蔑の念を具現化したものであろうとの憶測がある。
朝鮮語では、ケッセキ(犬の子)というのは蔑称であると聞く。
日本人が気の付かないところで、日本人が大いに侮辱されていることになる。
日本人がかの国を「中国」と呼ばされることの背後には、ソフトバンクのCM
の「日本人は犬の子」という暗示と同様の意味合いが隠されているのである。
「シナ」と呼ばぬならば、「中国」ではなく、「チャイナ」と世界標準で呼ぶ
方が良い。


中華思想


「支那」という呼称の由来は諸説ある。
大陸中原を初めて政治的に統一した王朝「秦(シン)」
(サンスクリット語で「Thin」「Chin」、ラテン語「Sinae」)に
由来するとされ、この「秦」の呼称が周辺諸国に伝わり、現在の
インドで訛って「シナ」になったというのが通説のようである。

インドから仏教が隋に伝来した当時、経典の中にあるサンスクリット語
「チーナ・スターナ(China staana)」を当時の訳経僧が「支那」
「震旦」「真丹」「振丹」「至那」「脂那」「支英」等と漢字で音写した
中から、支那人自身が特に「支那」を選択したということである。





そうした経緯からして、「支」も「那」も「シナ」の音を当て嵌めた
だけのことで、特に意味を持っている訳ではないのである。
また、この「チーナ」の発音が西洋に伝わり、英語の「China」
フランス語の「Chine」などの語源ともなったと言われている。
つまり、西洋人が「支那」と同源の「China」の呼称に、
何ら侮蔑的意味を込めていないのと同様、「支那」という呼称は
単なる客観的名称であって、何ら他意が含まれてはいないのである。

にも拘わらず、自国人が「Sina」で「シナ」、欧米人が「China」で
「チャイナ」と呼ぶのはOKで、日本人が「シナ」と呼ぶことだけは
断固、許せないというのでは全く理屈が通らないではないか。

石原慎太郎東京都知事に中国政府関係者が語ったという屁理屈では、
「シナ」は良いが、「支那」は駄目であるという。
「日本」が「本」で、「支那」が「支」ということになるからであるそうだ。
「日本と支那」間に、「本支」の関係性を連想させるそうな。
文字の上でも、日本の風下に立ちたくないという訳なのである。

そもそも、現代の中華人民共和国で最も権威ある国語辞典
「漢語大詞典」に、「『支那』は、『秦』の音の訛りであり、古代インド・
ギリシャ・ローマ・日本などが我が国を呼ぶ名である」と書いてあり、
蔑称であるとは記されていないのである。
更に、この辞典に引用されている参考文献には「単なる名称であって、
別段の意義はない」と明記されているのであるから、中国国内には
「支那」を差別的呼称とする一般的な通念は存在しないはずなのである。

平成11年(1999年)4.11に東京都知事選挙があり、石原慎太郎氏が
都知事に就任したが、この年の5.7付け「人民日報」で「支那」の
呼称を用いる石原都知事を「誠実さに欠ける人」と批判している。
この「『支那』の語源についての考察」と題した記事に於いて、
「支那」が蔑称であると論証したつもりらしいのだが、その論法が、
実に珍妙なのである。





19世紀末まで、中国大陸は清朝(満州族)の統治下にあって、
この国は清国と称し、その国民は清国人と呼ばれていた。
清朝末期に革命の機運が高まり、漢族の間で、「清国」「清国人」
という呼称は「満清の臣下」を意味するという理解から、「清」
に代わって、「支那」の呼称が広く使われていたという。
こうして、孫文や魯迅も「支那」を自称していた歴史的事実の
言い訳として、人民日報では、

『中日甲午戦争(日本では「日清戦争」と言われている)以前、
日本で1888年に印刷された日本軍必読の「宇内混同秘策」
という本では、「支那」の呼称で中国を指し、しかも軽蔑的な態度で
中国人のことを取り上げていたが、「支那」という言葉は中国に対する
差別とはまだ直接繋がっていなかった。

日本の社会が「支那」という言葉を使って中国を軽蔑の意味を込めて
称し始めたのは、中日甲午戦争で清が敗れた時からである。
1895年、清政府は余儀なく日本政府を相手に、主権を喪失し国が
恥辱を被る馬関条約(日本では下関条約と言われている)を締結して、
近代中国の被った恥辱は極点に達した。
昔から中国のことを「上国」として尊敬して来た日本人は最初は驚き、
続いて勝った後の陶酔に走り、街に出てデモ行進を行い、
「日本は勝った。『支那』は負けた」と狂気のように叫んだ。

そのときから、「支那」という言葉は日本では戦敗者に対する戦勝者の
軽蔑的感情と心理を帯びたものになり、中性的な言葉から蔑む意味合い
の言葉に逐次変わっていった』

この記事を書いた人民日報の記者も、掲載を諒とした編集長も余程、
頭の回転が鈍いと見える。
この程度の論理思考能力で、天下の人民日報社に就職出来て、
収入を得られるとは、実に羨ましい限りである。

この記事の論理は、実に奇妙奇天烈なのである。
譬えて言えば…
私に、「池田」さんという知り合いが居たとする。
交際当初、私はその「池田」さんを立派な人だと尊敬していた。
しかし、ある時点で、この「池田」さんがとんでもないまやかし者で、
稀代のペテン師、悪党であることに気が付き、唾棄すべき人物として、
この上なく軽蔑するようになったとする。
人民日報の論法からすると、この「池田」という名称は、軽蔑するように
なった時点までは、単なる客観的な名称であったが、それ以後はこの同じ
「池田」という名称は、蔑称に一変したという訳なのである。

そういう論理であるならば、現在の「中国」「中国人」も多くの日本人から
心底軽蔑されているので、「中国」「中国人」という名称は既に折り紙付きの
蔑称に成り果てていることになる。

昭和5年(1930年)中華民国政府外交部は大日本帝国に対して、
「支那」という呼称を止めて、「中国」と呼ぶように要求して来たが、
今度は中華人民共和国政府外交部が、「中国」と呼ぶな!とでも要求して
来るのであろうか。
実に、自己中心的で独善的でご都合主義で責任転嫁が得意で…な、
下劣極まりない国民性であることよ。


風刺 日清戦争


「支那」という名称は、黄河、長江流域を主な国土として、
実効的に支配して来た漢民族と、その土地、文化などに用いられた
地理的呼称、あるいは王朝や政権の名を超えた通史的な呼称であり、
国号としては、種族や民族を問わず、中華民国という国家と、
その国民に関連する事象に用いられる呼称であったのである。

1911年、辛亥革命で清朝を打倒し、漢人が政権を樹立したが、
漢民族が占有して来た地域(支那)のみならず、東トルキスタン、
モンゴル、チベット、満洲などを含む、清朝の遺領をそのまま
枠組みとする領域を「中国」の領土とした。
つまり、「支那」は地理的名称としては、現在の「中国」の一部
ということになる。
しかし、中華人民共和国政府・中国共産党は、「支那」と
その周辺の諸地域、諸民族が古来、一貫して一体の「中国」を
形成して来たという偽りの歴史認識に基づいて、国内でのチベット人、
ウィグル人など異民族の独立運動への弾圧を正当化している訳である。
ならば、万里の長城で内と外とに分けたのは何故?と意地悪を言って
みたくもなる。

万里の長城450

ところで、片や日本人は余程大らかなのであろうか、鈍感なのか、本来、
差別の意味を含む「中国」という名称を口にすることには、一向に違和感を
覚えないようである。

「中華」の意味とは…
「中国で、漢民族が、周囲の文化的におくれた各民族に対して、自らを
世界の中央に位置する文化国家であるという意識をもって呼んだ自称」
明治22年(1889年)発行の「言海」に依れば、
「四方ノ夷狄ニ對シテ、中央ノ開ケタル國。中夏。中國。」
「支那人ノ自國ヲ自稱スル語。」なのである。

「中華」や「中国」という名称は、中華民国樹立よりも以前から、
中国人が自国を呼ぶ呼称であったのだ。

要するに、我々日本人がかの国を「中国」と呼称する時、
それは同時に、
「私達日本人は、貴国よりも文化的に劣る東夷(とうい)です」
と謙って言っているのと同じことになるという訳だ。

同様に、モンゴル人がかの国を「中国」と言えば、
同時に「私達モンゴル人は、……北狄(ほくてき)です」
ベトナム人がかの国を「中国」と言えば、
同時に「私達ベトナム人は、……南蛮(なんばん)です」
ネパール人がかの国を「中国」と言えば、
同時に「私達ネパール人は、……西戎(せいじゅう)です」
と、臣下の礼を取っているのと同じことになるのである。

どうであろうか。
こうしてみると、「支那」という呼称よりも、「自分の国は世界の中心に在り、
文化水準の低い野蛮な周辺諸国に囲まれながら、一番優れている我が国」
という意味の「中華」「中国」という名称の方が、そして、それを他国に
強要する方が、遥かに差別的と言えるではないか。


スポンサーサイト

コメント

詠山 史純 #-

コメントを、どうも有難うございます。

貫一様
コメントを、誠にどうも有難うございます。

えぇーっ!「中華」と呼びますか~!?    Σ(・д°)なっ!?
そりゃ、ちょっと、ゴージャス過ぎる気が…。 ┐('~`;)┌
でも、まぁ、「中華の国」で「中国」ですから、一緒なんですけど…。

「中国」と言えば、日本では千年以上も昔から、山陰、山陽地方をそう呼んで
来ましたから、昨日今日出来たような中華人民共和国を「中国」とは呼びたく
ないんですよね。 (*´⌒`*)エッヘン!

貫一様の「中華」プランは、褒め殺し作戦でしょうかね?
こっちはこっちで、「冷やし中華、始めました~♪」の「中華」のイメージで、
おちょくっちゃいますかね♪  ( ̄ー+ ̄)ニヤリ

私としては、ネパール語やトルコ語の「チン」がお似合いだと思っています。
カンボジア語の「チャン」も良いですね。
タイ語の「チーン」には、統一国家として既に「終わってる」感があって、
特にお気に入りです。 (´艸`)ププッ

2013年06月21日(金) 01時23分 | URL | 編集

貫一 #-

「中華」とお呼びして差し上げましょう


「中華」
とお呼びして差し上げましょう。

これならば絶対に文句は出ないはず。

2013年06月20日(木) 11時40分 | URL | 編集


トラックバック

GO TOP