華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 日本語史上、最大級の誤訳「神」③ …国会に於ける「神の概念」論議

日本語史上、最大級の誤訳「神」③ …国会に於ける「神の概念」論議

日本語史上、最大級の誤訳「神」③ 

…国会に於ける「神の概念」論議



昭和20年(1945年)8月15日の敗戦から4ヶ月後の12月10日、
明治憲法(大日本帝国憲法)下の第89回帝国議会衆議院予算委員会に於いて、
「天皇は神であるか?人であるか?」の質問、答弁が行なわれた。

質問者は浜地文平衆議院議員(本来は、旧字体で「濱地」)
明治26年(1893年)-昭和61年(1986年)三重県の伊勢出身
昭和20年12月当時の所属会派は日本進歩党。
後に、第3代皇学館大学理事長を務めた。
皇学館大学は伊勢神宮の教導職養成機関、神道研究機関であった神宮教院に
起源を持ち、文学部で神社本庁の神職資格を取得出来るのは、皇学館大学と
国学院大学のみであるという、神道系学校の雄である。


一方、答弁に当たったのは、前田多門文部大臣
明治17年(1884年)-昭和37年(1962年) 大阪府出身
学生時代はキリスト教クエーカー派の新渡戸稲造に師事し、内村鑑三の
聖書研究会にも入門。
後藤新平の引立てを受けたエリート官僚出身で、昭和3年(1928年)から
10年間は「朝日新聞」論説委員、昭和18年(1943年)には新潟県知事など
を歴任、敗戦の年の昭和20年(1945年)貴族院議員となり、東久邇内閣、
幣原内閣の文部大臣を務めたが、GHQの指令で公職追放された。
昭和21年(1946年)、東京通信工業(後のソニー)の初代社長に就任。
長男はフランス文学者の前田陽一、長女は精神科医の神谷美恵子、次女は、
ソニー第2代社長井深大と結婚。
「銭形平次捕物帳」の作者で、キリスト教徒であった野村胡堂とは家族ぐるみ
の親交と、眩いばかりに煌びやかな人脈に彩られていた人物である。

また、前田多門文部大臣は昭和21年(1946年)1月1日、官報に依って
発布された昭和天皇の詔勅、所謂「人間宣言」の案文を幣原喜重郎総理大臣、
山梨勝之進学習院院長と共にチェックしたとされている。
明治時代以降、キリスト教徒の皇族へ与えた影響は異様なほどに多大なものが
あるが、それはこの稿の主題ではない。


国会議事堂 1930年代


さて、この帝国議会衆議院予算委員会に於ける質疑応答であるが、キリスト教
クエーカー派(プロテスタント フレンド派とするべきか?)の信徒であった
前田多門文部大臣が「天皇は神である」と答弁したことがクローズアップされ、
取り上げられる傾向にあるようであるが、前田大臣は「日本の神の概念と
西洋のGodの概念とは違う」とごく当たり前のことを述べただけのことである。

質疑応答と言うよりも、むしろ浜地文平代議士の独壇場の様相を呈している。
後に皇学館大学理事長に就いたほどの人物にして、日本の神の概念理解は
これほどまでに稚拙であったのかと、溜め息を吐く思いである。
浜地文平代議士の発言の中に、「絶対」だの、「真理」だのという言葉が出て
来るが、神霊世界を無理矢理、科学的用語で記述して、自分の理性的判断に
沿わせようとするかのような、理論的悪戦苦闘の跡が窺える。
私の印象として、浜地代議士の発言内容からして、少なくともこの段階に
於いては、氏は神霊世界を直感した境地、神秘体験を味わった境地にはない。
まるで、前田多門文部大臣が日本神徒で、浜地文平代議士がキリスト教徒で
あるかのような錯覚を覚えるほどに、信仰の立ち位置が逆転したような
質疑応答の内容である。


昭和天皇376


昭和20年12月10日 第89回帝国議会 衆議院予算委員会(帝国議会会議録より)
                             ※筆者が現代仮名遣いに変換


●浜地文平委員
私は日本肇国(ちょうこく=建国)の精神に付きまして、更に聞く必要を
感ずるのでありますが、是は文部大臣に承ります。率直に申します。 
天皇陛下は神であるか、人であるか、神格であるか、人格であるか承りたい。


●前田多門文部大臣
日本の神という言葉は、西洋あたりで申して居りますような神とは余程
観念が違うようであります。
でございますから、観念次第に依りまして、神でもあらせられ、人でもあらせ
られる、こういう風に申せるであろうと思います。


●浜地文平委員
そういう答弁を聞こうと思って、質問をしたのではありません。
私は更に一歩を進めて、私の意見を申上げたい。是は大事なことです。
天子様は神であるか、人であるかということを断定することは、一番大事
なんです。
私は非常な勇気を以て申上げます。天子様は人であります。
今までは、私は天子様は神様であると思って居りましたが、今日の現実の下に
於きましては、私は天子様は人であると断定せざるを得ないのであります。
しかし、かくの如く申したからと言って、我々は 陛下に対し奉り、尊敬の念、
また御親しみを持つ念は、寸毫も稀薄になって居ないということを間違いなく
汲み取って頂いて、私の話を聞いて頂きたいのであります。

大体、日本の国の神というものは、我々は小学校時代や戦争前に教へられて
居ったように、そんな目に見えない、森のしじまの奧に微かに隠れてござる
全智全能の絶対的宇宙神のような、そういう意味でなかったのではなかろうか
と思います。
人格を具へ持って居る神に対しましては、そういう意味でなかったのでは
なかろうかと思います。
ですから、絶対的でない其の証拠に、日本には幾らでも神様があります。
八百万の神様、総て皆神様なんであります。
何々の尊(みこと)何々の命(みこと)、是は今で言うと何々君、何々様という
ことであります。
古事記時代の沢山の神様は、今で言えば、何々様、何々君と言うことで、
あの当時に於いては人を尊崇して何々の尊と言った、それが八百万の神である。

天安河原(注1)に会議を開いた時に、八百万の神が集まったというのは、
あの当時の国会、安河原へ何々君が上京して来て、議会を開いたのであります。
日本で我々が言う、各方面に祀られて居る多くの神様は、そう森厳な絶対的な
宇宙神ではないのであります。
真理を体得し、仁義を行なったところの人に対して、特に尊敬して神に祀って
居ったのが、日本の神様である、天照大御神、天之御中主神という、是は神で
あらせられて、人格を具へて居ない。
まことに畏れ多いことでありますが、是は真理である。
天之御中主という真理、天照すという真理を表象したる神様であると私は思う。

つまり、我々の御先祖の中にそういう真理を体得し、そういう神技の行わせ
られる立派な御方が出来たから、其の人に向って真理そのままの名を付けて、
天照大御神と仰ったのでなかろうかと思うのであります。
伊勢の大神宮さんに参りますと、私共の拝む神様は、天照大御神という真理に
向かって、我々は拝んで居る。
そこには、明智を代表したるところの鏡(注2)を祀ってある。


(注1)天安河原とは、記紀神話に於いて、天照大御神が宮崎県の高千穂町にある天岩戸に隠れて
    しまわれたことから、天照大御神を岩戸から出す計画を立てるため神々が集まった場所のこと。


(注2)鏡とは、記紀神話に於いて、天孫降臨の時、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
    が天照大御神から授かった三種の神器の内の八咫鏡(やたのかがみ)のこと。

伊勢神宮 空撮


●浜地文平委員
少し余裕を戴きます。
我々は神様、真理に御参りを致しまして、帰り道に注連(しめ)の張ってある
所に向って、荒魂神社に御参りする。
是は天照大御神という真理と、別に荒魂神社、つまり人の荒魂に御参りする
のであって、余りに畏れ多い話でありますけれども、浜地文平という人の墓と、
何々院、何々居士という別名と、二つあるようなものであります。
此の神と人とをごっちゃにしてしまった所に、日本哲学の行き詰まりがあると
私は思う。

人は人であり、絶対神は絶対神であります。
天皇も立派に天安河原に於いて、民衆と共に議論を遊ばされる民主的民本主義
の日本は人格を持った神様であり、天子様であった筈である。
奈良朝時代に於いて、万葉歌人などが「大君は神にしませば天雲のいかづちの上に
いほりせるかも」と言って、雲の上に上げてしまった。
日本に於きましても、此の人格を持たれる天子様を、全くの神様の如く、
雲の上に御上げしてしまって、「天皇は神聖にして侵すへからす」と憲法第三条
の下に、全く民衆と懸け離れた所の絶対神の如き神様に押し込めてしまった
のであります。
時の重臣は丁度、禰宜(ねぎ=神主)さんのようなものである。
神も禰宜からと、つまり重臣が禰宜さんの積りで色々の計らいをした結果、
聖名を覆い奉って、日本の今日の事態を惹起した。
そこにもしも、天子様は立派な御人格を具えられたるところの人という立場に
於きまして、日本が天子様と民衆とを直結せしめて居ったならば、決してこう
いうような結果には陥らなかったと思うのであります。

此の際、政府は天子様は神格なりや、人格なりやに対して、はっきりとした
ことを闡明(せんめい=明らかにすること)をして置きませんと、日本哲學と
いうものは、日本の肇国精神というものを世界に向って説明しようと思っても、
説明せられませんよ。
天子様を明人神であり、絶対神であるというような心持ちを以って民衆を
リードして来た我が国も、是ならば世界を制覇出来ます。
絶対神であり、宇宙の神であったならば――天之御中主神であり、天照大御神で
あるという、象徴せられたる真理であり、象徴せられたるところの神その儘で
あるとしたならば、是は世界をリードすることが出来ますけれども、是は人で
ある、それを目的とした、つまり真理を目的としたところの立派な人であって、
その方が幸いに日本に御座って、その方が真理を探究し、真理に努力し、
そうして世界に向って、此の絶対の真理を弘めようとしなさるものであった
ならば、これに国境を阻むものはありません。
キリストでも釈迦でも、思想に於いて、宗教に於いて、今世界を制覇しつつ
あるではありませんか。
これを悪いと言って、抑える人はありません。国境がありません。
日本も本当の真理、本当の哲学を以って、世界に向かうのであったならば、
今後は意気揚々として、大空に高唱するところの途が開ける。
武力は今日抑えられた、抑えられたのではありません。
もう武力は今日の思想から言っても容れられません。
我々も戦争には懲り懲りしました。勝つという見込みが仮にあっても、
もう子孫に戦争はさせたくありません。
人類に戦争を避けることは出来ないかも分りませんけれども、如何なる場合と
雖も、戦争だけは絶対的に避けるべく努力するのが、即ち立派な民族精神で
あると思います。

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●浜地文平委員
とにかく、此の問題を解決しない限りに於きましては、日本精神というものは、
世界に発表し、世界に理解して貰ふということは、私は出来ないと思う。
文相の御所見を御伺いしたいと存じます


●前田多門文部大臣
御説は十分傾聴致します。
先刻申上げました通り、日本で申します「神」の観念というものは所謂
(いわゆる)「ゴッド」の観念とは違ふという所から来て居るものと思います。


●浜地文平委員
此の程度で打ち切ります



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2013/06/15 02:56 | 天神地祇COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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