華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 虚妄の日本国憲法第9条 …支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?

虚妄の日本国憲法第9条 …支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?

虚妄の日本国憲法第9条 

…支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?



現行憲法である日本国憲法は、昭和20年(1945年)8月15日にポツダム宣言
を受諾、日本が降伏したことで、進駐軍のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)、
マッカーサー司令部の強制で、形式上は大日本帝国憲法73条の憲法改正手続き
に従ったものの、日本の伝統、文化に基づかない、ひたすら日本の国体破壊、
日本の弱体化を目的とした即席翻訳占領憲法を強要され、昭和22年(1946年)
に施行された。
この、「GHQ民生局の軍人、軍属25人&コミンテルンのスパイ&日本人売国奴
共同制作の即席翻訳占領憲法」である日本国憲法は、国民的な議論も経ず、
国民投票も行なわれること無く制定され、施行されてから、現在に至るまで
一度たりとも国民に信を問うてはいない。

GHQ民生局員の他、「コミンテルンのスパイ&日本人売国奴」というのは、
GHQ法規課長マイロ・ラウエル中佐がGHQ草案作成の叩き台にしたという
民間団体憲法研究会の「憲法草案要綱」作成に関与したソ連のスパイであった
とされるGHQ駐日カナダ代表部主席、エドガートン・ノーマン、旧知の仲の
ノーマンと共に、国体を破壊する左翼的憲法草案を作成する学者選びをした
アメリカ共産党秘密党員の都留重人(後の一橋大学学長)、彼らの目に留まり、
天皇制廃止を主張し、GHQの報道検閲に協力した5100人の国賊のリーダー格
(後のNHK会長)と共に憲法研究会を立ち上げ、「憲法草案要綱」を作成した
マルクス主義憲法学者、鈴木安蔵などを指す。
但し、この「憲法草案要綱」は、この稿のテーマである「交戦権の放棄」
「戦力の放棄」には立ち至ってはいない。

そもそも、大日本帝国憲法の改正は、日本人の発議に依るものではない。
大日本帝国が戦(いくさ)に一度敗れたぐらいのことで、建国して日も浅い
アメリカ合衆国の22歳の小娘など、憲法の学識の無いド素人集団如きに、
日本の法体系の根幹となる大事な憲法草案を僅か8日間の作業で起案され、
強要される筋合いなど、本来更々無かったのである。

「ハーグ陸戦条約」第3款「敵国の領土に於ける軍の権力」第43条に、
「国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障が無い
限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復
確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない」とある。

現行の日本国憲法はハーグ陸戦条約違反で制定された「憲法もどき」に過ぎず、
無効なのであるから、日本は暫しの間、悪い夢を見たのだと、最初からあれは
無かったことにして、綺麗さっぱりポイッ!と破棄し、日本国憲法の改正で
はなく、明治憲法の改正で、憲法を日本人の手に取り戻せば良いのである。


焼け野原 終戦直後

日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為に
よつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は
国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民が
これを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を
深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、
専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会に
おいて、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに
生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視しては
ならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に
従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務
であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成
することを誓ふ。


憲法の前文には、制定の趣旨や基本原則を明示する目的がある訳であるが、
この日本国憲法前文は、日本政府に依って起こされたとする戦争を反省し、
国民の自由と平和を実現する為に制定されたとしている。
そして、主権が国民に存すること、国民自らがこの憲法を制定したことを
宣言するという虚偽の体裁を繕っている。
ここには、日本の伝統、文化に基づく日本の国柄というものが皆無である。

因みに、主権在民と言うが、国民は代議員選挙に一票を投じることが出来る
というだけのことに過ぎず、国家主権が国民に在るというのは錯覚である。
国家主権については、何れ別の機会に一稿を綴る。


終戦直後2


この薄見っとも無い憲法前文について、あるブロガーがこの上無く称讃して
いるのを目にして、この御仁の気は確かかと吃驚した。     (・ω・ノ)ノひょえ~

「前文のひとつひとつの文章が、史上かつて存在する憲法で最も優れた文章であろう。
日本にまだ戦災の焼け野原が残っている中で書かれた憲法と、この前文は
起草したGHQの法律家やスタッフの意志を超えた世界市民の普遍的理想である。
無知で傲慢な保守政権が改訂したいのもよく解ろうというもの。
どの文章もかれらにとって理解しがたいだろう。 
改訂するにしても、この昭和憲法は記録に残し、改訂に賛成した日本人たちの恥を
永久に晒しておくことだ。 
自民による改定案を見れば、保守派の頭脳は1945年当時からまった進歩して
いない、憲法などを日本人が起草するのは数百年早い、という気がする」  ふぅ~┐('~`;)┌ やれやれ

また、別の護憲派ブロガーは、
「現行憲法の『平和主義』は日本が世界に誇るべきものです。
戦争放棄をこれほど明確に謳った憲法は人類歴史上ない。
世界中の人たちが共通に希求しながら、諦めざるを得ない『恒久平和』という
崇高な理想を実現しようとしたのが現行の『日本国憲法』です。
日本固有の誇るべき、守るべき宝ではなく、世界の宝として
世界中の人たちが守るべきであるとの認識を共有化し、
現実化の努力を続けるならば、世界平和実現も夢ではない』
と浮世離れしたことを給うておられる。                    (゚◇゚)ぽか~ん

ベアテ・シロタ・ゴードン1946
          ベアテ・シロタ・ゴードン 22歳 昭和21年(1946年)


日本国憲法第2章「戦争の放棄」
第9条(戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認)

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。


日本国民が、「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を
深く自覚する」という空想までは結構であるが、「平和を愛する諸国民」即ち、
『支那、北朝鮮、南朝鮮、ロシアなどの周辺諸国』の「公正と信義に信頼して」、
我ら日本国民の「安全と生存を保持しようと決意」するのは無謀且つ、政府と
しては、無責任極まりないことである。
しかも、「国際社会」即ち、『支那、北朝鮮、南朝鮮、ロシアなどの周辺諸国』が
「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと
努めて」いて、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と考え、
「この法則に従うことを責務」と深く自覚しているということを絶対の条件と
した上で、その虚妄な前提の下に、日本国の戦争の放棄、戦力の不保持、
交戦権の否認を成立させているのである。
『支那、北朝鮮、南朝鮮、ロシアなどの周辺諸国』が、そんな崇高な理念を
体現した国々であろうはずがなかろうが。 ┐('~`;)┌ ふぅ~

西洋人は本然的に性悪説の信奉者であるにも拘わらず、人様の国の憲法を起草
するに当たっては脳天気な性善説を採ったという、実にふざけたお話なのである。
「人類の崇高な普遍的理想である恒久平和」とやらを実現させたいのなら、
自分のお国でやってくれという話である。
そもそも、国際社会に於ける平和というものは、国家間の関係性の中に於いて
成立するものであって、一国の憲法がどうのこうのという話ではないのである。

『支那、北朝鮮、南朝鮮、ロシアなどの周辺諸国』の実態を観察すれば、
「我ら日本国民は非武装、不戦、無抵抗の状態で生命、財産、その全てを
あなた方のご意思に委ねます」「男は殺し、女はレイプしようが、煮て食おうが
焼いて食おうが、どうにでも、お好きなように為さって下さい」と大の字に
身を横たえてしまうことが、如何に人類史上、類を見ないほどの愚劣極まり
無い自殺行為であるか、お猿さんでも解ろうというものである。


進駐軍の行進3


現に、国家が武装を放棄するという非現実的な愚かしさは直ちに露呈し、
GHQに依って、憲法違反に依る修正が為されたではないか。
昭和25年(1950年)、朝鮮戦争が勃発すると、在日アメリカ軍はその戦力を
朝鮮半島に投入し、占領下の日本の防衛力が手薄となった。
ソ連軍の日本侵攻を恐れたGHQは昭和25年(1950年)、「警察予備隊令」を
発令し、陸上自衛隊の前身である「警察予備隊」の建軍を命じ、昭和27年
(1952年)には「保安隊」に改組した。

第9条第2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、
これを認めない」という非現実的な条文は明らかに削除を要するのである。
刑法第186条に違反するパチンコ屋の存在が黙認され、買春防止法に違反する
ソープランドの存在が黙認されている日本社会であるから、日本国憲法第9条
第2項も一応、そのままでも良いではないか、という訳にはいかないのである。
何故ならば、現行の法体系のままでは、自衛隊は侵略軍から祖国を守る非常時にも、
自衛隊員個々の判断に於いて、超法規的な戦闘行動を取らざるを得ない状態であり、
自衛隊を取り巻く法的環境整備、交戦規定整備に依って、戦闘時の合法性の
確保を要するからである。
戦力不保持の「舶来&反日左翼の悪巧みお馬鹿憲法」のお陰で、陸上自衛隊で
あれば、戦地で塹壕を掘ることも、実弾を詰めた弾倉を小銃に装着することも、
それどころか、初弾を薬室に装填することさえも不自由で、合法的には侵略軍
と交戦出来ない実質上の国軍なのである。


シナ 反日デモ4


敗戦直後の国民の心情として、「もう二度とこんな悲惨な戦争は嫌だ!」との
悲痛な思いは察するに余りあるが、「交戦権の放棄」「戦力の放棄」を憲法に
規定したままにしておくのは、人類史上初の無謀且つ無責任極まりない政府
であり、侵略軍に対する対処に関しては、国民からすれば、無政府状態同様
という異常な事態を迎えることになる。

市民生活に置き換えて仮想してみれば、お猿さんでも不条理加減は解ること。
我々市民は銃器、刀剣に依る武装を許されていない。
我々市民の住む町には、支那組、北鮮組、南鮮組、ロシア組などの広域暴力団
がそれぞれ縄張りを決めて、事務所を構え、ヤクザが街中を偉そうに与太って
徘徊している。
奴らは性格は悪い、頭は悪い、自制心は乏しいは道徳心も持ち合わせていない
乱暴者で、何が不満なのか、何かの拍子で一旦、ポチッ!とスイッチが入ると
気が狂ったようにドスやハジキを振り回して暴れ捲くる、我が侭で無慈悲な
無法者集団である。
そんな奴らが街をウロウロ与太っている状況下でありながら、非武装の警官は、
素手で応戦することさえも許されていない。
アメリカの西部劇に描かれる無法の街であれば、市民も武装していたことから、
自警団が無法者のガンマンに応戦出来たが、この日本タウンでは警官も市民も
刀剣さえ武器として所持出来ないのであるから、いざとなったら、棍棒か金槌か
包丁かで、一矢報いてやるしか手立てが無い。
そんな街中を、気立ては良いし、器量もスタイルも抜群でとってもセクシー、
その上、育ちは家系図付きの由緒有るお家でお金持ちという日本娘がモンロー
ウォークで歩いてみなさいな。
忽ち寄って多寡って、丸裸に引ん剥かれて、お粗末なペニ棒を打ち込まれて
しまうというもの。


気違い 慰安婦像


その昔、駅のホームで、一般の会社員がチンピラに絡まれ、暴行された挙句に、
殺されてしまった事件が報道された時、マスコミも世間も、何故周囲に居た人々
が仲裁に入らず、見て見ぬ振りをして、見殺しにしたかと非難を浴びせ掛けた
ことがあったが、そのことは、偶々その時にその場に居合わせただけの人々に、
何故、その殺人者と戦わなかったかと詰問し、そういう状況に遭遇したならば、
戦うべきと督戦しているのも同然である。
聖書の一節でも引用して、お説教して上げれば、即座に改心するような手合い
を相手にするのではないのである。
一人の人物の遭難を目にしながらも、我関せずと見殺しにした人々の態度は、
正に日本国憲法の平和主義とやらの精神に適った崇高な行為ということになる。
日本国憲法にお似合いの、順法精神豊かな国民と賞賛されてもおかしくない、
不条理加減なのである。
殺された人がもし、腕力で多少なりとも抵抗していたとするならば、その人の
行為は、日本国憲法の崇高な平和主義とやらの精神に背いたことになる。
個人が腕力で抵抗する権利、国家に置き換えれば、国家の自衛権は正当である
と認めると言うならば、それはそれで、それを憲法に明示すべきなのである。

憲法9条のお陰で、70年近くも戦争が起こらなかったという人がいる。
そうではなくて、米ソ二大超大国の対立構造の中で、小規模な紛争であっても
代理戦争の様相を呈した場合には、世界大戦に発展する恐れがあったことから、
抑止が働き、また米ソが自陣営に睨みを利かせていたことから、諸国の動乱も
あの程度で収まっていたのである。
ソ連が崩壊した途端に、世界中で気兼ね無く、自由に安心して、ドンパチを
おっ始めたではないか。
日本の場合は核武装したアメリカの同盟国で、在日アメリカ軍が駐留していた
ことから、北方四島、竹島以外は侵食されなかっただけのことである。




日本国憲法第2章第9条の由来 …マッカーサー元帥の理想
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-256.html

日本国憲法前文 …何故、かくも日本語文章が稚拙なのか?
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-257.html

マッカーサー憲法(コミンテルン憲法)は最初から無かったことにすれば良い
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-385.html


守るぞ日本 ポスター









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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2013/07/06 20:56 | 憲法COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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