華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 帝国憲法四方山話③ …憲法発布勅語…歴史的連続性の認識

帝国憲法四方山話③ …憲法発布勅語…歴史的連続性の認識

帝国憲法四方山話③ 

   …憲法発布勅語…歴史的連続性の認識



「憲法発布勅語」 明治22年(1889年)2月11日

「朕国家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣栄トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大権
ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス
惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ
無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ
国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ
即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ奉体シ朕カ事ヲ奨順シ
相与ニ和衷協同シ益々我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固
ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ」


明治憲法B


(ふりがな表記)

「朕(ちん)国家ノ隆昌(りゅうしょう)ト臣民(しんみん)ノ
慶福(けいふく)トヲ以テ(もって)中心ノ欣栄(きんえい)トシ
朕カ祖宗(そそう)ニ承(う)クルノ大権ニ依(よ)リ現在及将来ノ臣民ニ
対シ此ノ不磨(ふま)ノ大典(たいてん)ヲ宣布ス
 惟(おも)フニ我カ祖(そ)我カ宗(そう)ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼
(ほよく)ニ倚(よ)リ我カ帝国ヲ肇造(ちょうぞう)シ以テ(もって)
無窮(むきゅう)ニ垂(た)レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳(いとく)ト
並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉(したが)ヒ以テ(もって)
此ノ光輝(こうき)アル国史ノ成跡(せいせき)ヲ貽(のこ)シタルナリ
朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ
奉体(ほうたい)シ朕カ事ヲ奨順(しょうじゅん)シ相与(あいとも)ニ
和衷(わちゅう)協同シ益々(ますます)我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ
宣揚(せんよう)シ祖宗ノ遺業(いぎょう)ヲ永久ニ鞏固(きょうこ)
ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分(わか)ツニ堪フルコトヲ
疑ハサルナリ」


明治憲法C


●欣栄(きんえい)
喜びと光栄。 喜ばしい光栄。

●不磨(ふま)
磨り減らないこと。 長く価値を保つこと。 不朽。
「不磨の大典」
①.長い間改定されていない、重要な法律や規則。
②大日本帝国憲法の美称
「現在及将来の臣民に対し、此の『不磨の大典』を宣布す」との文言があった
ことから、第73条に憲法改正の規定は存在したが、大東亜戦争敗戦後、占領軍
の圧力で新憲法が起草されるまで、改正発議は一度も無かった。

●輔翼(ほよく)
政務を助けること。 君主を補佐すること。

●肇造(ちょうぞう)
(国などを)初めて造ること。 創造。

●無窮(むきゅう)
果てしないこと。 また、その様。 無限。 永遠。

●奉体(ほうたい)
受け賜って、よく心に留めること。 また、それを実行すること。

● 奨順(しょうじゅん)
助け従うこと。 勧奨し順行すること。 また、奨め導くこと。

●和衷協同(わちゅうきょうどう)
心を合わせ、互いに協力して事を為すこと。 和協。

●鞏固(きょうこ)
強くしっかりして、揺るがない様。 強固。


後醍醐天皇と楠正成
          笠置城(京都府相楽郡笠置町笠置)にて、後醍醐天皇に拝謁する楠木正成公


現代語訳 (文責在詠山史純)

朕(われ)は、国家の隆盛と臣民の幸福とを以って、一番の喜びと光栄とし、
朕(われ)が歴代天皇から受け継いだ大権に依って、現在及び将来の臣民に対し、
この不朽の大いなる法典を宣布する。
考えてみるに、我が祖先(神武天皇)、歴代天皇は、我が臣民の祖先たちの協力、
補佐に依り、我が帝国を創造し、それを後世に永久の模範として示された。
このことは、我が神聖なる歴代天皇の威徳と、並びに臣民の忠実勇武にして、
国を愛し、殉国を厭わない行為に依って、この光輝ある日本の歴史に足跡を
残して来た。
朕(われ)は、我が臣民が、すなわち歴代天皇の忠実で善良なる臣民の子孫で
あることを思い起こし、我が帝国の光栄を国の内外に広く知らしめ、歴代天皇
の偉業を永久に強固たるものにするという希望を同じくし、その任の分担に
耐え得ることを疑わないものである。


後醍醐天皇と名和長年
      隠岐島から脱出された後醍醐天皇を船上山(鳥取県東伯郡琴浦町)に迎える名和長年公


「我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ」
(我が祖先(神武天皇)、歴代天皇は、我が臣民の祖先たちの協力、補佐に依り、
我が帝国を創造し《意訳》)という文言が好い。
神代以来の万世一系の天皇と臣民という関係の連続性を自覚させられる。
何時の時代の日本人も、皇統を縦糸に織り成す歴史的な連続体の中に生きたと
いう日本的事実の中に在る。
日本全国が江戸幕藩体制に在って、征夷大将軍に委任統治され、民衆に天皇の
存在が殆ど忘れ去られていたような時代、明治期に於いて、「天皇陛下のお召し
に依って、徴兵される」と言われても、「そんなオッサン、わしゃ、知らんぞ」
と返答したような時代であっても、伝統的な天皇の価値観は変わらなかった。
近代日本国家のスタートに当たり、王政復古を必要としたこと、神代以来の
天皇の宗教性、カリスマ性を必要としたことは、如何にも日本的である。
日本人の誰しもが、親の親の親…と何代も何十代も遡って行けば、何処かで
歴代天皇との血の繋がりがあるかも知れないと感じさせるような大家族国家
を自覚させられるものがある。


京都御所


この憲法発布勅語の「此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス」という文言に依って、
残念ながら、明治憲法が「不磨の大典」「不朽の大典」とされ、条文の改正が
事実上、不可能に近かったことが、昭和の悲劇を導いてしまったとも言える。
内閣制度を憲法に明記し、政府の権限を明確に規定しておけば、第11条
「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」との条文はそのままであっても、政府が皇軍を
統制することは可能であったはずである。

第7章補則、第73条「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ
勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スベシ」と改正条項が明記されていたにも
拘わらず、改正に必要な天皇の勅命の奉戴工作を企図する者さえいなかった。
憲法外機関の元老たちが、政府の最高首脳として充分に機能していたことで、
明治憲法の欠陥が露呈することなく、制御されていた時代はまだ良かった。
本来ならば、元老の時代の終焉と共に、状況の変化に相応した憲法改正を
すべきであった。

「GHQ民生局の軍人、軍属25人&コミンテルンのスパイ&日本人売国奴
共同制作の即席翻訳占領憲法」である現行のお馬鹿憲法も「不磨の大典」と
化していることは、再び日本に悲劇を招く恐れがあるということである。









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2013/07/17 13:48 | 憲法COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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