放棄された国家安全保障 …憲法第9条の本質

 2013-07-27
放棄された国家安全保障 

               …憲法第9条の本質



日本国憲法 第2章 戦争の放棄
第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


支那 公開処刑


日本国憲法は前文第2項「恒久平和の原則」を受け、第2章で「戦争の放棄」
を謳い、一切の戦力の不保持、武力の使用の否認を宣言したものとなっている。

第1項で戦争と武力による威嚇、武力の行使を放棄し、第2項で戦力の不保持
と交戦権の否認を定めている。
軍備も、それによる戦争行為も認めていない明快な条文である。
第9条を直裁に読めば、国際法上認められる自衛戦争も憲法上、我が国には
出来ないことになる道理である。

この第2章の「戦争の放棄」は、要するに「国家安全保障の放棄」を意味する。
日本国政府が日本国の領土保全と政治的独立、日本国民の生命、財産を、
外国からの軍事攻撃から、軍事的な手段に依って守ることを放棄することを
意味している。


ウイグル2


昭和21年(1946年)7月11日 第90回帝国議会 
衆議院 帝国憲法改正案委員会に於ける金森徳次郎憲法担当国務大臣と
日本共産党の野坂参三委員との質疑応答。

野坂参三委員 
「前文の第二行目の一番下の所に『政府の行為によって』と、こうあります。
これに付いては今日の討論の一番最初にも質問がありましたが、此の政府の
行為、これに依つて再び戦争の慘禍が起る、これは明かに国際戦争のことを
言つて居るので、政府の行為に依らない戦争というものはないはずです。
此の政府の行為というものが余り大きな意味が無いように思ふのですが、
これに代へて、むしろ戦争の性質をここにはつきり表わすような言葉を入れる
べきが当然ではないか。
もう少し具体的に言へば『政府の行為によって』この代りに、例へば本議会
で総理大臣も言われたと思いますが、征服的な、他国征服の意図を持ったとか、
或いは侵略的意図を持つた、こういう戦争の惨禍を発生しない云々と言った
方が正確ではないかと思います、これに付いて御伺い致します


金森徳次郎憲法担当国務大臣
「御説のように、左樣な言葉を使って言い表わすことも、一つの行き方で
あろうと思います。
しかしながら、かつて総理大臣が申しましたように、日本が大勇気を奮って、
こういう風に比較的簡明なる言葉を用いまして、理論的には自衛戦争は正しい
にしても、総べての戦争が自衛戦争の名を借りて、然らざる戦争に赴くという
ことの労い(うれい)を、憲法の中に残して置くような言葉を避ける方が
良いという考えも成立する訳であります。
この憲法はそのような考えに依りまして、特に区別せず、謂わば捨て身に
なって、世界の平和を叫ぶという態度を取った次第であります」


金森徳次郎


憲法担当国務大臣が、「捨て身になって、世界の平和を叫ぶという態度を取った」
と明言している。 ┐('~`;)┌
有史以来初の惨憺たる大敗北で、日本国の国家指導者も気が狂ったのか、
主権国家たるものが、国家国民の安全保障までを「捨て」たのである。 ┐('~`;)┌
これほどまでに国民の生命と財産を危険に曝し、無責任極まりない態度を取る
先進国の政府など有りはしない。 ┐('~`;)┌
しかも、それでいて、国民の武装権すら認めていないのである。
「侵略国の蹂躙するが侭にお任せ致します」「略奪、暴行、殺戮も属国化も、
どうぞ、思うが侭、ご自由に為さって下さいませ」という、政府の態度を明記した
憲法の条文なのである。 ┐('~`;)┌

第9条の下での自衛戦争の可否に付いて、衆議院憲法改正委員会審議で、
日本共産党の野坂参三衆議院議員は自衛戦争と侵略戦争を区別した上で、
「自衛権を放棄すれば民族の独立を危くする」「侵略戦争の放棄だけにすべきで、
正しい戦争はやれるようにすべき」と第9条に反対し、日本共産党は議決で
賛成しなかったのである。


野坂参三


昭和21年(1946年)6月28日 第90回帝国議会 
衆議院 本会議

吉田茂総理大臣
「戦争放棄に関する憲法草案の条項に於きまして、国家正当防衛権に依る
戦争は正当なりとせらるるようであるが、私は斯くの如きことを認めることが
有害であると思うのであります。(拍手)
近年の戦争は多くは国家防衛権の名に於いて行われたることは顕著なる事実で
あります。
故に正当防衛権を認めることが偶々(たまたま)戦争を誘発する所以であると
思うのであります、
また、交戦権放棄に関する草案の条項の期する所は、国際平和団体の樹立に
あるのであります。
国際平和団体の樹立に依って、あらゆる侵略を目的とする戦争を防止しようと
するのであります。
しかしながら正当防衛に依る戦争が、もし有りとするならば、その前提に
於いて侵略を目的とする戦争を目的とした国があることを前提としなければ
ならぬのであります。
故に正当防衛、国家の防衛権に依る戦争を認めるということは、偶々戦争を
誘発する有害な考えであるのみならず、もし平和団体が、国際団体が樹立された
場合に於きましては、正当防衛権を認めるということそれ自身が有害であると
思ふのであります。
御意見の如きは、有害無益の議論と私は考えます。(拍手)」と、


吉田茂総理大臣は、第9条は一切の軍備を禁止し、自衛戦争をも放棄した
ものとして答弁している。
当時と現在とでは、憲法第9条に対する解釈が政府と日本共産党とでは、
180°大逆転していることこそが、この条文が国家の最高法規たる憲法の
条文として、相応しくない証である。
国家の最重要課題である安全保障の規定でありながら、一字一句変わらない
その条文の解釈が、どうにでも変化するような致命的な欠陥を持っていること
の証である。
日本国憲法を放棄しないのであれば、せめて、憲法第9条は改正すべきである。


吉田茂


因みに、衆議院本会議で帝国憲法改正案に賛成しなかった日本共産党は
現在、護憲の立場で、元参院議員で共産党副委員長の小池晃氏は、
「第9条の完全実施」とやらを主張している。

「憲法は『陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない』としており、
自衛隊は9条2項に明白に違反する戦力、つまり軍隊そのものだ。
私たちは対米従属の根源である日米安保条約を廃棄するとともに、
自衛隊については、当面軍縮の措置をとり、国民の合意で9条を完全実施する。
すなわち自衛隊の解消を目指すことを党綱領にうたっている。
アジアの政治・軍事情勢が変わっていくことと『自衛隊をなくして大丈夫』と
いう国民の合意が得られることが前提となる」
「国家には当然、自衛権があるが、必ずしも常備軍が必要だとは考えていない。
…その自衛権も常備軍によらずに行使していこうというのが9条の規定だと
言える」 (平成25年(2013年)6月28日 小池晃氏談)

日本共産党は、「常備軍に依らぬ自衛権の行使」と言うが、では一体、
誰がその自衛権を行使する当事者となるのであろうか。
国民に89式小銃でも配布して、後は好きにしろとでも言うのだろうか。
縄文時代や弥生時代ではあるまいし、他国の軍事レベルを考えれば、
常備軍無しで防衛など出来る訳が無いではないか。
こんな思考回路の政党が何百万人もの有権者の熱烈な支持を受けて、
国会議員を輩出しているとは、実に恐ろしい限りである。
己の家族や子孫、愛する人々の生命や財産、愛する郷土、美しき日本の国土を、
「逝かれポンチ」の支那人や朝鮮人の良識とやらに委ねるお積りか。


共産党1


朝日新聞が平成25年3月4日付朝刊のコラム「天声人語」でまた、
阿呆なことをほざいていた。

「中国の古典は『アリの穴から堤も崩れる』と教える。
英語では『小さな水漏れ穴が巨船を沈める』と説くらしい。
金科玉条に見えた原則も同じく、一つの例外から滅ぶ
▼ 戦闘機のF35が武器輸出三原則の例外となった。
敵レーダーが捉えにくい新鋭機は、日本企業を含む国際分業で生産され、
第三国への移転は米国に任される。
周辺国と緊張関係にあるイスラエルに日本製部品が渡り、戦争を支えること
もあろう
▼ 三原則を緩め、安保で近しい国との共同開発を認めたのは野田内閣だ。
安倍内閣は、国際紛争を助長しないという輸出の前提を取り払った。
民主と自民の骨抜きリレーに、防衛産業は喜びを隠さない
▼ 安倍首相は憲法を変えて、自衛隊を国防軍にするという。
次は集団的自衛権、ついでに非核三原則もという勢いだ。
誇るべき平和国家のブランドが色あせていく。
このまま「普通に戦争ができる国」まで落ちてしまうのか
▼ なるほど、大戦の反省から生まれた憲法は普通ではない。
だが先進的な理想主義は、世界が追いつくべき「良き例外」である。
『米国に押しつけられた』憲法とそれに基づく国是を、「米国と共に責任を
果たすため」に改める……一人二役の米国も忙しい
▼ 国際常識が通じない中国が台頭し、核は拡散、テロも絶えない。
だからといって、日本までが兵器の競争に手を染めることはない。
現実に合わせて理想を傷めては、人類の進歩はおぼつかない。
がんこ一徹の平和国家が、一つぐらいあってもいい」


東トルキスタン


売国新聞は、「がんこ一徹の平和国家が、一つぐらいあってもいい」と言うが、
何故に日本国が、平和主義やら、平和国家やら、世界の理想やら、人類の進歩
やら、実体の無い空虚なお題目の為に、国民を犠牲にしてまで、国家を危険に
曝さねばならぬのか、訳が解らぬ。
こういう日本解体を目論む反日左翼の売国奴には、何を言っても無駄である。
「馬鹿は死んでも馬鹿」と言うが、反日左翼の売国奴もいつまでもどこまでも、
反日左翼の売国奴で在り続けるのである。

日本弱体化、日本解体の為の左翼の駄文、「マッカーサー司令部の25人&
コミンテルンのスパイ&日本人の売国奴共同制作の即席翻訳お馬鹿憲法」
である日本国憲法に従い続ければ、日本国がシナリオ通り、更に更に衰亡、
滅亡への道を歩み続けることは至極当然の理なのである。



日本国憲法第2章第9条の由来 …マッカーサー元帥の理想
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日本国憲法前文 …何故、かくも日本語文章が稚拙なのか?
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マッカーサー憲法(コミンテルン憲法)は最初から無かったことにすれば良い
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虚妄の日本国憲法第9条 …支那、朝鮮の「公正と信義」は信頼に足るか?
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