華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 関東大震災時の朝鮮人大虐殺とやらのこと

関東大震災時の朝鮮人大虐殺とやらのこと

関東大震災時の朝鮮人大虐殺とやらのこと



大正12年(1923年)9月1日11時58分32秒、神奈川県相模湾北西沖80km
を震源として、最大震度7、マグニチュード7.9の大正関東地震が発生し、
東京府、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、静岡県、山梨県の1府6県に
及ぶ広域に甚大な被害を及ぼした。
この関東大震災で東京、神奈川の京浜地帯は壊滅的な打撃を受けた。

この関東大震災の混乱の中で、「朝鮮人が襲撃して来る」などの情報が日本人
避難住民の間に流れ、自警団を組織した日本人が罪の無い朝鮮人の大量虐殺を
行ったということになっている。
反日左翼の日教組では教育研究の会合で、関東大震災時の朝鮮人虐殺に就いて、
その犠牲者数を6600人とする授業を行う指導方針の周知徹底を図っている。
小学校の教科書では、「罪のない数千人の朝鮮人が殺される事件が起きました」、
中学校教科書では「7000人」、高校教科書では「6000人以上」「6700人」
の罪の無い朝鮮人が虐殺されたなどと記述されているようである。


日教組チョン偏向


しかし、当時の新聞記事には朝鮮人の暴徒が日本陸軍を襲撃したケースや
婦女暴行、爆弾テロを起こすなど、とてものこと、「罪の無い朝鮮人」などと
悠長なことを言ってはいられない危機的状況であったことが推察される。
当時の日本政府の発表からすると、殺害された朝鮮人は233人となっている。
中には過剰防衛に相当するようなケースもあったに相違無いが、自警団が混乱
状況の中で、家族や住民を守る為に、襲い来る朝鮮人を殺害したのであれば、
それは止むを得ない正当防衛戦であったと言える。

それにしても、「6000人」「7000人」という犠牲者数には根拠が無い。
何故ならば、日本政府が掌握していた朝鮮人の人口からして、関東大震災時、
被災地域には約9800人居て、震災後の9月17日の時点で警察や軍に依って、
保護、収容された朝鮮人は6797人という調査結果が残されており、その人数
からして、「6000人虐殺した」の、「7000人虐殺した」のという大量殺害説
には数理的に無理があることに依る。


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2013/07/29 03:24 | 朝鮮関連COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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