華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 長崎への原子爆弾投下を阻止出来なかった日本軍 …武装を撤去したB-29さえ撃墜出来なかった

長崎への原子爆弾投下を阻止出来なかった日本軍 …武装を撤去したB-29さえ撃墜出来なかった

長崎への原子爆弾投下を阻止出来なかった日本軍 


…護衛戦闘機の援護も無く、尾部機関銃以外の武装を

全て撤去したB-29さえ撃墜出来なかった、哀しき日本軍



昭和20年(1945年)8月9日午前11時2分、米陸軍航空軍の第509混成部隊
の戦略爆撃機B-29 スーパーフォートレス・ボックス・カー号から長崎市上空に、
プルトニウム型原子爆弾ファットマンが投下され、高度約500mで炸裂し、
地上が壊滅させられた。
同年12月末の犠牲者数の集計では、7万3884人が死亡、7万4909人が負傷と
記録されている。
広島への原子爆弾投下から、3日後の悲劇であった。

長崎への原子爆弾投下の指揮を執ったのは、チャールズ・スウィーニー少佐で、
原子爆弾投下任務のボックスカー号に搭乗していた。
スウィーニー少佐は、3日前の広島への原子爆弾投下作戦には、爆発観測機
グレート・アーティスト号の機長として、参加していた。


ボックスカー6

ボックスカー4

ボックスカークルー


8月9日の原子爆弾の投下目標は、福岡県小倉市(現、北九州市)が第一目標で、
長崎市は第二目標であった。
長崎は実に不運であった。
第509混成部隊の当初の原爆投下候補地は京都市、広島市、新潟市、小倉市の
4都市であったが、京都市が外され、その代わりに長崎市がリストアップされていた。
そして、爆撃当日、第一目標の小倉市上空が雲に覆われていた為に目視爆撃が
不可能で急遽、第二目標であった長崎市に投下されることになったのである。


第509混成部隊の出撃機は6機であった。

ボックス・カー号(原子爆弾搬送・投下 )
機長 チャールズ・スウィーニー少佐

エノラ・ゲイ号(小倉の気象偵察 )
機長 ジョージ・マーカット大尉

ラッギン・ドラゴン号(長崎の気象偵察)
機長 チャールズ・マックナイト大尉

グレート・アーティスト号(爆発計測)
機長 フレデリック・ボック大尉

ビッグ・スティンク号(攻撃観測及び写真撮影)
機長 ジェームズ・ホプキンスJr.少佐

フル・ハウス号(予備機)
機長 ラルフ・テイラー少佐



ボックス・カー号(原子爆弾搬送・投下 )


エノラゲイ
エノラ・ゲイ号(小倉の気象偵察 )


レギンズドラゴン2
ラッギン・ドラゴン号(長崎の気象偵察)


グレートアーティスト
グレート・アーティスト号(爆発計測)


ビッグスティンク2
ビッグ・スティンク号(攻撃観測及び写真撮影)


フルハウス 予備機
フル・ハウス号(予備機)


原子爆弾ファットマン搭載機、ボックス・カー号に先行して、テニアン基地を
出撃していた気象観測機、小倉市上空のエノラ・ゲイ号、長崎市上空のラッギン・
ドラゴン号からそれぞれ、気象情報がボックス・カー号機長スウィーニー少佐
報告されていた。

午前7時45分、ボックス・カー号は屋久島上空で、グレート・アーティスト号
と合流出来たが、予定飛行高度を誤り、高度12,000mを飛行していたビッグ・
スティンク号とは合流出来なかった。
7時25分、スウィーニー少佐はビッグ・スティンク号との合流を断念し、
2機編隊での作戦続行を決断した。

午前9時40分、小倉市の投下目標上空へ爆撃航程を開始。
9時44分、投下目標である小倉陸軍造兵廠上空に到達するも、爆撃手が目視に
依る投下目標の確認が出来ず、失敗。
その後も別ルートで爆撃航程を繰り返したが、3度失敗。
10時30分、爆撃目標を小倉市から第二目標の長崎市に変更し、小倉市上空を
離脱した。





小倉市上空で爆撃航程を3度失敗し、45分間ももたついていた2機のB-29に
対し、戦争末期の日本軍は本土決戦用に戦闘機を温存し、迎撃しなかったと
いうものの、3日前に広島に「特殊爆弾」を投下されたばかりであることを
認識していた所為か、高射砲の対空射撃以外に、
海軍築城基地から第203航空隊の零式艦上戦闘機数機
陸軍芦屋飛行場から飛行第59戦隊の五式戦闘機が数機、
陸軍小月基地から飛行第47戦隊の二式複座戦闘機屠龍1機と
四式戦闘機疾風数機が迎撃に上がったというが、撃墜するどころか、
ボックス・カー号とグレート・アーティスト号の2機は、1発も被弾していない。

第509混成部隊の戦略爆撃機B-29 スーパーフォートレスは、尾部の機銃のみ
を残し、他の武装を全て撤去した原子爆弾投下専用機であり、護衛戦闘機の
援護も無く、無防備な状態で小倉市上空を45分間も爆撃航程の飛行を繰り返して
いても、敵機を撃墜出来ず、原子爆弾投下から国民を守り切れなかった日本軍
であったとは、実に情けない限りである。


三式12糎高射砲A
三式12センチ高射砲


ゼロ戦2
零式艦上戦闘機


五式戦闘機2
五式戦闘機


二式複座戦闘機屠龍
二式複座戦闘機屠龍


四式戦疾風1
四式戦闘機疾風


小倉市上空を離脱して20分後の10時50分、2機は長崎県上空に侵入。
北西方向から、照準点である長崎市街中心部上空へ接近したが、雲に覆われ、
目視爆撃が出来ないと判断し、命令違反のレーダー爆撃をも考慮していた、
その時、投下予定地点より北寄りの地点であったが、爆撃手が雲の切れ間から
眼下に広がる長崎市街を目視した。

11時1分、こうして、辛うじて雲の切れ間から見えた浦上地区に、高度9,000m
からプルトニウム型原子爆弾ファットマンを手動で投下した。
1分後の11時2分、長崎市街中心部から3km逸れた地点の上空約500mで
ファットマンは炸裂した。







長崎20


長崎p3


長崎18


長崎16


長崎28


原爆 長崎





長崎35


長崎6


長崎2


長崎17


長崎34


長崎12


長崎13


長崎14


長崎15


長崎3


長崎36


焼き場に立つ少年


長崎33


長崎31


長崎29


長崎27


長崎26


長崎24


長崎23


長崎22


長崎11


長崎10


長崎9


長崎


北村西望1




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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2013/08/10 04:36 | 歴史随想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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