華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 被爆国としての原点に返れとは?…米国の新型爆弾に依る攻撃に対する抗議文

被爆国としての原点に返れとは?…米国の新型爆弾に依る攻撃に対する抗議文

被爆国としての原点に返れとは?

…米国の新型爆弾に依る攻撃に対する抗議文



8月9日、田上富久長崎市長は長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の平和宣言で、
日本政府が今年4月、スイス・ジュネーブで2015年の核拡散防止条約(NPT)
再検討会議に向けた第2回準備委員会が開催され、南アフリカ共和国が
「核兵器の人道的影響に関する共同声明」を発表し、「広島、長崎への原爆投下
や核実験に依って、甚大な被害が齎された」「如何なる状況下でも、核兵器が
再び使用されないことが、人類生存の利益になる」「核兵器が再び使われない
ことを保証する唯一の手段は核廃絶である」と訴えたが、この共同声明に
賛同しなかったことを「被爆国としての原点に反する」として批判した。

田上市長は、「世界の期待を裏切った」「核兵器の使用を状況によっては認める
姿勢を示した」と述べ、日本政府に「被爆国としての原点に返ること」と、
核廃絶にリーダーシップを発揮するよう求めた。
また、原子力発電の技術を輸出する為、NPT未加盟のインドと原子力協定の
交渉を再開したことに就いても、「NPTを形骸化し、NPTを脱退し、核保有を
目指す北朝鮮などの動きを正当化する口実を与える」と批判した。


安倍総理 長崎1


田上市長の言う、「被爆国としての原点」とは一体、何ぞや。
田上市長はその長崎市長平和宣言の中で、先ず「68年前の今日、この町の上空に
アメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました」と述べた後、一転させて、
「この惨い兵器を作ったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったの
も人間です。核実験を繰り返し、地球を汚染し続けているのも人間です。
人間はこれまで数々の過ちを犯してきました」と述べた。

アメリカの爆撃機が原子爆弾を投下したのであるから、アメリカ人が作った
ものを敢えて「人間が作った。人間が使った」と言うのであるから、文明論でも
ぶち上げるのかと思いきや、何のことはない、「日本政府に、被爆国としての
原点に返ることを求めます」と繋げた。

南アフリカ共和国の提案した「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に
署名しなかった日本政府を「世界の期待を裏切った」と表現し、このことは、
「二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に
反する」と述べた。

しかし、その「被爆国としての原点」とやらに立った場合、日本が世界で
唯一の被爆国であるからと言って、何故に日本政府が世界人類に対し、
核兵器廃絶の責任だの、使命とやらを負わねばならぬことになるのか。
日本政府の責務は、二度と日本への核攻撃を許さないということであって、
他国民が核攻撃の惨禍を免れるか否かには、日本政府は責任を負ってはいない。


田上市長は、「GHQ民生局の軍人、軍属25人&コミンテルンのスパイ&日本人
売国奴共同制作の即席翻訳占領憲法」である日本国憲法の薄見っともない駄文
である前文を引用し、『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのない
ようにする』という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の
固い決意が込められています」と述べた。
しかし、国民的な議論も経ず、国民投票も行なわれること無く制定され、
施行されてから、現在に至るまで一度たりとも国民に信を問うてはいない、
進駐軍のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が書いたものの翻訳に、
「日本国民の固い決意が込められて」いる道理などないではないか。

日本国憲法前文の「政府の行為に依って…」との表現の意味するところは、
「日本国民が被った戦争の惨禍は、全て日本国政府が国策を誤ったことに
起因する。
日本国政府が悪かったのであって、米国政府は悪くない。 
原子爆弾を投下されたのも、日本国政府の所為であって、米国政府は悪くない。
全ての戦争責任は、日本国政府にある」という、米国の自己正当化の論理なのである。
要するに、田上市長は此処で、「原子爆弾を投下した米国政府の非道を糾弾する
のではなく、原子爆弾を投下されたのは日本政府の所為で、日本政府の責任」
と述べているのも同様で、実はこの論理は「米国の原爆投下容認論」と言えるのである。

これは広島の事例であるが、「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」の説明文に、
「…誤った国策により犠牲となった多くの人々…」
「…その惨禍を二度と繰り返すことがないよう、後代に語り継ぎ…」
という表現がある。
広島でも、「米国に原子爆弾を投下されたのは、日本政府が国策を誤ったから」
という論理で、投下された日本が悪いことになっている「米国の原爆投下容認論」
に凝り固まっているのである。

田上市長が、日本政府のインドとの原子力協定交渉の再開に就いて、批判した件、
「NPTに加盟せず、核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国を
これ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります」
「NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、
朝鮮半島の非核化の妨げにもなります」という論理も、その底流は同じである。
北朝鮮の核武装化は、北朝鮮が批難されるべきことで、日本政府の与り知らぬ
ことである。
「日本政府が悪かったから、米国は原子爆弾を投下した」
「日本政府が悪いから、北朝鮮は核武装化を正当化する」
こんな倒錯した論理ではなく、「原子爆弾を投下した米国が悪い」「核武装化
する北朝鮮が悪い」とストレートに批難すれば良いのである。


田上市長は、「人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、
という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては
認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。
これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての
原点に反します」と日本政府を批判しておきながら、その実、自らが「米国の
原爆投下容認論」を語っていることの矛盾を認識出来ない程に、戦後の日本
国民は、東京裁判史観、自虐史観にその頭脳を侵されているのである。


田上富久長崎市長1


安倍晋三内閣総理大臣も、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での挨拶で、
「私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります。
そのような者として、我々には、確実に、『核兵器のない世界』を実現して行く
責務があります。
その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります」
「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、
核兵器廃絶に、また、世界恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし、
私のご挨拶とします」と述べられたが、日本が世界で唯一の被爆国であるから
と言って、何も日本政府が世界人類に対し、核兵器廃絶の責務を負っている
訳ではないのである。
核兵器廃絶が、核兵器武装国家にしか出来ないことはものの道理である。


安倍総理 長崎2


田上市長はまた、「世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、
その90%以上がアメリカとロシアのものです。
オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に
取り組んで下さい。
『核兵器のない世界』を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき
課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。
核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけに任せるのではなく、
市民社会を構成する私たち一人ひとりにも出来ることがあります」
「我が国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。
非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を
示すものです」
「市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します」と述べた。

非核武装国家の「核兵器廃絶宣言」だの、市民レベルでの「非核都市宣言」だの、
端から核武装していない国家の「宣言」などに実効力などあろうはずがない。
吉本新喜劇の役者さん、池乃めだかさんには、喧嘩でボコボコにやられた後、
散々な目に遭って、負けた側であるはずの池乃めだかさんが、「よっしゃ、
今日はこれ位にしといたるわ」と捨て台詞を吐く面白いギャグがあるが、
それと似たようなものである。

日本国は将来に亘って、非核三原則を国是とし、「GHQ民生局の軍人、軍属
25人&コミンテルンのスパイ&日本人売国奴共同制作の即席翻訳占領憲法」
である日本国憲法も後生大事に一言一句、手を付けることはないであろう。

核兵器に依る報復攻撃手段を持たぬ国家は、核攻撃を誘発する。
核兵器に依る報復攻撃手段を持たぬ日本は、相手国に核攻撃を躊躇わせる
ことはない。
日本はいつの日か、『公正と信義を信頼出来る、平和を愛する国民を有する』と、
日本国憲法前文がほざく周辺国家から、核攻撃を受けることになる。
生き残った日本国民が居たとするならば、その時、その人は「国策を誤った
日本政府の所為だ」と嘆くのである。





「被爆国としての原点に返れ」と言うならば、極東国際軍事裁判で倒錯した
自虐史観に依るのではなく、昭和20年8月10日、日本政府がスイス政府を
通じ、米国政府に差し出した「米国の新型爆弾による攻撃に対する抗議文」に
立ち返ることこそが、日本国民としての核兵器批判の原点に帰ることと言える
のではなかろうか。



「米国の新型爆弾に依る攻撃に対する抗議文」 (文責在詠山史純)

本月六日、米国航空機は広島市の市街地区に対し、新型爆弾を投下し、
瞬時にして、多数の市民を殺傷し、同市の大半を潰滅せしめたり。

広島市は何ら特殊の軍事的防衛乃至施設を施し居らざる普通の一地方都市にして、
同市全体として一つの軍事目標たるの性質を有するものに非ず。
本件爆撃に関する声明に於いて、米国大統領トルーマンは、我らは船渠
(せんきょ)、工場、及び交通施設を破壊すべしと言いおるも、本件爆弾は
落下傘を付して投下せられ、空中に於いて炸裂し、極めて広き範囲に破壊的
効力を及ぼすものなるを以つて、これに依る攻撃の効果を右の如き特定目標に
限定することは、物理的に全然不可能なこと明瞭にして、右の如き本件爆弾の
性能については米国側に於いても既にに承知しおるところなり。

また、実際の被害状況に徴するも、被害地域は広範囲に亘り、右地域内に
あるものは交戦者、非交戦者の別なく、また男女老幼を問わず、全て爆風、
及び幅射熱に依り、無差別に殺傷せられ、その被害範囲の一般的にして、
かつ甚大なるのみならず、個々の傷害状況より見るも未だ見ざる惨憺なるもの
と言ふべきなり。

抑々(そもそも)交戦者は害敵手段の選択に就き、無制限の権利を有するもの
に非ざること、及び不必要の苦痛を与うべき兵器、投射物、その他の物質を
使用すべからざることは、戦時国際法の根本原則にして、それぞれ陸戦の法規
慣例に関する条約付属書、陸戦の法規慣例に関する規則第22条、及び第23条
(ホ)号に明定せらるるところなり。

米国政府は今次世界の戦乱勃発以来、再三に亘り、毒ガス乃至その他の
非人道的戦争方法の使用は、文明社会の世論に依り不法とせられをれりとし、
相手国側に於いて、先ずこれを使用せざる限り、これを使用することなかる
べき旨声明したるが、米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別
かつ惨虐性に於いて、従来かかる性能を有するが故に、使用を禁止せられおる
毒ガス、その他の兵器を遥かに凌駕しおれり。
米国は国際法、及び人道の根本原則を無視して、既に広範囲に亘り、帝国の
諸都市に対して、無差別爆撃を実施し来り、多数の老幼婦女子を殺傷し神社、
仏閣、学校、病院、一般民衆などを倒壊、または焼失せしめたり。

しかして、今や新奇にして、かつ従来の如何なる兵器、投射物にも比し得ざる
無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは、人類文化に対する新たなる罪悪なり。
帝国政府はここに自らの名に於いて、かつまた全人類および文明の名に於いて、
米国政府を糾弾すると共に、即時かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきこと
を厳重に要求す。





スポンサーサイト

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2013/08/11 05:16 | 歴史随想COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

己の腐った根性、穢れた御魂が嫌にならないのか?

「通りすがり」と名乗る者に、碌な奴は居らん。
「文は人なり」と言う。
貴様は相当に根性の腐った男のようであるな。
己の腐った根性、穢れた御魂が嫌にならないのか?

人様の記述を批難する以上、正々堂々と丁寧に立論せい。
まともな日本語文章は書けないのか?
せめて、句読点くらいは書け。

No:120 2013/08/18 14:40 | 詠山 史純 #- URL [ 編集 ]

幼稚な熱弁ってやつですね
頭カチンコチンですよ

No:119 2013/08/18 14:14 | 通りすがり #- URL [ 編集 ]

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |