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非難を浴びる「外人は来て欲しくない」との発言…伊勢内宮前おかげ横丁の持て成しの心

 2013-11-28
非難を浴びる「外人は来て欲しくない」との発言

…伊勢内宮前おかげ横丁の持て成しの心

                                  …参拝客と観光客


老舗和菓子製造販売「赤福」の前社長浜田益嗣氏(76歳)が11月26日、
三重県津市で開催された、地域活性化をテーマにしたフォーラムの対談で、
「(おかげ横丁に)外人は来て欲しくない。居たら、おかしいでしょ。
来ないでくれとは言えないが、英語の表記をするような気遣いはしない」と
発言したことが差別だの、偏見だのと非難の的となっている。
浜田氏は、「伊勢は日本人の心の故郷で、日本の方々に喜んで貰う街を作りたい
という意味の発言だった。外国人への偏見ではない」と弁明のコメントを発した。

おかげ横丁は平成5年にオープンし、江戸末期から明治初期の風情をテーマに、
伊勢路の代表的な建築物を移築、復元し、当時の街並みを再現している。
20棟の建物には、伊勢路の老舗31店が出店し、大いに賑わいを見せている。
おかげ座では、江戸時代、当時の人口の2割もの人々が全国からお伊勢さんへ、
お伊勢さんへと、思慕の念を滾らせて参詣に訪れた「おかげ参り」の様子が、
36台の映写機で映し出されている。


おかげ横丁1


ツイッターでも、当該発言に対する小賢しい非難の数々が湧き上がっているが、
その批判者の内のどれ程が神徒で、古来、伊勢神宮が大和民族の神徒にとって、
如何に至高至貴の聖域であるかを認識した上で、発言しているのであろうか。
神徒にとって、神域は本来、第一義が参拝の対象であって、参詣に伴う観光は
二義的な楽しみである。
「外国人に伊勢神宮の歴史や日本の文化を知って貰いたい」として、当該発言
を批判している人もいるが、そもそも、その批判者自身が神宮の何たるか、
神道の何たるかを充分に認識しているとも思えない。

お伊勢さんの門前町で働く昔気質の人であれば、「観光客」を持て成すという
意識よりも、「参拝客」を持て成すという意識の方が遥かに強いのではなかろうか。
「外人は来て欲しくない」「(外人が)居たら、おかしい」という心情は、
神徒である私には共感を持って、良く理解出来る。
但し、本音は正論であっても、人前で発言すべきでなかったことは確かである。

神宮の宮域は約5,500ヘクタール(5,500町歩)の広さで、伊勢市の約3分の1を占める。
それだけに、伊勢市は外国人観光客誘致活動に熱心に取り組んでいるようで、
外国人観光客を持て成す為に、飲食店や土産物店の経営者向けに英会話の研修会
を開催するなどしているという。
去る10月、内宮と外宮では、式年遷宮の「遷御の儀」が行われ、今年の参拝者
は1,000万人を突破しているとのこと。
伊勢市としては、金を使ってくれるのが参拝客であろうが、観光客であろうが、
どうでも良いことなのである。


おかげ横丁2


日本人は昔から、宗教的に甚だ鷹揚なところがある。
一口に「神社」と言っても、その発祥の経緯は千差万別、様々有り、そもそも
ご祭神が天津神系なのか、国津神系なのか、その中でも、伊勢信仰や出雲信仰、
八幡信仰、天神信仰、稲荷信仰、熊野信仰、諏訪信仰等々の相違が有り、各々
の神社で、その歴史的な経緯が大いに異なる訳であるが、そういうことには
余り拘らないことから、参拝する神社のご祭神のご神名に就いてさえ無頓着で
あったようである。
現代の伊勢神宮の参拝者の中にもきっと、正式名称は単に「神宮」であり、
神宮が国家の宗廟であり、皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)に二宮から
成っていて、内宮の主祭神は天照坐皇大御神(アマテラシマススメオオミカミ)、
外宮の主祭神は豊受大御神(トヨウケオオミカミ)であることさえご存じない
人がいるに違いない。

古来、日本人がご祭神のご神名を殊更気に掛けない傾向があったというのは、
八百万(やおよろず)の神々がいらっしゃるのは極々当たり前のことであり、
そもそも神なるものの存在を「信じる」とか、「信じない」とかいう概念自体が
希薄なのであろうと思われる。
そうであるから、教派神道の信者は別としても、神社参拝に訪れる人々の殆ど
は、自分を殊更「神道の信者」であるなどとは考えてもいないに違いない。

神社さんの側も、懐の深い大らかさを持っていて、参拝者がご祭神を「信じる」
「信じない」という概念自体が希薄なのである。
神社の境内は、神が宿る場所(依り代《よりしろ》)としての神域(しんいき)
であるが、大方の神社では境内を広く開放しているものである。
何れの宗教であれ、その教団の宗教施設というものはその宗教の「信者」の為
のものであり、「信者でない者」を排除するのが普通のことである。
しかし、神社の場合は、訪れる人が神道を「信じる者」であるのか、「信じて
いない者」なのか、仏教徒なのか、キリスト教徒なのか、イスラム教徒なのか、
などということは、一向に拘らない。


お伊勢さん1


東京の渋谷区代々木に「明治天皇」様と「昭憲皇太后」様をご祭神とする
明治神宮が鎮座している。
大正8年(1919年)に、「明治神宮への参道」として整備された大通りが表参道で、
青山通りから明治神宮の神宮橋交差点に至るオシャレな通りである。
クリスマスの時期には、「表参道イルミネーション」と称するイベントが行われ、
約1kmの欅並木を光のオブジェが美しく飾る。
「神社への参道」を、イエス・キリストの生誕を祝うクリスマスのイベントとして、
通りをイルミネーションで飾るのは奇妙な話であるが、やれ神道だ、やれ仏教だ、
キリスト教だのと、誰も目くじら立てて問題視しないし、明治神宮さんも文句を
言わないという、日本人の宗教的な鷹揚さ、寛大さは桁外れである。

そうした弛緩した宗教風土を背景にした、老舗経営者の発言である。
彼には、伊勢内宮前おかげ横丁が観光の街ではなく、伊勢信仰の街で
在り続けたいという一念があるのではなかろうか。


参拝 お伊勢さん




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