靖国神社四方山話③ …日本人であるならば、「戦犯」と呼ぶ勿れ!

 2013-12-29
靖国神社四方山話③ 
…日本人であるならば、「戦犯」と呼ぶ勿れ!


戦勝国側の呼称「戦犯」という汚名は、
60年前に抹消されているのである。



日本国内閣総理大臣の靖国神社参拝を非難する理由として、中国政府や
韓国政府は、いわゆる「A級戦犯」が合祀されていることを挙げるが、
時系列を辿れば、それは単なる外交カードにする口実に過ぎず、全くの詭弁
であることは明々白々である。

安倍晋三総理大臣は2月7日の衆議院予算委員会で、靖国神社参拝に就いて
「第1次安倍内閣に於いて、参拝出来なかったことは痛恨の極み」と述べ、
4月24日の参議院予算委員会では、安倍内閣の閣僚の靖国神社参拝に、
中国や韓国が反発していることに対し、「国の為に尊い命を落とした英霊に、
尊崇の念を表するのは当たり前。我が閣僚はどんな脅かしにも屈しない。
その自由は確保している。当然だろう」と述べられた。

また、韓国が靖国神社参拝に言い掛かりを付けていることに就いて、
「靖国神社参拝の抗議を始めたのは、盧武鉉政権時代が顕著になったが、
それ以前は殆ど無い。何故、急に態度が変わったかも調べる必要がある」
中国に対しても、「いわゆるA級戦犯が合祀された際、時の首相の参拝に
抗議せず、ある日突然抗議をし始めた」
「歴史や伝統の上に立った、私たちの誇りを守ることも私の仕事だ。
それを削れば、(中国や韓国との)関係が上手く行くとの考えは間違っている」
と述べられた。

極東国際軍事裁判所条例に於ける、A級B級C級戦争犯罪の相違さえ認識して
いない癖して、政府の煽動通りに能書きを垂れ、馬鹿踊りに狂奔する支那人やら、
朝鮮人やらの戯言なんぞは完全に黙殺するが良い。
可愛い音頭取り

脱亜細亜



      


私が問題視するのは、日本人でありながら、大日本帝国の戦争責任者たちが
戦勝国に押し付けられた「戦争犯罪人」という不当な汚名を好んで使い続ける、
大勢の獅子身中の虫どもが蠢いていることである。
曰く、靖国神社のご祭神に「A級戦犯」刑死者7人が合祀されている云々と。
「敗戦国日本の戦争犯罪」、「日本の戦争犯罪人」とは、戦勝国側の概念であり、
呼称に過ぎないのである。
戦勝国側から戦争犯罪人の汚名を着せられ、処刑された同胞が国内法に於いて、
犯罪者であろうはずがない。
彼らは日本人にとっては、敬意を払うべき、国家に殉じた尊い殉死者である。

昭和16年(1941年)、日米開戦の仕掛け人は、アメリカ合衆国第32代大統領
フランクリン・デラノ・ルーズベルト(1933年-1945年)である。
彼こそが、真の超A級戦争犯罪人なのである。
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-284.html


明治大帝の御製 靖国神社
明治大帝御製


大日本帝国は昭和20年(1945年)8月14日午後11時、ポツダム宣言受諾を
連合国に通達して、事実上の無条件降伏をした。

終戦後、敗戦国日本は極東国際軍事裁判(東京裁判)に於いて、極東国際軍事
裁判所条例という、国際法で認められない事後法に依って裁かれ、また国内外
で、地域限定の戦争犯罪人として、多くの旧日本軍兵士が軍事裁判で裁かれた。
国内外で、戦争犯罪人として落命された人々は獄中死も含み、1068人にも上る。


極東国際軍事裁判所条例に於ける、A級B級C級戦争犯罪という戦争犯罪類型
は、単なる分類であって、戦争犯罪の軽重を意味している訳ではない。
本来ならば、A類B類C類と呼称すべき類のものである。

A級戦争犯罪とは、「平和に対する罪」(Crimes against Peace) であり、
東京の極東国際軍事裁判所(市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂)で審理された。
B級戦争犯罪とは、「通例の戦争犯罪」( Conventional War Crimes) であり、
戦時国際法に於ける交戦法規違反行為を意味し、戦場地域の各国に於いて、
審理された。
C級戦争犯罪とは、「人道に対する罪」( Crimes against Humanity) であり、
日本に対しては殆ど適用されなかったとは言え、現実には、「捕虜虐待の指揮、
監督当たった士官など」をB級、そして、「直接捕虜を取り扱い、虐待の命令を
具体的に実行した、主に下士官、兵士、軍属」がC級として、処断された。


サンフランシスコ講和条約500


昭和26年(1951年)9月署名、11月批准、昭和27年4月28日に発効した
サンフランシスコ講和条約に依って、連合国は日本の主権を承認し、国際法上、
正式に日本と連合国間の戦争状態が終結した。
日本が主権を回復した、昭和27年から28年に掛けて、戦犯の釈放を求める声
が高まり、全国的規模で一斉に「戦争受刑者の助命、減刑、内地送還嘆願」の
署名運動が始められ、戦争受刑者釈放運動が巻き起こったという。
日本の人口が約8500万であった当時、その署名数は、地方自治体に依るもの
約2000万、各種団体に依るもの約2000万、合計約4000万にも達したという。

国会では、
●「戦犯在所者の釈放等に関する決議」 昭和27年(1952年)
  6月9日 第13回国会参議院本会議 第49号
●「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」 昭和27年(1952年)
  12月9日 第15回国会 衆議院本会議 第11号
●「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」 昭和28年(1953年)
  8月3日 第16回国会 衆議院本会議  第35号
●「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」 昭和30年(1955年)
  7月19日 第22回国会衆議院本会議 第43号
が可決されている。

国会で正式に、ABC級戦犯は法的には戦死者や戦場に於ける病死者同様、
国家の為に犠牲となった殉死者であり、公務死(戸籍記載は法務死)である
と決議された結果、公文書からも「戦犯刑死」という文字は削除され、
日本から「戦犯」という言葉は消えたのである。


国会の決議は、廃案が公布されない限りに於いて、恒久的な拘束力を持つ。
戦犯発言をする国会議員は、国会決議違反を犯していることになるのである。


戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議 
…昭和27年(1952年)12月の国会決議
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-363.html

戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議
…昭和28年(1953年)の国会決議
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/blog-entry-364.html


戦犯釈放


更に、昭和31年(1956年)にはサンフランシスコ講和条約第11条
「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争
犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの
法廷が課した刑を執行するものとする。
これらの拘禁されている物を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、
各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く
場合の外、行使することができない。
極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に
代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、
行使することができない」に基づき、関係各国11カ国の同意を得て、
A級戦犯は赦免された。
この時点に於いて、国際的にも総べての戦犯が赦免されているのである。


日本人ならば、「戦犯」と呼ぶ勿れ。
戦勝国側の呼称「戦犯」という汚名は、60年前に抹消されているのである。

安倍晋三総理が「いわゆるA級戦犯」と、「A級戦犯」の語に必ず「いわゆる」
の語を付すのは、以上のことを踏まえてのことであるに相違ない。



陸軍特攻誠第119飛行隊
陸軍特攻 誠第119飛行隊の遺影。 台湾桃園航空基地にて。 
昭和20年4月22日午前8時半頃、出撃1時間半前の写真。
少年飛行兵出身14名の搭乗員達。
特攻散華を目前にしていながら、護国の覚悟に輝くばかりの笑顔を見せる、
18歳から19歳の天晴れな日本男児達。 泣きまくり


(西村真悟衆議院議員のHP依り、拝借)


岩手県北上市展勝地
岩手県北上市展勝地の見事な桜並木 愛おしいなぁ


少なくとも江戸時代からの日本人の子孫である大和系日本人であるならば、
偽論である東京裁判史観、自虐史観に惑わされることなく、先祖への尊崇の念と
祖国への愛念を胸に抱きつつ、真摯に正視眼的に祖国の近現代の歴史的事実に
向き合うべきではないのか。





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