華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 靖国神社四方山話⑥ …神道の一神教化志向

靖国神社四方山話⑥ …神道の一神教化志向

靖国神社四方山話⑥ …神道の一神教化志向

…明治政府の神道政策


我々の祖先は太古の昔、自然界の山や川、空、海、森、動物など、物皆全てに
霊性を認め、畏敬と感謝の念を抱きつつ、接したことであろうと想像される。
神道はこのような、我々の祖先の自然観や人間観、神祇観などに基づき、
生活文化の中から自然成立し、変遷して来た信仰であり、八百万(やおよろず)
と言われるほどに、多くの神々を信仰の対象としている多神教的な宗教である。

明治新政府は我が国を近代国家、国民国家にする為に、西欧の精神原理である
キリスト教に対応する精神的な機軸として、万世一系の天皇の神聖性と権威を対置し、
維新政府樹立直後には、神道を国家統合の精神とすることを目論むも、
やがて、「神道は宗教ではなく、治教である」「神社神道は宗教ではなく、
国家祭祀である」として、神道から祭祀のみを分離し、神社信仰という宗教性
を神社神道から完全に切り離した。
神社神道は宗教的に形骸化され、「非宗教の神社神道」=「天皇を中心とした、
記紀神話を基にする制度的な体系」=「いわゆる国家神道という祭祀体系」が
人為的に創作された。
こうして、伝統的な神道とは全く別物で、特異な観念体系、祭祀体系が構築
されたのである。


明治大帝 東京行幸A
明治天皇の東京行幸(中央の鳳輦内に明治天皇)
聖徳記念絵画館壁画「東京御着輦」(小堀鞆音画)
明治元年10月13日(1868年11月26日)皇居二重橋


天皇と神道との関係が論理的に再構築され、「神道の一神教化」が志向された。
記紀神話で天皇の祖神とされる、天照大御神を祀る伊勢神宮が最高位に就けられ、
神宮の祭祀を国家祭祀として、重要視することになった。
そして、伊勢神宮を頂点とする、全国の神社の体系化が行なわれた。
明治政府は、「延喜式内社」などの記録にある神社の国家管理体制を参考に、
全ての神社の社格(神社の位階)を制定し、官社としては官幣社と国幣社
(それぞれを更に大社、中社、小社に分類)、諸社としては府社、県社、郷社、
村社、無格社とランクを定めた。





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テーマ : 宗教・信仰 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2014/01/03 06:07 | 歴史随想COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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