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神々に捧げる言葉②…祓詞(はらえのことば)

 2014-01-07
神々に捧げる言葉②…祓詞(はらえのことば)

…神道では古来、清浄を重んじる




神道では古来、清浄であることを何よりも重んじ、心身の不浄を取り除き、
清浄を図る為に、「禊祓え(みそぎはらえ)」という方法が取られて来た。
「禊(ミソギ)」は「身削ぎ(ミソギ)」の意で、「禊祓え」は、「自分の身の
ケガレ」は削いで除き清め、「心のケガレ」は祓い落とすこととされている。

神の分霊(ワケミタマ)である我々の心と身体を、本来の「清く正しく輝く」状態に
戻したいという願いである。
身の穢れ、心の穢れ、魂の穢れを祓うことは、神へのお祈りの前提条件である。
神社参拝に当たっては、社頭の手水舎(てみずや)で水盤の水を柄杓で掬い、
手を洗い、口を濯ぎ、宗教的に身を清めてから、ご神前に進む。
日本人は古来、水にはあらゆる穢れを浄化する力があると信じて来たのである。
※「手水舎」は「ちょうずや」とも、「おみずや」とも呼ぶ。

そして、ご神前で「祓へ給ひ 清め給へ」と「祓詞(はらえことば)」を唱え、
祓い清めて頂いてから、お祈りを奏上する。


「祓詞」に描かれている、日本神話の中でのイザナギノミコトの禊祓えは、
死んでしまった妻のイザナミノミコトを訪ね、黄泉の国に行くと、妻の身体は
既に腐っていて、蛆虫が集り、すっかり黄泉の国の住人になってしまっていた。
死の国の穢れに触れてしまったイザナギノミコトは急いで逃げ帰り、筑紫の
日向の橘の小戸の阿波岐原の河原の流水で禊祓えをして、身を清めたとされる。
その禊祓えで、イザナギノミコトは、最高神である三貴神を産むことが出来た。
左目を洗った時に天照大御神(アマテラスオオミカミ)が産まれ、右目を
洗った時に月読命(ツクヨミノミコト)が産まれ、鼻を洗った時に須佐之男命
(スサノオノミコト)が産まれたとされる。


手水舎 神宮450


祓詞(はらえのことば)


掛けまくも畏き 伊邪那岐大神。
かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
つくしの ひむかの たちばなの おどの あわぎがはらに

御禊祓へ給ひし時に 生坐せる祓戸の大神等。
みそぎはらエたまイしときに なりませる はらえどのおおかみたち。

諸々の禍事 罪 穢有らむをば
もろもろのまがごと つみ けがれ あらんをば

祓へ給ひ 清め給へと白す事を 聞こし食せと
はらエたまイ きよめたまエと まをすことを きこしめせと

恐み恐みも白す。
かしこみ かしこみもまをす。
(文責在詠山史純)

(現代語訳)
お名前を口に出して、申し上げるのも恐れ多いイザナギの大神が筑紫の
日向の橘の小戸の阿波岐原で、黄泉の国での穢れを禊ぎ祓えされた時に
現われ為さった祓戸の大神たちよ。
色々な悪いことや、罪、穢れなどがありましたら、どうぞお祓い下さい、
お清め下さいとお願い申し上げることを、どうかお聞き届け下さいと
恐れながら、お願い申し上げます。
(文責在詠山史純)


祝詞奏上


※「祓詞」を簡略化した「略拝詞(りゃくはいし)」がある。

「略拝詞」
祓へ給へ。 清め給へ。
はらえたまえ きよめたまえ
(文責在詠山史純)





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