華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 占いの歴史夜話②…恋の辻占(つじうら)

占いの歴史夜話②…恋の辻占(つじうら)

占いの歴史夜話② 

               …恋の辻占(つじうら)


占いは本来、様々な形態で定められた一定の作法に則って、将来に何が起こる
のか、その吉凶や、望んでいることの是非など、人知の及ばぬことを予め知り
たいと願い、期待と不安を込めて、真摯に「ご神意を問う」行為である。
奈良時代の古典「万葉集」には、辻占(つじうら)、石占(いしうら)などの
卜占(ぼくせん)の記述があり、古代の日本人が日常生活の中でごく当たり前に
占いを行っていたことが窺い知れる。

「辻占」というのは、夕方の時間帯、辻(交差点)に立って、通りすがりの
通行人たちが交わしている会話の内容を元に占うという占い方法であった。
この占いが「辻占」と呼ばれるようになったのは室町時代以降とのことで、
それ以前は夕刻に占いが行われたことから「夕占(ゆうけ)」と呼ばれていた。

古代の日本人はどうやら、人の棲む現実の世界と人知の及ばない聖なる世界、
それは畏怖すべき、不気味な異界とも感じられたであろうが、その、あちらの
世界とこちらの世界の境界というものを意識して暮らしていたようなのである。
「辻」や「橋」「門」などを、あの世とこの世との境界、異界の出入り口と捉え、
時間的には、異界の神霊や悪霊の類いは夜に活動するものと考えられ、昼と夜の
境である夕方には、神霊が異界との境界近くに現われ、神霊の言葉、つまり
神霊の託宣が、通行人の声を借りて告げられるので、それを聞くことに依って、
未来を予知出来ると信じていたようなのだ。
特に、橋のたもとに立って占うのは、「橋占(はしうら)」と言った。
京都の一条堀川の戻橋は「橋占」の名所であったとして、有名である。

「夕占」は午後6時前後の時間帯に行われたようで、三組目に通った人たちの
会話から聞こえて来た内容や、聞き取れた言葉の一部、おそらくはその人たち
の外見や印象、醸し出す雰囲気なども含めて、占いの対象とした主題への答え
を求めて、主観的に総合判断が為されたのではなかろうか。

第2記事1
By StewBL@ck  GATAG様 フリー画像・写真素材集1.0より、拝借。


■万葉集 巻第四「相聞」 
大伴家持(おおとものやかもち)、坂上大嬢に和(こた)える歌一首

「月夜には 門に出で立ち 夕占問ひ 足卜をぞせし 行かまくを欲り」

つくよには かどにいでたち ゆふけとひ あしうらをぞせし ゆかまくをほり

【意訳】
「月の照る晩には、門を出て佇み、夕方の占いをしたり、足占いをして、
 願掛けしたことだ。あなたの許に行きたいと思って」
(736)
(文責在詠山史純)

※ 「足卜」「足占」(あしうら)
 足占いというものが、どのように足を使って占った占い方法だったのか、
 確たる記録が発見されていないので、残念ながら定かでない。
 ただ、単純な発想に基づいていたと考えられることから想像するに、花弁を  
 一枚一枚取りながら、「好き、嫌い」と花占いをするように、あそこ迄と歩く
 目標の位置を決めて、左右の足を踏み出す度に一歩一歩、「会える、会えない」
 とか「成る」「成らない」など、吉凶の言葉を交互に繰り返しながら、到達
 した時の足の左右で物事を判断したのではなかろうかと想像されもする。
 しかし、古代日本人の豊かな感性からすると、もっと五感を働かせた別の
 意外な方法、例えば、歩いた時に発する「音」がどの様に聞こえるかなど
 で判断した占い方法であったかも知れない。


第2記事2
By Tambako the Jaguar    GATAG様 フリー画像・写真素材集1.0より、拝借。


■万葉集 巻第十一「物に寄せて思を陳(=述《の》)ぶ」(詠み人知らず)

「あはなくに夕占を問ふと幣(ぬさ)に置くに わが衣手は又ぞ継ぐべき」

あはなくに ゆふけをとふと ぬさにおくに わがころもでは またぞつぐべき

【意訳】
「逢えもしないのに、懲りずに逢えるだろうかと夕方の占いをする度に、
 衣の袖を幣として供えるので、その代わりの袖をまた接ぐことになるだろう」
(2625)
(文責在詠山史純)

※「幣(ぬさ)」とは、神前に供える布のこと。
 辻占を問う時の作法として、自分の衣の片袖を裁断して、神に捧げる風習が
 あったという。

第2記事3
By alpha du centaure    
GATAG様 フリー画像・写真素材集1.0より、拝借。


■万葉集 巻第十一 「物に寄せて思を陳(=述《の》)ぶ」(詠み人知らず)

「言霊の八十の衢(ちまた)に夕占問ふ 占まさに告る妹(いも)は相寄らむ」

ことだまの やそのちまたに ゆふけとふ うらまさにのる いもはあひよらむ

【意訳】
「辻で夕方の占いをしたところ、彼女はなびいて、寄って来るでろうとの
 お告げがあった」
(2506)
(文責在詠山史純)

※「八十の衢(やそのちまた)」とは、辻のこと。
※男性も夕占をしていたことの証となる。






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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

2016/11/18 00:56 | 占いの歴史COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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