華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 占いの歴史夜話⑤…橋占(はしうら)と朝占(あさけ)

占いの歴史夜話⑤…橋占(はしうら)と朝占(あさけ)

占いの歴史夜話⑤ 

…橋占(はしうら)と朝占(あさけ)



夕方の時刻、人の姿がはっきり見えない時間帯に、人通りのある辻(交差点)
に立って、三組目に通りすがった通行人たちの交わしている会話に聞き耳を
立て、聞こえて来た内容や言葉を元に占うのを夕占(ゆうけ)と言う。

この夕占を辻ではなく、橋のたもとに立って占うのを「橋占(はしうら)」と
言って、京都市上京区の堀川に架けられている一条通の戻橋(もどりばし)が
橋占の名所として有名であった。
この一条戻橋(いちじょうもどりばし)の近くには、1000年前に天文陰陽博士
(てんもん・おんみょうはかせ)として活躍した、陰陽師(おんみょうじ)
安倍晴明(あべのせいめい)の屋敷があったことでも有名で、その屋敷跡には、
安倍晴明公を祀る晴明神社(せいめいじんじゃ)が建立されている。
陰陽師が使役する鬼神を「式神(しきがみ)」と言うが、晴明は式神として
使役していた「十二神将(じゅうにしんしょう)」を一条戻橋の下に隠して
おいて、必要な時に呼び出していたという伝説が残っている。
夢枕獏氏の伝奇小説「陰陽師」がベストセラーになったことで、安倍晴明の
一大ブームが巻き起こり、漫画化、舞台化されたり、映画化もされた。


第5記事1
茨城県筑西市役所のHPより、平安時代の陰陽師(おんみょうじ)で、
天文博士でもあった安倍晴明の画像を拝借。



安倍晴明には、見鬼(けんき)の才があったと言われる。
「見鬼」というのは、鬼や霊や物の怪(もののけ)が見えてしまう霊能力の
ことで、晴明の物語には京都の夜の街に出没する百鬼夜行(ひゃっきやこう)
が描かれている。
「百鬼夜行」というのは、鬼や悪霊の類いが夜中に行列を成して出歩くこと。
古代の日本人は現代人よりも遥かに、「この世」と「あの世」、「人の住む現実
の世界」と「人知の及ばない神霊や悪霊の類いが棲む異界」というものの存在
を強く意識していたようで、神霊や悪霊はこの世とあの世の境界を行き来して
いると考えられていたようである。
そして、「辻」や「橋」があの世とこの世の出入り口で、異界の神霊や悪霊は
夜に活動することから、昼と夜の境である夕方には「辻」や「橋」を出入り
すると考えたのである。
漆黒の闇に包まれる夜に、古代の人々が感じた不気味さや恐怖の甚だしさは、
現代人には計り知れないものがある。


第5記事2


夕占をする時刻は人の姿がはっきり見えない時間帯と書いたが、厳密に言えば、
その時間帯であれば、神霊が通る出入り口である辻や橋の近辺には異界から
現われた神霊がいるはずで、通行人の言葉を借りた神霊の言葉が告げられると
信じられていたようなのである。

神霊が「あの世」と「この世」を行き来するタイミングを計らうのであるから、
夕方とは逆に朝方、神霊が「この世」から「あの世」に帰る時間帯には、
やはり辻や橋の近くに現われるはずということで、朝方の人の姿がはっきり
しない時間帯に占う「朝占(あさけ)」もあったようである。


第5記事3




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2016/11/19 23:08 | 占いの歴史COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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