スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

占いの歴史夜話⑦…謎の水占(みなうら)

 2016-11-21
占いの歴史夜話⑦ 

               …謎の水占(みなうら)


万葉集 巻十七(4028) 大伴家持(718年?‐785年)
鳳至郡(ふげしのこほり)饒石川(にぎしがは)を渡りし時作れる歌一首

「妹に逢はず 久しくなりぬ 饒石川 清き瀬ごとに 水占延へてな」

「いもにあはず ひさしくなりぬ にぎしがは きよきせごとに みなうらはへてな」

【原文】
伊母尓安波受 比左思久奈里奴 尓藝之河波 伎欲吉瀬其登尓 美奈宇良波倍弖奈

【通解】
妻(or彼女)に会わずに随分と長い月日が経ったが、
(無事に過ごしているだろうか)or(いつになったら、彼女に会えるだろうか)
饒石川(にぎしがわ※現在の仁岸川)の清らかな瀬(流れが浅く、歩いて渡れる
浅瀬)という瀬に降り立って、水占いをしてみたい。
(文責在詠山史純)


因みに、いも(妹)は、妻や愛人女性、或いは姉妹に親愛の情を込めて言う言葉で、
この歌の「妹」は、越中に赴任した大伴家持が京に残して来た妻の大伴坂上大嬢
(おおとものさかのうえのおおいらつめ)を指すというのが通説であるが、家持は
プレーボーイであったとも言われるところから、愛人を想って詠ったものである
かも知れない。

第7記事3
「フリー素材タウン」様より、清流のフリー写真№39を拝借。


この「水占」がどのような方法で行われたものなのか、明確な証拠が無いので、
分からないのであるが、殆ど唯一の見解として、江戸時代の国学者伴信友
(1773年‐1846年)の著書「正卜考(セイボクコウ)」に、「『延へ(はえ)』と
あることから、縄のような物を使用したのであろう」との記述がある。


「清き瀬ごとに」とあることから、「水占」が浅瀬で行われたであろうことが
想像される。(尤も、「瀬」には、川の流れの急な所という意味もあるのだが)
そして、「延(は)へ」は「延ふ」の連用形で、「長く延ばす」「張り渡す」という
意味であることから、「水占延へ」の句は、川などの流水に紐の類を長く延ばして、
浮かべるという意味に解釈出来る。

そうであれば、川の流れに漂わせた紐の類いが、滞り無く流れるかどうかなどの
様子を見るか、或いは、川の流れの中に紐の類を張って、それに引っ掛かる物や、
その数などに依って、吉凶を占ったものではなかろうかと想像される。


第7記事1
「まちふぉと」様のフリー写真素材「水しぶき」を拝借。


「延(は)ふ」の意味を「相手に自分の気持ちを届ける」と捉え、「このように
自分は水占いをしてまで、貴女の安否を気遣っていることを分かって欲しい」と
解釈する説もある。
この場合、「延ふ」が掛詞でない限り、「長く延ばす」という意味ではないことに
なり、「紐の類」を用いたのではないかという推定の根拠には成り得ない。

そうとなると、他に考えられる方法として、例えば、
● 石を投げ入れて、その様子で判断をする
● 水の中に何かを沈めて、その沈み具合で判断する
● 川底の石を踏んで、その様子で判断をする
● 何らかのことをした結果の、水の濁り具合で判断する
● 水面を水鏡にして、自分か、或いは他のものの像を映して判断する
等々、様々に想像は出来るが、確たる証拠が無い以上、やはり「水占」の方法は
謎のベールに包まれたままである。


第7記事2
「まちふぉと」様のフリー写真素材「落ち葉が描く水面」を拝借。


この「水占」は、能登地方の特殊な習俗であったのではないかとの説がある。
そうであれば、能登の人々が珍しい水占いをしている様子を見て、大伴家持は
興味を惹かれ、自分もしてみたいものだと一首詠ったものとも考えられる。


現代では、水占いと言えば、京都鞍馬の貴船神社が有名である。
「みなうら」ではなくて、「みずうら」と読むが、「水占おみくじ」と言って、
水に浮かべる前には文字は見えないが、境内のご神水に浮かべると、
文字が浮かんで見えて来るおみくじである。


スポンサーサイト
タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://kannoeizan.blog111.fc2.com/tb.php/622-bf27212c
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。