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占いの歴史夜話⑨…陰陽師・津守連通は姦計を廻らせたのか?

 2016-11-23

占いの歴史夜話⑨ 

…陰陽師・津守連通は姦計を廻らせたのか?



万葉集巻第二(109)に、大津皇子(おおつのみこ)の詠んだ生々しい一首がある。
大津皇子(663年-686年)は天武天皇の皇子で、母は天智天皇の皇女大田皇女。

「大津皇子の竊(ひそ)かに石川郎女(いしかわのいらつめ)に
 婚(あ)ひし時、津守連通(つもりの むらじ とおる)、
 その事を占(うら)へ露(あら)はししかば、
 皇子の作りませる御歌一首」

「石川女郎と密かに関係を結んだことが、津守連通の占いで露見した時に、
 大津皇子が詠んだ歌一首」
との詞書(ことばがき)が記されている。


【原文】 「大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之」

【読み】 「大船(おおふね)の 津守(つもり)が占(うら)に 告(の)らむとは
      正(まさ)しに知りて、我が二人宿(ね)し」

【歌意】 「津守の占いで露見するであろうことは、初めから分かっていたさ。
      そんなことは承知の上で、私たち二人は夜を共にしたのだ!」
(文責在詠山史純)

※ 「大船の」は、「津守(船着き場の番人)」の「津(港)」を導く枕詞
 (まくらことば)。
※ 「占(うら)に告(の)らむ」は、「占いの結果を告らむ」と「浦に乗らむ」
 の掛詞(かけことば)になっている。


第9記事1
By rla579
「GATAG」様 フリー画像・写真素材集1.0より、画像を拝借。


天武天皇(631年?-686年)の後継候補の皇子には、大津皇子、草壁皇子
(くさかべのみこ)、高市皇子、忍壁皇子、川島皇子、芝基皇子の六人が居て、
その内の川島皇子と芝基皇子が天智天皇の子、他の四人が天武天皇の子で
あった。
天武天皇の皇后は鵜野讃良皇女(うののささらのひめみこ)で、後の持統天皇
だが、草壁皇子は彼女の実子であり、大津皇子を謀反の嫌疑で抹殺してまで、
草壁皇子を即位させたかったようだ。

681年、天武天皇は当時19歳の草壁皇子を皇太子の座に据え、686年からは、
病に臥せった天武天皇に代わり、鵜野讃良皇后(後の持統天皇)と草壁皇子が
政務を執るようになっていたという。
大津皇子は草壁皇子より1歳年下で、二人の母は姉妹であったから、
従兄弟同士ということになる。
大津皇子は文武に優れ、衆望を担った有能な人物であったとの定評がある。
現存する最古(751年)の日本漢詩集「懐風藻(かいふうそう)」に依れば、
大津皇子は度量広大にして、博識、「詩賦の興りは大津より始まれり」と
評されるほどに漢詩文を得意としたという。
実子である草壁皇子に皇位を継承させたかった鵜野讃良皇后(後の持統天皇)
にしてみれば、皇位継承権を持つ大津皇子のその俊英振りが脅威であったろう
ことは窺い知れる。


第9記事2
天武天皇 持統天皇 大津皇子


万葉集巻第二(107)と(108)に、大津皇子と石川郎女、二人の相聞歌があり、
大津皇子、石川郎女に贈れる御歌一首
「あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我立ち濡れぬ 山のしづくに」とある。
「愛しい貴女を夜通し待っていたら、私はすっかり山の雫に立ち濡れて
 しまったよ。山の雫に」
(文責在詠山史純)


石川郎女、和(こた)へ奉(まつ)れる歌一首
「我(あ)を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを」 
「私のことを待っていらっしゃって、貴方が濡れてしまったという、その山の
 雫になりたかったですわ」とある。
(文責在詠山史純)

このように二人は当時、皇太子の座に在った皇位継承のライバル、草壁皇子の
目を盗み、人目に付かない山中で忍び会わねばならなかったという、三角関係
に在ったことになる。
詞書に「竊=窃(ひそ)かに」とあるが、この「竊かに」という言葉遣いには、
「禁忌を犯す」という、不倫の意味合いが込められていることから、石川郎女
は既に草壁皇子の愛人で、それを大津皇子が奪って恋人にしたということなの
だろうと推察される。
この相聞歌の二首からは、大津皇子が人目を忍んで会いたいと、石川郎女を
山中に誘ったが、彼女は何らかの事情で、会いに行けなかったことが窺える。


草壁皇子も歌を贈っているが、石川郎女から返歌はなかったようである。
万葉集巻第二(110)
日並皇子尊(ひなみしのみこのみこと)=草壁皇子、石川郎女に贈り賜へる
御歌一首
「大名児(おほなこ)を 彼方野邊(をちかたのへ)に 刈る草の 
 束の間も われ忘れめや」
「大名児(石川郎女)を野辺で刈る束の間も私は忘れようか、忘れはしない」
(文責在詠山史純)

石川郎女から草壁皇子への返歌は残されていないが、それでも私が、石川郎女の
草壁皇子愛人説を採るのは、大津皇子と石川郎女が恋愛関係にあることが、
世間的に批難されるべき不倫の関係として扱われた様子であることに依る。


第9記事3
津守氏家系図


問題は、わざわざ二人の秘め事を公に暴露するような占いをしたという陰陽師、
津守連通(つもりのむらじとおる)の存在である。
大津皇子の歌に「…津守(つもり)が占(うら)に 告(の)らむとは…」とある、
その「告らむとは」の「告る」は、「宣(の)る」の意味であり、「言う」の
古語であるが、単に「言う」という意味合いよりも、強い調子のニュアンス
が表現されている。
要するに、津守連通が大津皇子への害意を持って、「占いで見抜いた」として、
二人の不倫関係を世間に暴露したということなのであろう。
それに対して、大津皇子は「津守めが、占いに依って露見したという名目で、
二人の情事を世間に暴露することなど、初めから重々承知の上で、石川郎女を
寝取ってやったのよ!」と毅然たる態度で言い放っているかのような歌を
詠ったのだ。


「続日本紀」に依れば、津守連通は和銅7年(714年)に従五位下、美作守
(みまさかのかみ)を、養老7年(723年)には従五位上の官位を賜わった
陰陽道の達人であったというが、その約30年前の大津皇子在世当時は未だ、
新進気鋭の少壮の身であったことになる。

「津」は「船着場」のことで、「津守」とは「港を管理する役職」との意。
そもそも、津守氏は紀伊国の海神社の家系で、津守連通は「日本書紀」に
神功(じんぐう)皇后に仕えたと記されている津守連(つもりのむらじ)の祖、
田裳見宿禰(たもみのすくね)の10世孫に当たり、当時は摂津国住吉社
(現在の住吉大社)の社家を務めていた。
連(むらじ)とは、古代の姓(かばね)の一つであり、連姓氏族は570余
在ったという。

陰陽道は古代シナの陰陽五行説に基づいて、自然現象を解釈し、人間の営みの
禍福、吉凶を判断する学問であるが、我が国には6世紀頃に伝来したとされる。
陰陽師は古代律令体制下では大層重んじられ、今で言う技官として陰陽寮に
籍を置き、天文学や暦学、地相学、易学、占筮(せんぜい)などを職掌として
仕えていたという。
「陰陽」は本来、「いんよう」「おんよう」であるが、連声化して「おんみょう」
と訓む。


第9記事4
By miyukiutada
「GATAG」様 フリー画像・写真素材集1.0より、画像を拝借。


さて、その陰陽師である津守連通の占いで、おそらくは草壁皇子とその母、
鵜野讃良皇后の不興を買うことになったであろう、極めてプライベートな
問題であるはずの大津皇子と石川郎女との恋愛関係が露見したという。
この津守連通の行動は、大津皇子を陥れようと画策したものとしか考えられ
ないであろう。
それが、密かに鵜野讃良皇后の命を受け、その意を体して、皇位継承争いで
大津皇子を失墜させる為の政治的陰謀に加担したということなのか、或いは、
更なる出世を望む役人根性丸出しで、皇后、皇太子に阿るかのように諜報機関
もどきの独自の行動に出たものなのかは定かでないが、彼が自らの命運を賭け、
皇后、皇太子サイドに立つという政治的態度を鮮明にしたことは確かである。

やがて、686年9月9日に、大津皇子の最大の庇護者であった父、天武天皇が
崩ずると、それから一月も経たぬ10月2日には、天智天皇の子、川島皇子の
密告に依り、大津皇子は皇太子草壁皇子に対し、謀反を企てたかどで逮捕され、
翌3日には、早くも死を命じられた。 享年24歳。
大津皇子の正妃、山辺(やまべ)皇女(天智天皇皇女)は、裸足で髪を振り
乱しながら、訳語田(おさだ)の邸宅に駆け付け、同日殉死したという。
大津皇子を取り巻く状況から判断するに、総べては草壁皇子の皇位継承を確実
なものとする為に、ライバルである大津皇子の抹殺を画策した鵜野讃良皇后を
筆頭とする草壁皇子擁立派の謀略であったことは確かであろうと推察される。

鵜野讃良皇后が大津皇子を抹殺してまで皇位に就かせたがった草壁皇子は、
その3年後の689年、28歳で病没し、天皇にはなれなかった。
鵜野讃良皇后は翌年、自らが即位して、持統天皇となり、草壁皇子の遺児、
軽皇子に皇位(文武天皇)を継承させた。


1300年以上を経た現在でも、大津皇子に纏わる悲話は語り継がれているが、
その政治的陰謀の一端を担った陰陽師、津守連通は、朝廷から如何にその功績を
称えられ、重用され、旭日昇天の如くに立身出世して、当代随一の名声を博した
とは言え、占術を悪巧みの名目に用いて、人を陥れた恥ずべき行為は、
ご神明も許さず、後世の人々から永久に軽蔑されるべき不名誉である。



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