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占いの歴史夜話⑩…占いの作法

 2016-11-23
占いの歴史夜話⑩ 
            …占いの作法



古代の日本人が占いを神聖な行為と捉え、如何に真心込めて、占っていたのかを
感じさせる一首が万葉集にある。

「あはなくに 夕占(ゆうけ)を問ふと 幣(ぬさ)に置くに 
わが衣手(ころもで)は又ぞ継ぐべき」(2625)

大意は、「会えもしないのに、懲りずに会えるだろうかと夕方の占いをする度に、
衣の袖を幣(ぬさ)として供えるので、その代わりの袖をまた接ぐことになる
だろう」(文責在詠山史純)となろうか。

「幣」は「みてぐら」「まい」とも訓み、神に供える布のことである。
夕占(辻占)を問う時の作法として、自分の衣の片袖を裁断し、神に捧げる風習
があったことが分かる。
夕占では、通行人の言葉を借りた、神霊の言葉が告げられると信じられていたので、
具体的に神への敬意を表わす為に、自分の衣の片袖を切り外し、「どうかこの布を
神様の衣料に為さって下さいませ」と、願いを込めて捧げたものなのであろう。


第10記事1
「風のおひるね」様の無料素材写真アルバムより、「薄暮山景Ⅱ」を拝借。


神社で昇殿参拝をする際に、御玉串(おたまぐし)と言って、榊(さかき)の枝に
紙を切って作る紙垂(しで)を付けたものを神前にお供えする。
この行為を「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」と言い、神前に崇敬の心を表わし、
感謝の念を込めて捧げる謝礼という意味がある。
その御玉串料として、5千円なり、1万円なりの金銭を神社に奉納する訳である。
この御玉串料を払うということと、夕占を問う時に自分の衣の片袖を裁断して、
神に捧げるというのは、何れも同様に誠の心の表現方法なのである。


第10記事2
「風のおひるね」様の無料素材写真アルバムより、「鎮守の森と注連縄」を拝借。


「無料の占いは良くない」と言われる根拠は、この誠の心の表現の有無にある。
例えば、プロではない友人に本格的に占って貰っても、「鑑定料は要らない」と
いうことで、金銭授受の無いことがあろう。
こういう場合、占いの作法の本義に則れば、100円とかの少額で十分であるから、
コンビニの寄付金箱に寄付するなり、神社にお賽銭として奉納するなりして、
占いを受けた謝礼を社会に還元されると良いのである。


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