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数霊の神秘…言霊と表裏一体を成す数霊

 2016-12-01
数霊の神秘 

          …言霊と表裏一体を成す数霊



姓名学の数霊理論は、古神道(仏教に侵蝕される以前の太古日本の神道)に、
その淵源を持つ。
古代日本人には、言葉に宿る神秘的な力の働きが「言霊(ことだま)」という
超越的実在として、認識され、数に隠された神秘の霊力は、その言霊と表裏
一体、密接不離の関係にある「数霊(かずたま)」として、畏敬されていた。


古事記「伊邪那岐命(イザナキノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)
二神の国生み…大八島国の生成」の章に、「ここに天つ神の命(みこと)もちて、
太占(ふとまに)に卜相(うらな)ひて、詔(の)りたまはく」

(口語訳)
「そこで、天つ神のお言葉に依り、神意を知る太占という方法に依って、
占いをしたところ、仰せられるには」(文責在詠山史純)とある。

太占は古神道に於ける根源的な占いとされるもので、一般的には鹿の肩甲骨、 
或いは亀の甲羅を朱桜(ははか)の木で焼き、火熱を加え、その亀裂の形状を
以って、吉凶を判断した占いの一方法と考えられているが、国学者の伴信友の
太占説のように、「フト」を美称、「マニ」を「神の命のまにまに事を決する
こと」と広義に解釈すれば、鹿卜(かぼく)や亀卜(きぼく)のみならず、
数や音、形などに依る判断方法も全て、太占と見做して良いのかも知れない。

深秘の霊器である「天津金木(あまつかなぎ)」を用いる占法も、太占の一種で
あるとされるが、むしろ、「天津金木」こそが太占の精髄と評するに相応しい
秘法と言えるのではなかろうか。
この「天津金木」に於いても、言霊だけではなく、数霊も重要な役割を果たす。


第22記事1
石上神宮(いそのかみじんぐう)様公式サイト
「石上神宮フォトログ 山の辺の杜から」より、画像を拝借。


「ヒフミの神歌」
「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ 
 そをたはくめか うおゑにさりへて のます あせえほれけ」

この神歌は天照大御神が天の岩戸に身を隠された時、帰神法の祖ともされる
「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」が岩戸の前で楽しげに神舞を舞いつつ、
謡われたと古伝にある歌である。
この「ヒフミの神歌」は全ての言語の基礎になる47音の清音のみで構成され、
清濁音75音の言霊宇宙に対して、47の清音のその一音一音に対応する神々が
存在し、清音47柱の神々が宿る言霊宇宙を形成しているとされる。
この「ヒフミの神歌」に付いては多くの説があるが、「ひふみよいむなやこと」
の言霊の発音は、「一二三四五六七八九十」それぞれの数霊を意味し、それと
同時に深秘とされる「十種神宝(とくさのかんだから)」の一つ一つを意味する
ものとされる。
「日月神示」の岡本天明氏が述べられた如く、「古来、我が国の数と言とは、
密接不離の関係に置かれており、数の裏には必ず言が、言の裏には必ず数が
隠されている」ということである。


(注)
「日月神示(ひつきしんじorひつくしんじ)」は、古事記では「国之常立神
(くにのとこたちのかみ)」、日本書紀では「国常立尊(くにとこたちのみこと)」
と呼ばれる高級神霊から岡本天明氏に自動書記で降ろされた神示とされ、
漢字や漢数字、ひらがな、記号などで書かれている。
原文を解読し、日本語として読めるように書き直されたものは「ひふみ神示」
または「一二三神示」と呼ばれる。


第22記事2
石上神宮(いそのかみじんぐう)様公式サイト
「石上神宮フォトログ 山の辺の杜から」より、画像を拝借。


十種祓詞(とくさのはらえことば)という祝詞がある。
奈良県天理市に鎮座する石上神宮に伝わる祝詞で、神社本庁が鎮魂行法の際に
奏上する祝詞として、公式に採用している。

十種祓詞
「高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて 皇神等の鋳顕はし給ふ
十種の瑞宝を 饒速日命に授け給ひ 天つ御祖神は言誨へ詔り給はく
汝命この瑞宝を以ちて 豊葦原の中国に天降り坐して 御倉棚に鎮め置きて
蒼生の病疾の事あらば この十種の瑞宝を以ちて 一二三四五六七八九十と
唱へつつ 布瑠部由良由良と布瑠部 かく為しては死人も生反らむと 
言誨へ給ひし随まに 饒速日命は天磐船に乗りて 河内国の河上の哮峯に
天降り坐し給ひしを その後大和国山辺郡布留の高庭なる 石上神宮に遷し
鎮め斎き奉り 代代其が瑞宝の御教言を蒼生の為に 布瑠部の神辞と仕へ
奉れり 故この瑞宝とは 瀛津鏡 辺津鏡 八握剣 生玉 足玉 死反玉 
道反玉 蛇比礼 蜂比礼 品品物比礼の十種を 布留御魂神と尊み敬まひ
斎き奉ることの由縁を 平けく安らけく聞こし食して 蒼生の上に罹れる
災害また諸諸の病疾をも 布留比除け祓ひ却り給ひ 寿命長く五十橿
八桑枝の如く立栄えしめ 常磐に堅磐に守り幸へ給へと 恐み恐みも白す」


(口語訳)
「高天原にいらっしゃる神様達のお言葉に依って、皇祖神が鋳造された10種類
の素晴らしい宝を、ニギハヤヒノミコトに授けられ、皇祖神が言われるには、
『ニギハヤヒノミコトよ、この十種(とくさ)の宝をもち、豊葦原の中国
(日本国)に降り立ち、御蔵(みくら)に納め、蒼生(あおひとぐさ)、つまり
か弱き国民が病になった時は、この十種の宝を用いて“一(ひと) 二(ふた)
三(み) 四(よ) 五(いつ) 六(むつ) 七(なな) 八(や) 九(ここの)
十(たりや)”と唱えよ。これを唱えるなら、死人も生き返るだろう』

そのお言葉に従い、ニギハヤヒノミコトは、天磐船(あめのいわふね)に
乗って河内国の河上にある哮(いかるが)の峯に降り立ち、その後、大和国の
石上(いそのかみ)神宮にこれらの十種神宝を移して納められ、人々の為に
この秘法を『布留部(ふるべ)の神辞(かむごと)』として伝えられた。

この神宝とは、澳津鏡(おきつかがみ) 邊津鏡(へつかがみ) 八握剣
(やつかのつるぎ) 生玉(いくたま) 足玉(たるたま) 死反玉
(まかるがえしのたま) 道反玉(ちがえしのたま) 蛇比礼(へびのひれ) 
蜂比礼(はちのひれ) 品々物比礼(くさぐさのもののひれ)の十種である。
これらの十種の神宝を布留御魂神(ふるのみたまのかみ)として、国民に
降り掛かる災いやいろいろな病を振るい除き、払い捨てて、末永く健やかに
長寿を保てますようお守り下さい、と謹んで申す」(文責在詠山史純)


「ヒフミの神歌」と同様に十種神宝の一つ一つを「一二三四五六七八九十」と、
一から十までの数の文字を羅列し、これを「十種の神(とくさのかみ)」として、
数霊をも崇拝していた。
太古より、数は神秘なるもの、数は神なるものであった。
古神道では、文字に秘められた数霊の象意を読み取り、その人の運勢を診る
名霊法(なのたまほう)という占法があった。
吉改名で名の数霊を変え、数霊波動を活用して、運気を好転させるという
撰名法の理論的な根拠は此処にある。




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