華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 社名(商号)変更の歴史夜話④…㈱資生堂

社名(商号)変更の歴史夜話④…㈱資生堂

社名(商号)変更の歴史夜話④

…㈱資生堂




我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。



第26記事1
※資生堂グループ様のHP内、「沿革・歴史」のページより、画像を拝借。
明治5年(1872年)、福原有信氏が東京・銀座に我が国初の洋風調剤薬局として、
「資生堂薬局」を創業。


㈱資生堂

明治5年(1872年)、福原有信氏が東京・銀座で、我が国初の洋風調剤薬局
「資生堂薬局」を創業。

明治21年(1888年)、我が国初の練歯磨「福原衛生歯磨石鹸」を発売。
明治30年(1897年)、化粧品業界へ進出。高等化粧水「オイデルミン」を発売。

大正4年(1915年)、商標「花椿」及び、花椿マークを制定。

昭和2年(1927年)株式会社資生堂を設立。



  1915年    1916年    1917年

現在
  1918年    1921年     現在

※資生堂グループ様のHP内、「沿革・歴史」のページより、画像を拝借。



商号「資生堂」の由来、「万物資生」に就いて。

資生堂グループ様のHP、「社名の由来」の項に、「資生堂の社名は、中国の古典、
四書五経のひとつ『易経』から来ています。西洋の最先端の薬学をベースに
興す一方で、社名は東洋哲学から命名するという、西洋の科学と東洋の叡智を
融合した先取りの気質が、資生堂の成り立ちでもあったわけです」とある。

第26記事2

「易経」周易上経「坤下坤上(こんかこんしょう) 坤為地(こんいち)」の
「彖伝(たんでん)=解説」」に、「彖曰、至哉坤元、万物資生。乃順承天」
(彖《たん》に曰く、至れるかな坤元《こんげん》、万物資《と》りて生ず。
すなわち順《したが》いて天を承《う》く)とあり、この一節「至哉坤元 
万物資生」(大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。全てのものは
ここから生まれる)…※資生堂グループ様のHP、「社名の由来」の項に於ける
意訳を引用」に由来しているとのことである。

※「周易上経 坤下坤上 坤為地」の卦の解説は、岩波文庫版「易経」(上)P97。






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2016/12/09 01:39 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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