華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録 社名(商号)変更の歴史夜話⑤…㈱大丸

社名(商号)変更の歴史夜話⑤…㈱大丸

社名(商号)変更の歴史夜話⑤

…㈱大丸



我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。



第27記事1
「ジャパンアーカイブズ」様HPより、画像を拝借。
「日本橋区大傳馬町参丁目大丸屋呉服店繫栄図」井上短景画
明治19年(1886年)の大丸呉服店(日本橋大伝馬町)繁盛の風景。



㈱大丸

享保2年(1717年) 、下村彦右衛門正啓氏が京都伏見の呉服屋「大文字屋」を開業。

享保11年(1726年)、大阪心斎橋筋に大阪店「松屋」を開店し、現金正札販売を開始。

享保13年(1728年)、名古屋本町四丁目に名古屋店を開店し、「大丸屋」を称する。

元文元年(1736年)、「先義後利」の店是を全店に布告。
京都・東洞院船屋町に大丸総本店「大文字屋」を開店。

寛保3年(1743年)、江戸大伝馬町三丁目に江戸店を開業。

明治40年(1907年)、資本金50万円で「株式合資会社大丸呉服店」を設立。

明治45年(1912年)、京都店が四条通りに鉄筋木造3階建の新店舗を開店し、
デパート形式を採用。

大正9年(1920年)、資本金1,200万円で「株式会社大丸呉服店」を設立。

昭和3年(1928年)、「株式会社大丸」に商号変更。


第27記事2
株式会社大丸松坂屋百貨店様のHP内、DAIMARU「大丸の歴史」の項より、
画像を拝借。
元文元年(1736年)、業祖下村彦右衛門氏に依って、全店に布告された、
店是とする根本理念「先義而後利者栄」の書。



株式会社大丸松坂屋百貨店様のHP内、DAIMARU「大丸の歴史」のページに、
「先義後利」の解説として、『元文元年(1736年)、業祖・下村彦右衛門によって
「先義而後利者栄」を事業の根本理念として定めました。
この言葉は中国の儒学の祖の一人、荀子の栄辱編の中にある「義を先にして
利を後にする者は栄える」から引用したものです。
企業の利益は、お客様・社会への義を貫き、信頼を得ることでもたらされる
との意味で、言い換えると「お客様第一主義」「社会への貢献」となります。
これは、大丸グループ共通の精神、営業方針の根本となってきました』とある。

天保8年(1837年)に起きた「大塩平八郎の乱」の際、大塩平八郎は
大丸の徳義を重んじる家風を尊重し、「大丸は義商なり、犯すなかれ」と
部下に命じたことで、焼き討ちを免れたという逸話は世に知られている。


大丸の店是「先義後利(せんぎこうり)」は、詳しくは「先義後利者栄」である。
「先ず、正しい道を先にして、利益を後にする者は栄える」の意。

「荀子」栄辱篇第四の一部分。
「栄辱之大分 安危利害之常体 先義而後利者栄 先利而後義者辱
栄者常通 辱者常窮 通者常制人 窮者常制於人 是栄辱之大分也」

『栄光と恥辱を分けるもの、及び安全と危険、利益と損害の理に就いて。
義を先にして、利を後にする者は結局栄え、利を先にして、義を後にする者は
結局辱めを受ける。
栄える者は、常に前方に通じ、止まることがないが、辱めを受ける者は、
常に前方に困難があって窮する。
前方に通じる者は、常に人を制するが、前方に困難があって窮する者は、
常に人に制せられる。 これが、栄光と恥辱を分けるものである』
(文責在詠山史純)





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2016/12/10 03:39 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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