不可解な「東海林」姓の訓み

 2010-10-03
不可解な「東海林」姓の訓み


「東海林」さんを「しょうじ」さんとお訓みすることは
当たり前のことのようであるが、その実、謎が多い。
少数派ではあるが、「とうかいりん」さんとの訓みも当然ある。

そもそも、漢字の名乗りの知識をどのように駆使しようが
「東海林」の三文字は、どうしても「しょうじ」とは訓めない。
「東海」を「しょう」と訓み、「林」を「じ」と訓むことは出来ない。

小鳥遊 400

「小鳥遊」さんや「鳥遊」さんを「鷹が居ないから、安心して
遊べる」ところから、「たかなし」さんとお訓みするような
文芸的な要素も無さそうである。

大正年間に発行された、太田 享氏の著作「姓氏家系辞書」では
大陸渡来の林(りん)氏が日本に土着し、日本の林氏という意味で
「東海林」を名乗り、その林氏が寺院や公家の仏事の雑役を務め
その職名を「承仕師」(しょうじし)と称したことから
「東海林」を「しょうじ」と訓むようになったとある。

この説では、職名「承仕師」の訓みが「東海林」という氏の訓みに
転化したということだが、この場合の「東海林」は既に氏である。
この説の難点は、現在の「しょうじ」姓に「承仕」さんが
存在しないことであり、また、中国人の林氏が渡来して来た日本に
於いて、わざわざ日本の林氏、東海の林氏と称して、大陸に居る林氏
との差別化を図る必要性が認められないことであり、更に中国人が
三字姓を名乗ることは、甚だ不自然であるということがある。


始原の「東海林」を氏ではなく、地名として考えた場合には
また別の説が浮上する。
山形県の寒河江市に、「東海林平」「東海林原」があり、
鶴岡市には「東海林場」があり、秋田県にも「東海林」がある。

「東海林」の訓みにしても、全国的には「しょうじ」が多いが、
山形県では「とうかいりん」と訓む方が多いようだ。
都市部での比率から推測すると、全国平均では一割強程度が
「とうかいりん」の訓みではないかと、僕は考えている。

荘園400

「しょうじ」と訓む姓には「荘司」「庄司」「荘子」「庄子」などがあり
これらの語源は恐らく、奈良時代の律令体制下で農地増加を図る為に
墾田私有を認めたことから始まる荘園制に於いて、平安時代以降、
荘園領主から現地管理を委ねられた荘官の職名に由来すると思われる。
そうだとすると、「荘司」「庄司」が荘園の現地管理者で、「荘子」
「庄子」は、その配下の荘官であったということなのではないか。



「東海林」(とうかいりん)の「荘司」(しょうじ)ということであれば、
それを略して、「東海林」を「しょうじ」と訓むようになったと推測しても
おかしくはない。

荘園地図400

例えば、ご先祖様が「自由が丘の地主さん」だったからということで、
そのご子孫の姓を「自由が丘」と書いて、「じぬし」と訓ませるようなもの
なのだから、幾ら国語の知識をフルに活用しようとも、訓める訳がないのだ。



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