御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(45)…第9条は、「政府は国民の生命、財産を護らない」との宣言である。

 2018-04-01
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(45)


…第9条は、「政府は国民の生命、財産を護らない」との宣言である。



CONSTITUTION OF JAPAN
CHAPTER II
RENUNCIATION OF WAR
Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order,
the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea,
and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.


日本国憲法 第2章 戦争の放棄
第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。


日本国憲法では、原文の「war as a sovereign right of the nation」は、
「国権の発動たる戦争」と翻訳されているが本来、正確に「国家の主権的権利
としての戦争」と訳した方が、この憲法典が如何に独立国たるべき我が国の
基本的国家主権を損じているかを明確にする。


日本解体の為の左翼の駄文、「マッカーサー総司令部の25人&コミンテルンの
スパイ&日本人の売国奴共同制作の即席翻訳阿呆陀羅憲法」である憲法典
「日本国憲法」第2章「戦争の放棄」第9条は、要するに、「日本国政府は、
外国からの軍事攻撃から、我が国の領土の保全と政治的独立、日本国民の生命、
財産を、軍事的な手段に依って守ることを放棄する」と宣言しているのである。
本来であれば、独立国たるべき日本政府は、この従属国の占領政策基本法で
ある憲法典「日本国憲法」に拠って、「国民の生命、財産を護らない」のである。
「戦争という法的状態」に在ったとしても、「交戦国という地位に基づく正当な
権利」さえ行使出来ないのである。
現行の憲法典である日本国憲法は、アメリカ軍の駐留とセットになっており、
我が国の基本的国家主権を認めないという、被占領国「Japan under the
occupation」「occupied Japan」の憲法典なのである。
北朝鮮に依る拉致被害者を未だに救出出来ず、無惨にも放置した侭である現状が
それを如実に物語っている。
憲法典に於ける「国家安全保障の放棄」は、極めて由々しき問題である。


第167記事1
枢密院本会議
昭和21年(1946年)10月29日、修正帝国憲法改正案可決


現代に於いても、GHQ御仕着せの憲法典「日本国憲法」を「世界に比類無き
平和主義の憲法である」と評価し、第2章の「戦争の放棄」第9条が、「護憲運動」
とやらの拠り処となっている訳であるが、日本国憲法施行直後に刊行された
解説書でも同様に、美濃部達吉博士は、「嘗て他国に類の無い絶対的の戦争抛棄
を宣言することとなったのである」と述べ、佐々木惣一博士も、「一国が、その
憲法において、戦争の絶対放棄や戦力の放棄を規定することは、他の国には
絶えてその例がない」と述べている。
また、東京大学憲法研究会の著書では、「徹底して戦争を放棄した点で、本条(第9条)
は世界史的な特色を有することが明らかになった」と叙述されている。


しかし、実は、そうでもないのである。
歴史上、最初に平和主義条項を謳ったのは「日本国憲法」ではない。
第9条第1項では、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に
希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を
解決する手段としては、永久にこれを放棄する」として、「紛争解決の為の手段
としての戦争」を放棄すると宣言している。
この条項は、第一次世界大戦の反省として、大正8年(1919年)のベルサイユ
平和条約、大正13年(1924年)のジュネーブ議定書、大正14年(1925年)の
ロカルノ条約などを経て、昭和3年(1928年)8月 27日調印の「戦争放棄に
関する条約」[General Treaty for Renunciation of War as an Instrument of
National Policy](不戦条約orパリ不戦条約orケロッグ・ブリアン条約)の
焼き直しである。

「戦争放棄に関する条約」昭和4年(1929年)7月発効
第1条
「締約国は国家間の紛争の解決のために戦争に訴えることを非とし、且つ彼ら
相互間の関係において、国家政策の手段としての戦争を放棄することを、各々の
人民の名において厳粛に宣言する」
第2条
「締約国は彼らの間に起こる総ての争議または紛争は、その性質、又は原因の
如何を問わず、平和的解決に依るの外にその処理、または解決を求めないことを
約束する」

我が国同様に「国際紛争解決するための手段としての戦争放棄」を憲法典で
謳っている国々は、アゼルバイジャン、エクアドル、ハンガリー、イタリア、
ウズベキスタン、カザフスタン、フィリピンと7ヶ国存在する。
更に、「国際紛争の平和的解決」、「侵略戦争または攻撃的戦争の否認」、「平和を
国家目標に設定」、「中立政策の推進」など、平和主義条項を憲法典に明記して
いる国家は124ヶ国に及ぶ。

従がって、第9条第1項は止むを得ず、維持するとしても、直截には、「国家の
主権的権利としての自衛戦争の放棄」、則ち「国家安全保障の放棄」を意味しない。


甚だしき問題は、第9条第2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の
戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」の条文である。
前述の如く、「国策遂行の手段としての戦争放棄」を明記した憲法典は、日本国
憲法が嚆矢という訳ではないのであるが、但し、第9条第2項の如き、平和主義
=非武装として、「国家国民の安全保障の放棄」を明確に宣言している、無責任
極まり無き、無為無策の阿呆陀羅憲法典は、当然の事ながら、バチカン市国等
を除き、空前絶後、皆無である。
そもそも、日本国憲法では如何なる事態の戦争行為をも一切、想定していない
ことが非現実的で、空想的過ぎるのである。
独立国の憲法典に於いては、世界標準の「国際紛争解決する為の手段としての
戦争放棄」条項を掲げておけば、それで充分なのである。
インテリパンダ (2)

第167記事2
昭和23年(1948年)7月5日
米独立記念日を祝い、占領軍が有楽町を行進、皇居前広場で、
連合国軍最高司令官マッカーサー元帥の閲兵を受ける。


日本政府が、この占領基本法たる日本国憲法を遵守することは、国民の生命と
財産の保護、安全保障を放棄し、如何に無責任極まり無き態度であるかは、
憲法制定時の政府首脳の国会答弁などに明らかである。


※幣原喜重郎総理大臣
昭和21年(1946年)3月20日、GHQ案の「憲法改正草案要綱」を枢密院に
説明した際、「第9条は何処の憲法にも類例は無いと思う。戦争放棄は正義に
基づく正しい道で、日本はこの大旗を掲げて国際社会の原野をトボトボ歩いて行く。
付き従う国の有る無しに関わらず、敢えてこれを行う」
0050 (2)


※金森徳次郎憲法担当国務大臣
昭和21年(1946年)7月11日 第90回帝国議会 
衆議院 帝国憲法改正案委員会に於ける金森徳次郎憲法担当国務大臣
「……かつて総理大臣が申しましたように、日本が大勇気を奮って、
こういう風に比較的簡明なる言葉を用いまして、理論的には自衛戦争は正しい
にしても、総べての戦争が自衛戦争の名を借りて、然らざる戦争に赴くという
ことの労い(うれい)を、憲法の中に残して置くような言葉を避ける方が
良いという考えも成立する訳であります。
この憲法はそのような考えに依りまして、特に区別せず、謂わば捨て身に
なって、世界の平和を叫ぶという態度を取った次第であります」
0050 (2)

憲法担当国務大臣が、何と「捨て身になって」と明言しているのである。
有史以来初の惨憺たる大敗北で、日本国の国家指導者も気が狂ったのか、
主権国家たるものが、国家国民の安全保障までを「捨て」たのである。
これほどまでに国民の生命と財産を危険に曝し、無責任極まりない態度を取る
先進国の政府など有りはしない。
しかも、それでいて、国民の武装権すら認めていないのである。
「侵略国の蹂躙するが侭にお任せ致します」「略奪、暴行、殺戮も属国化も、
どうぞ、思うが侭、ご自由に為さって下さいませ」という、政府の態度を明記した
憲法の条文なのである。


※吉田茂総理大臣
昭和21年(1946年)6月28日 第90回帝国議会 
衆議院 本会議

「戦争放棄に関する憲法草案の条項に於きまして、国家正当防衛権に依る
戦争は正当なりとせらるるようであるが、私は斯くの如きことを認めることが
有害であると思うのであります。(拍手)
近年の戦争は多くは国家防衛権の名に於いて行われたることは顕著なる事実で
あります。
故に正当防衛権を認めることが偶々(たまたま)戦争を誘発する所以であると
思うのであります、
また、交戦権放棄に関する草案の条項の期する所は、国際平和団体の樹立に
あるのであります。
国際平和団体の樹立に依って、あらゆる侵略を目的とする戦争を防止しようと
するのであります。
しかしながら正当防衛に依る戦争が、もし有りとするならば、その前提に
於いて侵略を目的とする戦争を目的とした国があることを前提としなければ
ならぬのであります。
故に正当防衛、国家の防衛権に依る戦争を認めるということは、偶々戦争を
誘発する有害な考えであるのみならず、もし平和団体が、国際団体が樹立された
場合に於きましては、正当防衛権を認めるということそれ自身が有害であると
思ふのであります。
御意見の如きは、有害無益の議論と私は考えます。(拍手)」
0050 (2)

吉田茂総理大臣は、第9条は一切の軍備を禁止し、自衛戦争をも放棄した
ものとして答弁している。
当時と現在とでは、憲法第9条に対する解釈が政府と日本共産党とでは、
180°大逆転していることこそが、この条文が国家の最高法規たる憲法の
条文として、相応しくない証である。
国家の最重要課題である安全保障の規定でありながら、一字一句変わらない
その条文の解釈が、どうにでも変化するような致命的な欠陥を持っていること
の証である。
日本国憲法を放棄しないのであれば、改正の第一段階として、せめて、第9条
第2項は撤廃すべきである。


第167記事3
国会周辺のデモ隊を監視する米軍(撮影日時不詳)


安倍晋三首相の憲法改正プランでは、第9条に「自衛隊」の存在を明記した
第3項を新設し、比較的に国民の抵抗の少ないであろう、加憲という形態で、
自衛隊の合憲性を確保する政治的判断が為されている。
しかし、連合国軍に依る軍事占領下に在った昭和25年(1950年)に設立された、
警察予備隊から、保安隊、陸上自衛隊、旧海軍から海上警備隊、警備隊、
海上自衛隊と、国際政治状況の変化に翻弄され、変遷を経て来た歴史的産物の
固有名詞を書き込んだ条文は、国家の基本法たる憲法典に相応しくない。
此処は飽くまでも正攻法で、連合国最高司令官総司令部(GHQ)御仕着せの
阿呆陀羅憲法典「日本国憲法」の致命的欠陥である、第9条第2項を綺麗
さっぱりと削除すべきである。



この措置で、自衛隊の違憲論争に終止符を打ち、我が国の安全保障上の障壁を
除去出来る。
国軍たる自衛隊は、ポジティブリスト(positive list)ではなく、ネガティブリスト
(negative list)に基づき、作戦行動が可能になるのである。

振り向いてニヤリ! (2)






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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(44)…条文、条項の無様な重複4

 2018-03-01
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(44)


…条文、条項の無様な重複4



一国の基本法たる憲法典は本来、洗練された条文構成であるべきである。
しかし、日本解体の為の左翼の駄文、「マッカーサー総司令部の25人&
コミンテルンのスパイ&日本人の売国奴共同制作の即席翻訳阿呆陀羅憲法」
である憲法典「日本国憲法」は、甚だ粗雑な作りであることは論を俟たない。


連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)元帥が、
GHQ民生局長 コートニー・ホイットニー(Courtney Whitney)准将に、
憲法改正三原則(マッカーサーノート)に基づく、「日本国憲法」の草案作成を
下令したのは、昭和21年(1946年)2月3日(日)の事であるが、実際に
GHQ民生局が憲法草案作成作業を開始したのは2月7日(木)で、2月12日(火)に
草案作成作業を完了させたのであるから、草案作成作業期間は6日間である。


草案作成に当たり、GHQ民生局は「運営委員会」の下、25人の軍人軍属を、
「立法権に関する委員会」「行政権に関する委員会 」「人権に関する委員会」
「司法権に関する委員会 」「地方行政に関する委員会 」「財政に関する委員会 」
「天皇・条約・授権規定に関する委員会 」の7つの分科会に配置して、条文
作成作業を行なった経緯から、それぞれの条文を合体させた時点で、条文の
重複が発生した訳である。

昭和21年(1946年)4月10日(水)の第22回総選挙を経て、5月16日(木)に
召集された第90回帝国議会に於いても、GHQ草案を殆ど丸呑みの状態で、全体を
俯瞰して精査する作業さえ怠ったという杜撰な新憲法制定過程であった訳である。


第166記事1



第5章 内閣 第73条
内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
1 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
2 外交関係を処理すること。
3 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、
国会の承認を経ることを必要とする。
4 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
5 予算を作成して国会に提出すること。
6 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。
但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、
罰則を設けることができない。
7 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。

第7章 財政 第86条 
内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け
議決を経なければならない。


第5章 内閣 第73条「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ」
第5項「予算を作成して国会に提出すること」との条文と、第7章 財政
第86条「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け
議決を経なければならない」との条文は同趣旨であり、一文に纏めるべきである。


第166記事2


第7章 財政 第83条 
国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

第7章 財政 第85条 
国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

第83条「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使
しなければならない」との条文と、第85条「国費を支出し、又は国が債務を
負担するには、国会の議決に基くことを必要とする」との条文は同趣旨であり、
一文に纏めるべきである。


第164記事1
0050 (2)


例えば、「国家予算」に関する条文作成一つにしても、「行政権に関する委員会 」
「財政に関する委員会 」それぞれの立脚点の違いから、同趣旨の条文であっても、
視点の異なる条文が作成され、それらを持ち寄った段階で、同趣旨の条文、
条項の重複が発生した訳である。
そして、更に咀嚼力不足の第90回帝国議会に於いて、そのお粗末なGHQ草案を
殆ど丸呑み、可決されたのである。








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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(43)…条文、条項の無様な重複3

 2018-02-19
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(43)

…条文、条項の無様な重複3



一国の基本法たる憲法典は本来、洗練された条文構成であるべきである。
しかし、日本解体の為の左翼の駄文、「マッカーサー総司令部の25人&
コミンテルンのスパイ&日本人の売国奴共同制作の即席翻訳阿呆陀羅憲法」
である憲法典「日本国憲法」は、甚だ粗雑な作りであることは論を俟たない。

連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)元帥が、
GHQ民生局長 コートニー・ホイットニー(Courtney Whitney)准将に、
憲法改正三原則(マッカーサーノート)に基づく、「日本国憲法」の草案作成を
下令したのは、昭和21年(1946年)2月3日(日)の事であるが、実際に
GHQ民生局が憲法草案作成作業を開始したのは2月7日(木)で、2月12日(火)に
草案作成作業を完了させたのであるから、草案作成作業期間は6日間である。

草案作成に当たり、GHQ民生局は「運営委員会」の下、25人の軍人軍属を、
「立法権に関する委員会」「行政権に関する委員会 」「人権に関する委員会」
「司法権に関する委員会 」「地方行政に関する委員会 」「財政に関する委員会 」
「天皇・条約・授権規定に関する委員会 」の7つの分科会に配置して、条文
作成作業を行なった経緯から、それぞれの条文を合体させた時点で、条文の
重複が発生した訳である。

昭和21年(1946年)4月10日(水)の第22回総選挙を経て、5月16日(木)に
召集された第90回帝国議会に於いても、GHQ草案を殆ど丸呑みの状態で、全体を
俯瞰して精査する作業さえ怠ったという杜撰な新憲法制定過程であった訳である。

第164記事1


第165記事1


第3章 国民の権利及び義務
第15条 
1 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、
その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

第15条1項の「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の
権利である」との条文と、第15条3項の「公務員の選挙については、成年者に
よる普通選挙を保障する」との条文は同趣旨であり、一文に纏めるべきである。


第3章 国民の権利及び義務
第35条
1 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受ける
ことのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、
且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、
これを行ふ。

第35条第1項と第2項は、条項を分ける必要は無く、一条項に纏めるべきである。

例えば、「捜索」に関する条文作成一つにしても、「司法権に関する委員会」
「行政権に関する委員会 」「人権に関する委員会」それぞれの立脚点の違いから、
同趣旨の条文であっても、「捜索する側」と「捜索される側」の視点の異なる条文が
作成され、それらを持ち寄った段階で、同趣旨の条文、条項の重複が発生した
訳である。
そして、更に咀嚼力不足の第90回帝国議会に於いて、そのお粗末なGHQ草案を
殆ど丸呑み、可決されたのである。

第164記事1






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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(42)…無様な条文、条項の重複2

 2018-02-17
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(42)

…無様な条文、条項の重複2



一国の基本法たる憲法典は本来、洗練された条文構成であるべきである。
しかし、日本解体の為の左翼の駄文、「マッカーサー総司令部の25人&
コミンテルンのスパイ&日本人の売国奴共同制作の即席翻訳阿呆陀羅憲法」
である憲法典「日本国憲法」は、甚だ粗雑な作りであることは論を俟たない。

第164記事1



日本国憲法第1章 天皇
第3条 
天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、
内閣が、その責任を負ふ。

第7条 
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
1 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2 国会を召集すること。
3 衆議院を解散すること。
4 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
5 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使
及び公使の信任状を認証すること。
6 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
7 栄典を授与すること。
8 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
9 外国の大使及び公使を接受すること。
10 儀式を行ふこと。


第3条の「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、
内閣が、その責任を負ふ」の条文と、第7条の「 天皇は、内閣の助言と承認により、
国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」の条文は同趣旨であり、一文に
纏めるべきである。

第164記事1



第1章 天皇
第8条
皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、
国会の議決に基かなければならない。

第7章 財政
第88条 
すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して、
国会の議決を経なければならない。


第8条の「皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは
賜与することは、国会の議決に基かなければならない」の条文と第88条の
「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して、
国会の議決を経なければならない」の条文は同趣旨であり、一文に纏めるべきである。


第164記事2
0050 (2)


連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)元帥が、
GHQ民生局長 コートニー・ホイットニー(Courtney Whitney)准将に、
憲法改正三原則(マッカーサーノート)に基づく、「日本国憲法」の草案作成を
下令したのは、昭和21年(1946年)2月3日(日)の事であるが、実際に
GHQ民生局が憲法草案作成作業を開始したのは2月7日(木)で、2月12日(火)に
草案作成作業を完了させたのであるから、草案作成作業期間は6日間である。


草案作成に当たり、GHQ民生局は「運営委員会」の下、25人の軍人軍属を、
「立法権に関する委員会」「行政権に関する委員会 」「人権に関する委員会」
「司法権に関する委員会 」「地方行政に関する委員会 」「財政に関する委員会 」
「天皇・条約・授権規定に関する委員会 」の7つの分科会に配置して、条文
作成作業を行なった経緯から、それぞれの条文を合体させた時点で、条文の
重複が発生した訳である。

昭和21年(1946年)4月10日(水)の第22回総選挙を経て、5月16日(木)に
召集された第90回帝国議会に於いても、GHQ草案を殆ど丸呑みの状態で、全体を
俯瞰して精査する作業さえ怠ったという、甚だ杜撰な新憲法制定過程であった訳である。

第164記事1








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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(41)…ホイットニーの顔を立てて遣って呉れ

 2018-02-14
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(41)


…ホイットニーの顔を立てて遣って呉れ



「現日本国憲法は当時、占領軍に依って、1週間足らずで作られた英文の憲法を、
ほぼそのまま日本文に訳した『押し付け憲法』であり…」『植民地憲法』等と
発言されたのは、「自主憲法期成議員同盟」会長であった岸信介元首相である。
言うまでもなく、安倍晋三現首相のご母堂は、岸信介元首相のご長女である。

現行憲法典の「日本国憲法」が連合国最高司令官総司令部(GHQ)に依る
「押し付け憲法」であることは、厳然たる歴史的事実である。
しかし、日本の左翼勢力は、この即席翻訳マッカーサー憲法を、恰も「聖典」で
あるかの如くに崇め奉るのを常としている。


「民間グループの試案(※憲法研究会の起草した第三次草案を指す)が寄せられて
いなかったとしたら、民生局の少数のスタッフで、しかも1週間で、現憲法の
ような草案を作ることは出来なかったろう。
『押し付け』だの、『植民地憲法』だのというのは、天皇主権に拘った者たちの、
こうした歴史状況や起草過程の事実を無視した政治的発言であろう。
現憲法は全世界5千万人の死者の犠牲によって贖われた人類の悲願の結晶とさえ
言えるのではないか」
(朝日クロニクル 週刊20世紀1947…色川大吉東京経済大学名誉教授)

「わずか九日間の作業で、憲法学の専門家ではない素人集団が一国の憲法草案
を作り上げたことは世界史に未曾有のことであろう。
しかし、このことはGHQ草案がいい加減なものであったことを意味しない。
むしろ、弁護士、経営者、下院議員、政府職員、大学教授、新聞記者、外交官等
多彩な経歴を持つ民生局員たちは、市民的立場から一国の基本法を構想するに
ふさわしかった」
(週刊朝日百科 日本の歴史123…松尾尊兊京都大学名誉教授)


この様に、所謂護憲勢力は、日本国憲法を、一字一句たりとも変更を許されぬ
程に立派な大法典、「不磨の大典」扱いし、崇め奉っている訳であるが、全103条を
繰り返し読み込んでみれば、実は相当にお粗末で、杜撰極まりない構成の法典
であることに、誰しもが容易に気付く。

最も有名な不具合は、内容の重複する、第11条と第97条の併記である。
『第3章 国民の権利及び義務
第11条 
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、
現在及び将来の国民に与へられる』

『第10章 最高法規
第97条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の
努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の
国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである』


第162記事courtney-whitney
GHQ民生局長 コートニー・ホイットニー准将


一国の基本法ともあろう、神聖であるべき憲法典が、斯くも薄見っともない
仕儀に立ち至った経緯もまた、日本人に広く知れ渡っている。
連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)元帥が、
「日本国憲法」のGHQ草案作成の指揮を執った、GHQ民生局長 コートニー・
ホイットニー(Courtney Whitney)准将の尽力を記念して、既に全く同じ内容の
第11条が存在するにも拘わらず、彼の執筆した第97条の条文を書き加える事を
強要し、憲法典に捻じ込んだのである。


例えば、テレビ業界のプロデューサーやら、ディレクターやらが、肉体関係を
持った自分の女をごり押しで、既に出演スタッフ埋まっている番組に余計な
キャスティングを強要する様なものである。
要するに、日本国憲法第10章最高法規第97条は、枕営業で番組出演を果たした、
尻軽の女性タレントの如き、莫迦げた代物なのである。




第162記事IncheonLandingMcArthur
昭和25年(1950年)9月15日、仁川上陸作戦の指揮を執る
マッカーサー元帥(中央)と参謀のホイットニー准将(左側)


昭和20年(1945年)12月に開催された、アメリカ、イギリス、ソ連の三国
外相会議で、対日占領管理方式の変更が検討され、13ヶ国の代表で構成される
極東委員会(FEC)の設置が決定し、翌年の昭和21年(1946年)2月26日に
活動が開始される事になる。
このFECの設置に依り、連合国の組織上、GHQは、上部機関であるFECの
管理下に置かれ、FECで決定された、対日占領政策を遂行する下部機関に
格下げとなる。
従がって、日本の憲法改正に関しても、GHQの権限は、上部機関である
極東委員会の一定の制約下の置かれる状況となる訳であった。

しかし、抑々、独裁的な指揮を好むマッカーサー元帥は対日占領政策遂行に関し、
他国の介入を嫌い、排除する傾向にあった。
皇室の存続が、日本占領統治に必要不可欠であると認識していたマッカーサー
元帥は、天皇を戦争犯罪人として裁けだの、皇室廃止だのとの国際世論を背景に、
FECが皇室廃止を決議するであろう事を予想していた。
そこで、GHQ民政局長ホイットニー准将は、マッカーサー元帥に対し、
「FECが憲法改正の政策決定をする以前であれば、憲法改正に関するGHQの
権限が、FECからの制約を受ける事は無い」と進言。
FECの介入排除が、GHQが自ら憲法草案の起草を急いだ要因と推察される。

昭和21年(1946年)2月3日(日)、マッカーサー元帥は、GHQ民生局に、
憲法改正三原則(マッカーサーノート)に基づく、憲法草案の作成を命令。
2月7日(木)、GHQ民生局は憲法草案作成を開始し、2月12日(火)には、
GHQ憲法改正草案作成を完了。

2月13日(水)、
GHQ民生局長ホイットニー准将らは、2月8日(金)に提出された憲法改正要綱
(松本試案)を拒否し、吉田茂外相、松本国務相にGHQ草案の受け入れを強要。
この時、GHQは他国から、天皇の戦争犯罪人問題で圧力を受けていると、
国体護持に腐心していた我が国の首脳を脅し、GHQ草案を受け入れれば、
皇室は存続されるとの論法で承諾させたのである。

2月26日(火)、FECはワシントンで第一回の会議を開き、活動を開始させたが、
当にその日、日本政府は、GHQ草案を基礎に、憲法改正案の起草を閣議決定した。
5月13日(月)、FECは「日本の新憲法の採択についての原則」を全会一致で
採決したものの、実質的に新憲法制定に当たっての介入は排除出来たのである。

この様な経緯から、日本政府首脳としては、マッカーサー元帥以下、GHQが
皇室の存続に動いてくれた事には感謝し、GHQ草案の指揮を執った民生局長
ホイットニー准将の顔を立てて、第97条を新憲法に捻じ込んで呉れとの
マッカーサー元帥の強要を無下に拒否出来なかったであろう事は想像に難くない。




第162記事
衆議院本会議場


それにしても、この「第11条と第97条の併記問題」が、我が国の立法府で
問題視され、その削除が議題にさえ上らないのは、奇妙奇天烈、摩訶不思議である。
「資本論」を読んだ事も無いマルクス主義者、「法華経二十八品」を読んだ事も、
「積ん読」した事も無い日蓮カルト教団信者同様に、不磨の大典と崇め奉る
阿呆陀羅憲法典「日本国憲法」を読み込んでもいない癖に、護憲勢力とやらを
形成している糞莫迦議員が多いに違いない。






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