御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(38)…三島由紀夫「英霊の声」

 2018-02-04
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(38)


…三島由紀夫「英霊の声」



『陛下がただ人間(ひと)と仰せ出されしとき
神のために死したる霊は名を剥脱せられ
祭らるべき社(やしろ)もなく
今もなほうつろなる胸より血潮を流し
神界にありながら安らひはあらず

日本の敗れたるはよし
農地の改革せられたるはよし
社会主義的改革も行はるるがよし
わが祖国は敗れたれば
敗れたる負目を悉く肩に荷ふはよし
わが国民はよく負荷に耐へ
試煉をくぐりてなほ力あり
屈辱を嘗めしはよし、
抗すべからざる要求を深く受け入れしはよし

されど、ただ一つ、ただ一つ
いかなる強制、いかなる弾圧
いかなる死の脅迫ありとても
陛下は人間(ひと)なりと仰せらるべからざりし
……………』
※ 三島由紀夫著「英霊の声」依り

0007_なく_なみだ[顔・表情]


第159記事4


御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(21)「天皇が神ではないと表明せよ」に
於いて、ユダヤ教の「ヤーべ」やキリスト教の「エホバ」、イスラム教の
「アッラー」等、一神教で言うところの唯一絶対神を「神」と和訳したのは、
日本語史上、最大級の誤訳であることは既に述べた。
日本の「神(カミ)」の概念は、一神教でいうところの「神」の概念とは、
全く異質のものである。
端的に言えば、「天皇は神であるが、Godは神ではない」のである。

昭和20年(1945年)12月、連合国最高司令官総司令部(GHQ)は宮内省に
対し、「天皇が神ではないと表明せよ」と下令。
この指令に依り、昭和21年(1946年)新年の詔書「新日本建設に関する詔書」
での、所謂「人間宣言」が決定した。
幣原喜重郎首相が先ず、英文で起草し、前田多門文部大臣が推敲を加え、
更に、昭和天皇の御意向で、「五箇条の御誓文」が挿入され、完成したのである。


第144記事2


江戸時代中期の国学者、本居宣長は著書「古事記伝三」の中で、神の定義を
「尋常ではない、霊威を発するもの」と述べている。

「さて凡(すべ)て迦微(カミ)とは、古(いにしえ)の御典等(みふみども)
に見えたる天地(あめつち)の諸(もろもろ)の神たちを始めて、其(そ)を
祀れる社に巫(い)ます御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云わず、
鳥獣本草のたぐひ、海山など、其余(そのほか)何にまれ、尋常(よのつね)
ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云(いう)なり」

日本人は古代から、直感的に畏怖を覚えるような不思議な力を発する対象全て
を「カミ」として捉え、素朴に崇拝して来たのである。
そして、そのカミという観念は、聖なるものであるとか、善なるものである
とかの、正邪、善悪の範疇を超えたものであった。
本居宣長は、「すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功(いさお)しきことなど
の、優れたるのみを云に非(あら)ず、悪きもの奇(あや)しきものなども、
よにすぐれて可畏きをば、神と云なり」とも述べている。


第159記事7
本居宣長著「古事記伝」


日本神道(古道 こどう)は、素朴な自然崇拝、精霊崇拝から始まったと
考えられる日本固有の民族宗教である。
古代の日本人は、降り注ぐ太陽の光や闇夜の月明かり、川や湖の清水の恵み、
生き物を育む大地や海原に感謝の念を抱くと共に、雷や嵐、豪雨や吹雪、地震
や火山の噴火、津波の襲来などに恐れ慄き、人知では計り知れない自然現象の
圧倒的な猛威に平伏す思いであったろう。
それら多種多様な「モノ」「コト」に、畏れ多い霊威を感じ取ったのである。
日本神道の神々を「八百万(やおよろず)の神々」と称する所以はそこにあり、
神前で唱える祝詞(のりと)には、「掛けまくも畏き(かしこき)」という、
「心に思うのも恐れ多い」という意味の一節があるが、これは古来、日本人が
畏怖心を胸に抱きつつ、カミに接して来たことを意味する。


第159記事8
出雲大社


日本のカミは降臨しては霊威のみを人々に感じさせる存在であり、特定の姿を
顕わさないものである。
古代の日本人は、カミは山や岩、樹木や滝などの自然物を「依代(よりしろ)」
として、降臨され、宿られると捉えていたようである。
「依代」というのは、カミが顕現される際の媒体、寄り憑く有体物という意味で、
カミを招き、迎える立場からは、「招代(おぎしろ)」とも言う。
日本のカミは具体的な「モノ(事物、場所)」「コト(現象)」または「ヒト(人)」
などに於いて捉えられるものであって、一神教で言うところの唯一絶対神の
ように、抽象的、理念的、観念的な存在ではないのである。

カミの降臨は「モノ」や「コト」、または「ヒト」に寄り憑いて宿られ、鎮まる
形態を取り、その「モノ」や「コト」、または「ヒト」が「御神体(ごしんたい)」
ということになる。
従がって、依代としての「モノ」や「コト」、または「ヒト」である「御神体」
は、当然のことながら、カミそのものという訳ではない。
但し、崇敬する立場からの感覚としては、カミが宿られていると捉える限りに
於いて、「御神体」は、カミと不可分の畏怖すべき存在として、カミそのもので
あるかのように神聖視し、敬虔に拝することになる。

唯一絶対神(God)と人間は創造者と被創造者として、その間には絶対に超える
ことの出来ない断絶のある、隔絶された関係性にあるが、古来日本人は絶対的な
超越者としてのカミという概念を持ったことがない。
カミの「創造」という概念も無い。そもそも、カミであれ、国であれ、「成る」
のであり、「生まれる」のである。
氏神(うじがみ)信仰、敬神崇祖の信仰に象徴的な、親の親の親…とご先祖の
根源を辿れば、カミに辿り着くという連続性を持つのである。
天皇にしても、天津神の子孫として、皇祖皇宗の神霊が降臨される依代であり、
それ故に、御神体としての現御神(あまつみかみ)なのである。

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第142記事4


「カミ」の語源研究では、アイヌ語で高級な神格的存在としての神霊を意味する
「カムイ」と共通の起源を持つとの説がある。
また、「カミ」は古地名である神代(クマシロ)、神稲(クマシネ)、熊野(クマノ)
「クマ(神・熊・隅)」「クム(隠れる)」の転訛で、水源である山谷に隠れた
霊性を指したという説もある。
             (「神道を知る本―鎮守の森の神々への信仰の書―」より)

古代の日本人は、この「カミ」に「神」の漢字を当てたが、実はこれも誤訳に近い。
「神」の文字は、神を祀る祭壇の象形「示」+稲光の象形「申」で、「天の神」
「宇宙万物の主宰者」を意味する。
「神」は稲妻のように恐ろしい存在であると共に、稲妻に依って、稲が実を
結ぶと信じられていたという。
「霊妙で理性では計り知れない不可思議な働き」という意味合いに相違は無いが、
日本の「カミ」は、その霊威を顕現する具体的な「モノ」「コト」「ヒト」を
指すのであって、支那の「神」のように「理(ことわり)」や「性質」などの
抽象性は無いのである。

そもそも古来、日本人は宇宙万物の創造者、主宰者という概念を持ち合わせて
おらず、支那の「神」では日本の「カミ」の広範な意味合いを限定してしまい、
不調和であることは免れない。
日本のカミへの信仰は本来、「古道(こどう)」というべきであるが、奈良時代
に伝来した仏教への対抗上、「易経」にある「霊妙不可思議な自然の法則」を
意味する「神道」という言葉を援用し、「日本書紀」で初めて用いられた。
支那の「神(シン)」と日本の「神(カミ)」との間にさえ本質的な乖離がある。
支那でGodを「神(シン)」と誤訳しようが、しまいが異存は無いが、それを
そのまま援用し、日本の「神(カミ)」をGodと誤訳したのと、支那語の「神」を
Godと誤訳したのとでは、その誤訳の度合いが遥かに違うのである。



第159記事6
本邦初の聖書辞典 明治25年(1892年)出版「聖書辞典」P152「神」の項
ジェームス・カーティス・ヘボン&山本秀煌に依る編纂


支那で、Godを「神(シン)」と訳したのは、プロテスタントの宣教師たち、
アメリカ人のW.J.ブーンやW.M.ローリーなどの聖書協会であったという。
さすがにローマカトリック教会では、「神」ではなく、「天主」と訳した。

それでは、日本の「神(カミ)」をGodの訳語に当てた最初の莫迦は誰なので
あろうか?
どうせ、聖書の日本語訳に携わった連中が安直に、支那語訳の聖書をベースに
翻訳した結果ということなのであろう。
どうやら、ヘボン式ローマ字の創始者で、明治学院の創設者であったアメリカ
長老派教会の医療伝道宣教師であったジェームス・カーティス・ヘボン辺りが
怪しいのではないかという説がある。
安政6年(1859年)に来日し、横浜で医療活動を開始しているが、慶応3年
(1867年)に日本最初の和英辞典「和英語林集成」を編纂、明治5年(1872年)には
在日宣教師仲間と福音書の和訳を開始、明治20年(1887年)には、旧約聖書を
含めた聖書全体の翻訳を完了させたという。
日本にとって、アメリカ人とは、何時の時代にも碌な事はしないものである。
それにしても情けないのは、聖書の翻訳に協力したであろう日本人たちである。
Godと日本の「神(カミ)」の相違さえ指摘しなかったほど、自国の文化も
碌に理解していない輩が、外来宗教を日本人に紹介しようなどと大それたこと
をするものではない。

0050 (2)

第159記事9


昭和12年(1937年)に文部省が編纂した「国体の本義(こくたいのほんぎ)」
第一章「大日本国体」第一項「肇国(ちょうこく)=建国の意」に、
「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。
これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家
として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。
これ、我が国体の精華とするところである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
御鏡は、天照大神の崇高なる御霊代(みたましろ)として皇孫に授けられ、
歴代天皇はこれを承け継ぎ、いつきまつり給ふのである。
歴代天皇がこの御鏡を承けさせ給ふことは、常に天照大神と共にあらせられる
大御心であつて、即ち天照大神は御鏡と共に今にましますのである。
天皇は、常に御鏡をいつきまつり給ひ、大神の御心をもつて御心とし、大神と
御一体とならせ給ふのである。
而してこれが我が国の敬神崇祖の根本である。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは大神の御子孫として現御神(あまつみかみ)であらせられる天皇と、
天皇の命によつて政に当るものとの関係を、儼として御示し遊ばされた
ものである。
即ち我が国の政治は、上は皇祖皇宗の神霊を祀り、現御神(あまつみかみ)と
して下万民を率ゐ給ふ天皇の統べ治らし給ふところであつて、事に当るものは
大御心を奉戴して輔翼の至誠を尽くすのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とある。
天皇は現御神である。現御神でなければ、天皇ではないのである。


また、「国体の本義」第一章「大日本国体」第二項「聖徳」に、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かくて天皇は、皇祖皇宗の御心のまにまに我が国を統治し給ふ現御神で
あらせられる。
この現御神(明神)或は現人神と申し奉るのは、所謂絶対神とか、全知全能の
神とかいふが如き意味の神とは異なり、皇祖皇宗がその神裔であらせられる
天皇に現れまし、天皇は皇祖皇宗と御一体であらせられ、永久に臣民・国土の
生成発展の本源にましまし、限りなく尊く畏き(かしこき)御方であることを
示すのである。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とある。

天皇が生きた人間でなければ、現御神であろうはずがない。
天皇は即位の大礼(御大典)を通して、神格と成られるのである。

インテリパンダ (2)うなずく






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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(37)…マッカーサー憲法の啓蒙12

 2018-02-03
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(37)


…マッカーサー憲法の啓蒙12



「新しい憲法 明るい生活」

※昭和22年(1947年)5月3日の日本国憲法施行に合わせ、
新憲法普及を目的として、政府が設けた「憲法普及会」で
2千万部の小冊子「新しい憲法 明るい生活」が作成され、
全国の家庭に配布された。



(15)私たちの治める日本

 この様に、新憲法は新しい日本の骨組を定め、また私たちや、私たちの子孫
に対して、大切な権利を約束してくれた。
この新憲法は、我が国の最高の定めであって、他の法律や命令なども全て、
この定めに基づくものである。

元より、前に述べた様に、国会や内閣や裁判所などがあって、それぞれの仕事を
分担しているけれども、我が国の政治の一番大本の力は、私たち国民の手に
あるのである。
日本を良い国にし、私たちの生活を明るくする為には何よりも、私たち国民の
一人一人が、この憲法を正しく守って行く心掛けが大切である。

私たちは新憲法の実施を迎え、新日本の誕生を心から祝うと共に、この新憲法を
貫いている民主政治と、国際平和の輝かしい精神を守り抜く為に、全力を尽くす
ことを誓おうではないか。(完)




第158記事DouglasMacArthur
連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥


連合国最高司令官総司令部(GHQ)作成の「マッカーサー日本占領基本法」の
「即席翻訳憲法典」が、
「新しい日本の骨組を定めた」だと?
「大切な権利を約束してくれた」だと?
「国際平和の輝かしい精神」とは、如何に?

0050 (2)



※平仮名の漢字化、現代仮名遣い等、若干の修正(文責在詠山史純)



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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(36)…マッカーサー憲法の啓蒙11

 2018-02-03
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(36)


…マッカーサー憲法の啓蒙11



「新しい憲法 明るい生活」

※昭和22年(1947年)5月3日の日本国憲法施行に合わせ、
新憲法普及を目的として、政府が設けた「憲法普及会」で
2千万部の小冊子「新しい憲法 明るい生活」が作成され、
全国の家庭に配布された。



(14)知事も、私たちが選挙

 民主主義の政治は、ただ中央の政治ばかりでなく、私たちの生活にとって、
最も身近かな都道府県や市町村の行政から行われなければならない。

これまでの憲法では、地方行政のことについては何の定めも無かった。
そして、政府が都道府県の知事を任命し、政府の決めた中央の方針を地方に
押し付け、地方の実際の状態に合った政治が行われることは少なかった。

そこで新憲法では、都道府県や市町村の政治は、その土地に住む人々が自分たちの
責任で、自分たちの選んだ代表者に依り行なうことに決められた。
つまり、東京都や北海道の長官、各府県の知事は、これからは私たちが選挙して
決めることとなり、市長村長もまた私たちが直接に選挙するのである。
(第92条、第93条)
 
こうして、地方の政治も完全に私たちの手で行われることとなった。
この地方自治こそ、民主政治の基である。


第157記事日本国憲法施行記念切手
日本国憲法施行記念切手



※平仮名の漢字化、現代仮名遣い等、若干の修正(文責在詠山史純)


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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(35)…マッカーサー憲法の啓蒙10

 2018-02-03
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(35)


…マッカーサー憲法の啓蒙10



「新しい憲法 明るい生活」

※昭和22年(1947年)5月3日の日本国憲法施行に合わせ、
新憲法普及を目的として、政府が設けた「憲法普及会」で
2千万部の小冊子「新しい憲法 明るい生活」が作成され、
全国の家庭に配布された。



(12)総理大臣も、私たちが選ぶ

 国の政治の責任を担うものは内閣である。
その内閣の長は、総理大臣である。
総理大臣は、国会議員の中から国会が指名して決めるのである。
つまり、総理大臣も私たちが選ぶことになる訳だ。(第67条)

その他の国務大臣は総理大臣が任命し、その半数以上は国会議員でなければならない。
(第六十八条)
この様にして出来た内閣は、国会に対して責任を負うのであるが、一切の行政は、
内閣に依って行われるものである。


第156記事1946年4月10日第22回総選挙
昭和21年(1946年)4月10日の第22回総選挙に於ける投票所風景


(13) 裁判所は、憲法の番人

 新憲法では、司法権は裁判所で行うものと定めた。
最高裁判所はこれまでと違って、憲法に背く様な法律は、これを無効とする
ことが出来る。

この様に、裁判所の地位は新憲法に依って、著しく高く重要なものとなったが、
それと同時に、国民と国会との力で、これを監視することが出来る様になった。

例えば、最高裁判所の裁判官は内閣が任命するものであるけれども、これには
私たち国民が宜しいと認めることが必要である。
また、もしも裁判官が不適任であれば、国会に依って、その裁判官を辞めさせる
ことも出来る。(第79条)


第156記事終戦直後の子供たち
終戦直後の子供たち(詳細不明)

ぱち2可愛い拍手



※平仮名の漢字化、現代仮名遣い等、若干の修正(文責在詠山史純)


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御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(34)…マッカーサー憲法の啓蒙9

 2018-02-03
御仕着せの憲法典「日本国憲法」物語(34)


…マッカーサー憲法の啓蒙9



「新しい憲法 明るい生活」

※昭和22年(1947年)5月3日の日本国憲法施行に合わせ、
新憲法普及を目的として、政府が設けた「憲法普及会」で
2千万部の小冊子「新しい憲法 明るい生活」が作成され、
全国の家庭に配布された。



(11)国会は、私たちの代表

我が国の政治の仕組みは、国会と内閣と裁判所の三つに分けられている。

国会は国の予算を決めたり、法律を作ったり、内閣はこの法律に拠って、
政治を行ない、裁判所はこの法律を正しく解釈して、それを実行するのである。

従がって、国の最高の権力を握つているものは国会であって、これがただ一つの
立法機関である。(第41条)
その国会の議員を選ぶのは、私たち国民であるから、私たちは取りも直さず、
国の政治の一番の大本である。

国会は、衆議院と参議院の二つから成り立っている。
衆議院の組織はこれまでと大差無いが、参議院はこれまでの貴族院が、皇族、
華族、及び一部の特権階級の人々から出来ていたのと違って、衆議院と同じ様に、
やはり、私たちが選挙に依って選んだ議員で組織することになった。
(第42条―第64条)

国の政治に必要な費用をどう使うかということも、国会で決める。
また、新しい税金を取ることや、税金の種類を変えることも、国会が法律として、
決めなければやれない。(第83条―第86条)

この様に、国会議員の任務はこの上も無く、重いものであるから、私たちは
本当に信頼の出来る、立派な人物を選ばなければならない。
そして、国の政治を担う者は、結局は国民自身であることを、私たちは深く
考えなければならないのである。


第155記事19461103公布詔書を読まれる昭和天皇
昭和21年(1946年)11月3日
新憲法典「日本国憲法」公布詔書を朗読される昭和天皇



※平仮名の漢字化、現代仮名遣い等、若干の修正(文責在詠山史純)


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