華やぐ日々よ …詠山史純の愚考拙文録

社名(商号)変更の歴史夜話㊽…福助㈱

社名(商号)変更の歴史夜話㊽

…福助㈱



我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。



福助㈱

明治15年(1882年)、辻本福松氏が足袋の製造・販売を行う足袋装束商
「丸福」を創業。
明治33年(1900年)、「福助」を商標登録。


第79記事1 第79記事2
※画像は、福助㈱様のHP内、「歴史紹介」依り、拝借。


辻本福松氏の子息、豊三郎氏が伊勢詣での折、伊勢神宮近くの古道具屋で、
裃(かみしも)を着し、手に扇子を広げ持って、正座している姿の人形を
買い求めたという。
辻本親子はその人形から、「仁・義・礼・智・信」の徳の表現を感じ取ったのか、
その坐像にヒントを得、頭を低く下げ、手を突いて、礼を尽くすポーズの
福助人形を考案し、商標に採用したとのこと。


大正8年(1919年)、「福助足袋株式会社」を設立。

昭和39年(1964年)、「福助株式会社」に社名変更。


第79記事3
※画像は、福助㈱様のHP内、「歴史紹介」依り、拝借。



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2017/06/11 14:36 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

社名(商号)変更の歴史夜話㊼…キッコーマン㈱

社名(商号)変更の歴史夜話㊼

…キッコーマン㈱



我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。


キッコーマン㈱

明治20年(1887年)、「野田醤油醸造組合」を結成。

大正6年(1917年)、「野田醤油株式会社」設立。「万上味醂株式会社」設立。

大正14年(1925年)、「野田醤油醸造」と「万上味醂」、「日本醤油」が合併。
茂木佐平次家の「亀甲萬」を統一商標とした。

昭和2年(1927年)、東京市場に於ける商標を「キッコーマン」に統一。

昭和15年(1940年)、全国に於ける商標を「キッコーマン」に統一。

昭和39年(1964年)、「キッコーマン醤油株式会社」に社名変更。

昭和55年(1980年)、「キッコーマン株式会社」に社名変更。


第78記事1


「亀甲萬」の商標は、創業家の一家、茂木佐平治家が使っていたもので、
茂木家が香取神社の氏子総代を務めていた亀甲山・香取神宮に由来するという。
「亀甲」に「鶴は千年、亀は萬年」の「萬歳の仙齢」にあやかって、「萬」の字を
添えたものと思われる。


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2017/06/11 14:08 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

社名(商号)変更の歴史夜話㊻…㈱リコー

社名(商号)変更の歴史夜話㊻

…㈱リコー



我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。



㈱リコー

昭和11年(1936年)、財団法人理化学研究所に於ける発明の工業化を
目的とする理化学興業株式会社から独立し、感光紙の商品化の為、
「理研感光紙株式会社」を設立。

昭和13年(1938年)、「理研光学工業株式会社」に社名変更。

昭和38年(1963年)、「株式会社リコー」に社名変更。


第77記事1
理研光学工業(株)の広告 昭和32年(1957年)
若き日の浅丘ルリ子さんを起用




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2017/06/11 13:49 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

社名(商号)変更の歴史夜話㊺…カゴメ㈱

社名(商号)変更の歴史夜話㊺

…カゴメ㈱



我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。



カゴメ㈱

大正3年(1914年)、蟹江友太郎氏と成田源太郎氏の共同出資で、
「愛知トマトソース製造合資会社」を設立。

大正12年(1923年)、「愛知トマトソース製造合資会社」を
「愛知トマトソース製造株式会社」に改組。

昭和9年(1934年)、愛知食糧品製造株式会社を吸収合併。

昭和24年(1949年)、「愛知トマト製造株式会社」、「愛知罐詰興業株式会社」、
「滋賀罐詰株式会社」、 「愛知商事株式会社」、「愛知海産興業株式会社」の
5社が合併し、「愛知トマト株式会社」を設立。

昭和38年(1963年)、「愛知トマト株式会社」を「カゴメ株式会社」に社名変更。


第76記事1
カゴメ印 大正6年(1917年)商標登録
※画像は、カゴメ㈱様のHP内、「カゴメの歴史」依り、拝借。


「カゴメ」は「籠目紋(六芒星)」に由来するという。
「籠目」とは、竹などで編んだ籠の網の目、またはその連続した格子状の編組の
ことで、その連続文様の籠目の一部を切り取った家紋が「籠目紋」である。




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2017/06/11 13:29 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

社名(商号)変更の歴史夜話㊹…ミノルタ㈱(現:コニカミノルタ㈱)

社名(商号)変更の歴史夜話㊹

…ミノルタ㈱(現:コニカミノルタ㈱)



我が国では1980年代、社名(商号)を変更する企業が急激に増加した。
「早稲田商学」357号(1993年7月)所収論文「社名変更に対する株式市場の反応」
の研究に依れば、「1981年4月から1992年3月までに,東証1部上場企業で
社名を変更した企業は175社に及ぶ」とのことである。

企業は様々な理由で、社名を変更する。
社名変更の主な理由としては、「事業の多角化や業態の変更、事業領域の拡大」、
「合併や吸収」、「略称や通称への変更」、「ブランド名への変更」、「イメージ刷新」、
「系列や傘下入り」等が挙げられる。
何れにせよ、企業は経営全般の革新、イメージの向上、社内の活性化など、
何らかのプラス効果を期待し、社名変更を行なうはずである。

相と実体は相関関係にあり、人物の名相にその後天運が暗示されている様に、
会社名(法人名、商号、屋号)の名相にも、その企業の栄枯盛衰の有り様が
暗示されている。
不思議なもので、成功する企業は自ずと吉祥名を選定する様になっている。



ミノルタ㈱(現:コニカミノルタ㈱)

昭和3年(1928年)、田嶋一雄氏が「日独写真機商店」を設立し、
国産カメラの製造を開始。

昭和6年(1931年)、「日独写真機商店」を「モルタ」合資会社に社名変更。

昭和12年、(1937年)、「モルタ」を「千代田光学精工株式会社」に社名変更。

昭和37年(1962年)、「ミノルタカメラ株式会社」に社名変更。

平成6年(1994年)、「ミノルタ株式会社」に社名変更。

平成15年(2003年)、「コニカ株式会社」に完全子会社化され、
「ミノルタ株式会社」は 「コニカミノルタホールディングス株式会社」に社名変更。

平成25年(2013年)、経営体制を再編し、「コニカミノルタ株式会社」に社名変更。


第75記事1
「オートミノルタ」乾板(6.5×9cm) 千代田光学精工製
昭和9年(1934年)発売。 日本初の距離計連動クラップカメラ。


カメラマン1




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2017/06/11 11:34 | 企業運命学COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP